幽霊屋敷 4
「動物のお医者さん、ですか」
わたしはギルドに戻って、ミアに事情を説明した。ケルベロスの状態を確認できるような人を紹介してもらいたいと言った。
「うん。誰か適当な人を紹介してほしいんだけれど」
「動物専門のお医者さんというのは、正直聞いたことはありません。王都ならいるかもしれませんが、わたしは一度も耳にしたことはありませんね」
どうやらこの世界に獣医という概念は存在してはいないようだった。
「しかもケルベロス、ですよね。ペットとはだいぶ違うので、基本的な知識も誰も持っていないかもしれませんね」
普段見慣れている動物なら知識の蓄積もあるけれど、ケルベロスのようなものだと体の仕組みそのものから理解しないといけない。それだと仮に獣医がいたとしても治療は難しいのかもしれない。
「動物の怪我とかはどうしてるの?」
「それは普通のお医者さんだったり、ヒーラーの方にお願いしますね」
そっか。こっちにはヒーラーがいるから、特別な獣医というのはいらないのかもしれない。ヒーラーなら体の構造がわからなくても、病気そのものを治すことができるはず。
「もし病気なら、ヒーラーのクローネさんにお願いしたらどうですか?ヒーラーはある程度の異変は感じ取ることができると言われています。ケルベロスでも治すことができるかもしれませんよ」
「そうだね。確認してみるよ」
というわけで、わたしはギルドをあとにすると、クローネさんの診療所へとそのまま向かった。
「あら、モフモフ使いじゃない」
診療所に着くと同時に、クローネさんがちょうど中から出てくるところだった。
「あ、クローネさん、お出かけするんですか?」
「いえ、これからあなたに会いに行くつもりだったのよ」
「わたしに何か用事ですか?」
「用事って言うか、挨拶でもしておこうかと思って。わたし、冒険者に復帰することにしたのよ」
「え、そうなんですか?」
クローネさんはいまでこそヒーラーのお医者さんだけれど、かつては冒険者だった。それが幼なじみのマークさんの引退によってお医者さんに転身した、と思われている。
これは本人に確認していないからあれだけれど、おそらくはマークさんに冒険者に戻ってきてほしいと願っていたから。
マークさんは薬草店を営んでいて、それを妨害することによって冒険者として働かざるを得なくするという目的があった、とわたしは考えている。
「あなたもいろんなクエストを受けてるんでしょ。今度は一緒にパーティーを組むこともあるかもしれないわよね。あのフィオナ迷宮をクリアするためにも、連携は深めていたほうが良いだろうし」
「お医者さんをやめるんですか?」
「完全に畳むことはしないわね。一時休業、みたいな感じかしら?軸足をそっちへ移そうかと思ってるの。わたしも冒険者として成長しないと、あの迷宮をクリアできそうもないもの。最下層にたどり着くには、もっとレベル上げが必要だわ。いまのままでは難しいものね」
「わたしのために、ですか」
違うわよ、と言ってクローネさんは笑った。
「モフモフの本当の力は、わたしたちにとっても重要でしょ。あなたが降臨したってことは、これから本格的な混沌が訪れる可能性が高い。それを防ぐことはわたしたちにとってもメリットがあるわけだし」
「……混沌」
改めて思うことがある。前回のモフモフ召喚士はすぐに亡くなっている。教皇の言うことには、自殺をしてしまったらしい。
それなら、この世界はすでに悪魔の支配下にあってもおかしくないんじゃないかな?
いまはダーナ教団や隣国との戦争があるとはいっても、暗黒の時代というほど治安は悪化していない。あくまでも小競り合いという程度。
フィオナが活躍した大戦はいまから千年も前の話。モフモフ召喚士というのは、これまでに何度か現れたとわたしは聞いている。となれば、具体的な戦いの歴史というものが残っているはずだけれど。
そんなことをクローネさんに聞いてみると、
「そう言われてみると、不思議な感じはするわね。まあ、国のほうで何とかしたってことじゃない?精一杯戦ったら、モフモフ召喚士がいなくてもどうにか敵を抑えられたとか」
その程度で乗り越えられるのなら、わざわざモフモフ召喚士を呼ぶとは思えないし、隠された力なんかも必要はないと思うんだけれど。
「そもそも、危機が何をしてしているのかもわからないのよね。国同士の争いなのか、魔王の復活なのか」
「魔王の復活なんじゃないんですか?」
「一般的にはそう言われてはいるんだけれど、ハッキリとはわからないのよね。歴史上、モフモフ召喚士が活躍したのはフィオナだけだというし」
「じゃあ、他のモフモフ召喚士はどうなったんですか?」
「みんなすぐに亡くなったんじゃないかしら?」
「え、みんな亡くなった?!」
前回のモフモフ召喚士以外にも?すぐに?
「その辺りの歴史についても正直、よくわからないのよね。ただ歴史に名前が残されるほどではないことは確かよ。フィオナ以外のモフモフ召喚士って言ったらアリサしか知らないもの」
まさかと思うけど、全員自殺したとか?こっちに来てすぐに。それなら名前が残らないのも当然には思うけど。
でもそれなら、わたしも自殺する運命にあることになってしまうのだけれど。
「国や教会のほうが何か隠している可能性はあるわね。まあでも、深く考えても仕方ないんじゃない?少なくとも、大戦以降は大きな争いは起こってはいない。世界が危機に瀕するときにモフモフ召喚士が現れる、という前提が間違っているのかもしれないし」
じゃあ、モフモフ召喚士ってなんなの?わたしはなんのためにこっちの世界に来たと言うの?
「それで、あなたのほうの用事はなんなの?」
「あ、実は」
わたしはプリシラのことを話して、これからケルベロスの体のチェックをお願いできないかと言った。
「ふーん、たまに動物の治療もするけれど、ケルベロスというのは初めてね。少し興味が湧いたわ」
「じゃあ、いまからお願いできますか?」
「正直、あまり自信はないけど、いいの?」
「構いません。他に頼める人もいないので」
ケルベロスなんて普通のお医者さんが見たら卒倒しそうだし、冒険者でもあるクローネさんが最適だった。
「じゃあ、行きましょうか」