幽霊屋敷2
指定されたお屋敷は街の周囲を取り囲む壁の近くにあった。
たしかに完全に孤立しているような建物で、住宅地からは離れている。この場所から物音が聞こえるということは、よほど大きな音だったのかもしれない。
幽霊お屋敷高台にあって、そこまで行くには長い坂道をのぼらないといけない。元々は壁にある監視塔に駐在する人のための宿泊施設で、それを改装したものらしい。
その坂道をのぼっていると、なんとなく足取りが重くなった。坂道は緩やかだから辛いわけでもないのに、なぜか引き返したい思いが強くなった。
坂道の向こうにあるそのお屋敷からはなにか、負のオーラみたいなのが溢れている、そんな印象を受けた。
「嫌な感じしかしないけど、まさか、本当に悪魔がいるとかじゃないよね」
「もしいたら、とっくに大暴れしているでしょ」
ララがそう言う。
「とはいえ、わたしも嫌な予感はします。警戒は怠らないほうが良いかもしれません」
ベアトリスはわたしを守るように先頭を歩いている。
「と、とりあえず、モフモフを呼んでおくかな」
モフモフを呼んだのは攻撃用というよりも、気持ちを落ち着かせるため。無敵と言われているモフモフがそこにいるだけでも、安心感は得られる。
「よし、行こう」
モフモフと一緒にいると、実際に落ち着きを取り戻すことができた。わたしはモフモフとともに坂道をのぼっていった。
坂道をのぼりおえ、建物を正面に見る。
お屋敷の前には門があって、そこはいまも閉じられている。
門から覗くようにして中を確認してみると、誰かがいるような気配はなかった。庭も広く取られているけど、怪しげな生き物はいない。
「大丈夫、そうだね」
「みたいだね」
「そうでしょうか。わたしは中からいまだに妙な気配を感じるのですが」
ベアトリスはわたしたちよりも気配には敏感で、その表情もまだ険しい。わたしとララは慣れたところがあるのかもしれないけれど、ベアトリスはそうではないようだった。
「でも、何も見えないけど?」
「建物内に隠れていることも充分にあり得ますので」
「唸り声を発するようなモンスターが大人しく家の中にいるとは思えないけどね」
「では、建物の裏手に隠れて、こちらを襲おうと身構えているかもしれません。ここはかなり広そうですし、建物も立派なものなので、身を隠す場所には困らなそうですので」
「だからといって、ここで突っ立ってるわけにもいかないでしょ」
「わたしが門を開きますので、アリサ様は隠れるようにしてついてきてください」
そう言ってベアトリスは門に手を触れた。鍵はかかっていないようで、すんなりと奥のほうへと開いた。
「ん?これは」
ベアトリスはそこから先には進まずに、腕を前に伸ばした。何もない目の前の空間に広げた指で触るようにしている。
「何をしているの、ベアトリス?」
「どうやらここに、見えない壁が設置されているようです」
「え、見えない壁?」
「間違いなく、そのような感触があります」
「どれどれ」
ララもそこまで行き、前の方に腕を伸ばした。
「本当だ。透明な壁があるね」
アクリル板みたいなものが設置されているってこと?向こうがハッキリと見えるくらいだから普通のガラスじゃないと思うんだけれど、でもこの世界にそこまで透明なアクリル板なんてものがあるのかな?
「これはきっと魔法使いの仕業だね。結界が庭を取り囲むようにして張られているんだよ」
「結界?」
「うん。結界は魔法使いのスキルのひとつだね。防御をメインとした透明な壁を作ることが出来るんだよ」
ということは、この中には魔法使いが住んでいるってことなのかな?勝手に住んでいるのがバレるのが怖くて結界を張っていたってことなのかもしれない。
「それって、危ないものじゃないの?」
「アリサが触っても平気だよ。防御に使うものだからね」
わたしも二人の間に立ち、そこに触れてみた。ツルツルとした表面の何かが、たしかにそこにあった。
「これが結界。このままじゃ入れないってことなのかな?」
「結界にも強度があるんだよ。見たところ、この結界はかなり透明だから、薄く作られていると思うんだよね。たぶん、ベアトリスのパンチ一発でも破壊することが出来ると思うよ」
「では、試してみましょう」
ベアトリスが自分の手のひらに拳を打ち付けるようにする。
「え、でも中に住んでる人がそれで怒ったらどうするの?」
「無断で住んでる方が悪いんだから、気にすることないよ」
「だって、獣の唸り声みたいなものも聞こえたって言うよ。入ったとたんに襲われるかもしれない」
「だから、さっきチェックしたんでしょ。大丈夫だって、わたしたちがいるんだから」
じゃ、お願いとララから言われて、ベアトリスはその拳を透明な壁に向かって放った。
透明な壁が割れたことは、わたしにもわかった。パリンという音がしたあと、粉々になったそれが目に見える形で落ちていき、地面に接する前には消えてなくなった。
「では、行きましょう」
ベアトリスがそう言った次の瞬間。
「グルルル」
突然、獣の唸り声が聞こえ、同時に強烈な気配を感じた。