幽霊屋敷
「え、幽霊屋敷?」
とわたしが聞き返すと、ミアがうなずいた。
「はい、そうなんです。ちょうどアリサさんにお願いしようと思っていたクエストなんですけど」
わたしは今日もおつかいクエストを受けるためにギルドを訪れていたのだけれど、そこでミアからひとつのクエストを提示されていた。
「郊外の方にしばらく放置されていた高台のお屋敷があるんですけど、そこで最近、妙な物音を耳にするようになったんです。それで周辺の住人が不安に襲われているようなんです」
「妙な物音?具体的には?」
「人の声や、獣の唸り声のようなものです」
それってペットを飼っている誰かが勝手に住んでるんじゃ、と思ったらミアがこう付け加えた。
「でも、誰も住んでいる様子はないんです。遠くからみても、人の気配はまったくないようなんですね」
「中に入ってたしかめたの?」
「いえ、不気味な気配を感じるので、誰も近づこうとはしないんです。」
だから、こうしてギルドに依頼として持ち込まれたらしい。
わたしにすすめる理由というのは、それなりに経験値が高いからみたい。
わたしはサイクロプスを倒したことで一気にレベルアップ、7まで上がったのだけれど、ステータスの上昇はやっぱりそれほどじゃないから、戦闘はいまだに難しい。モフモフの武器化も失敗してしまったし。
「そのお屋敷が放棄されていたのは、どうしてなの?」
「かつてそこには召喚士の人が住んでいたんですね。それで、あるとき、その人が召喚で邪悪なものを呼んだとされています」
「邪悪なもの?」
「異世界の悪魔、と言われています」
「え、悪魔?」
フィオナの敵も悪魔、だったんだよね。まさかその召喚士は、ダーナ教団の関係者とか?
「いえ、あくまでも軽い気持ちだったらしいですね。何かしらの思惑があったものではないようです。ただ、呼び出された悪魔は呪いの特性があり、しかも暴走してしまったんですね」
暴走というのは未熟な召喚士にとってはよくあることらしい。自分の意図しない形で力が行使されてしまい、そのお屋敷は呪いまみれとなった。
それ以来、そのお屋敷に近づくものはいなくなったという。郊外にあるのでわざわざ手前を通る必要もなく、そちらに向かわないように気をつければよかったのだけれど、あるときから不気味な声が聞こえるようになった、ということらしい。
「じゃあ、もしかしてその召喚された悪魔がいまもどこかに潜んでいるとかじゃないのかな?」
「いえ、それはありえません。悪魔は召喚士がどうにか還すことには成功したようですし、その後一度しっかりと浄化されてもいますので、敷地内は十分に安全といえます」
安全、と言われても一般の人は近づきたがらないのも納得できる。そして、その恐ろしい記憶が錯覚を引き起こしている可能性もあるんじゃないかなともわたしは思った。
「それって幻聴とかじゃないの?あそこには悪魔がいるという思い込みがそんな物音を生み出しているのかもしれないよ」
「それもないと思いますよ。客観的な複数の証言がありますし、そもそも召喚士がいなくなってしばらくは平穏でしたからね。最近になって突然相談が増えたので、何かしらの異変は確実に起こっているはずなんです」
「呪いを撒き散らしたその召喚士の人はどこに行ったの?」
「お屋敷を放置して逃げましたね。いまだに行方はわからないそうです」
なんて無責任な。その人を捕まえるようなクエストでも出してたほうがいい気もするんだけれど。
「周囲の建物からは離れていますし、いまのところ実害はないので、慌てて解決する必要もないとは思うんですけど、どうですか?」
幽霊屋敷、か。
その響きだけだとちょっと怖い気もするけど、周囲の人が襲われているわけじゃないってことは、建物が発する異音が正体だったりするのかもしれない。呪いによって柱や壁が傷んでいて、それが建物自身の重みに耐えられなくなっているとか。
それなら、ことさら怖がる必要もないのかもしれない。
「わかった、一応行ってみるよ」
「すいません、なにか面倒事を押し付けているみたいで」
「いいよ、ミアはそういう仕事なんだから」
ミアはわたしの顔をじっと見つめた。
「それにしてもアリサさん、前に比べて何か顔つきかが変わりましたよね」
「え、そう?」
わたしは自分の頬を手で触れてみた。最近はあまり鏡も見ていない。
「はい、以前よりも精悍になったというか、冒険者により近づいた感じがします」
普通の女子高生なら精悍という表現は男性っぽくてかなり微妙けれど、わたしは冒険者でもある。たぶん、名誉なことなんだよね。
フィオナ迷宮のひとつの試練をクリアしたから、なのかな?それとも、王都でいろいろあったからからな。自分ではなんの変化も感じないけど。
ははーん、とミアはなぜかニヤリととした笑みを浮かべた。
「もしかして、王都でなにかあったんじゃないですか?」
「まあ、いろいろと」
ミアもギルドの一員だから、ディアドラのことは聞いているのかもしれない。ただ、それにしてはなにか、表情がおかしい気もするのだけれど。
「で、どんな感じでした?」
「どんな感じって、やっぱりショックだったよ」
「ショック、ですか。意外ですね。すごく喜んでいるかと思ったんですけど」
「喜ぶわけないよ。すごく悲しかったし」
「悲しい……アリサさんってもしかして、かなりの面食いですか?」
「え、どういうこと?」
「だって王子様はみんな美形だと聞いてますけど」
王子様?なんか話が噛み合っていない。
「えっと、もしかして王都では王子様には会わなかったですか?」
「うん」
王様との謁見の場には王子様らしき姿はあったけれど、直接対話はしていなかった。
「なんだ、てっきり王子様とお見合いでもしたのかと思ったんですけど」
「お見合いって」
そんな文化、こっちにもあるのかな?
「不思議な話ではないですよ。モフモフ召喚士というのは、王子様と結ばれる運命にあると言われていますから」
「え?どういうこと?」
「もしかして、聞いていませんか?」
フィオナの伝説というのは、モフモフ召喚士として活躍したものだけではなかった。悪魔を退けたあと、一からの国作りの物語でもあった。
フィオナはガリア建国の母であり、共に戦ったアーサーという勇者はその相方だった。二人は長い戦いのなかで愛を育み、平和が訪れたあとは手を取り合ってガリアの礎を築いていった。
二人はやがて結婚し、アーサーがガリアの初代国王につくこととなる。ガリアの王室はいまもその血統は受け継がれていて、モフモフ召喚士とは切っても切れない縁なのだという。
「ですから、その後に現れるモフモフ召喚士も、必然的に国の王子様と結ばれる運命にあると言われているんですね」
「実際にそうなってるの?」
「正確なところはわかりません。王族はたくさんいますし、モフモフ召喚士の情報は隠されている部分も多いですから。ただ、そういう話が市井にも伝わるということは、何かしらの根拠もあるのではないかと思います」
リディアさんたちから王国に行く前にそんな風にからかわれたこともあったけれど、あれってもしかしたらこの言い伝えを根拠にしたものだったのかな。
「まあ、でもそれって証明できないことだよね。わたしがここにいるっていうことは、アーシンの討伐には何回も失敗してきたわけで、前のモフモフ召喚士なんてすぐに亡くなってしまった。王子様と結婚した人なんていままでいなかったわけだから」
「諦めたらダメですよ。アリサさんが王子様と結婚すれば、今後はわたしたちも悪魔やダーナ教団に怯えることもなくなります。国民はそれを望んでいます。フィオナとアーサーの物語をなぞるような展開を期待しているんです。今度王都に行ったら、自分からアプローチしないといけません。それがもしかしたら、国を救う一歩になるかもしれないわけですからね」
ミアが興奮気味に言う。もはや国を救うとかどうとかじゃなく、個人的な妄想が入っているような気もするけど。
そもそも、いまのわたしには結婚や交際を考える余裕なんてない。レベルをどうにか上げて、フィオナ迷宮を攻略することが全てだから。王子様という響きは魅力的ではあるけれど、それが好きかどうかと繋がるわけでもないしね。
「わたしは思うんです。アリサさんは本当に魔王討伐をやり遂げるんじゃないかって。何の根拠もないんてすけど、すごく期待しています」
「そ、そう?」
「仮に王子様と結ばれることがあったら、わたしに一番に報告してくださいね。いろんな人を見てきましたから、相性占いには自信があるんですよ」
結局そっち?
ミアって乙女なところあるよね。それとも、これが普通の女子なのかな?わたしが殺伐としすぎているのかも。普通の女の子なら王子様との出会いを夢見るものだよね。
地球にいたときに二次元の世界にのめり込んだけれど、それが原因かな。ここはファンタジー世界ではあるけれど、あくまでもわたしにとっては現実。物語とは違うと、自分に言い聞かせている部分があるのかもしれない。
ま、いま深く考えても仕方ないかな。結婚そのものがまだまだ先だろうからね。
「それじゃあ、さっそく幽霊屋敷に行ってくるね」
「はい、成功をお祈りしています」