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迷宮へ3

そしてーー。


ーー「おい、大丈夫か」


聞こえた。男性の声が。

その声にわたしの体が震えるようだった。その震えは死にかけたわたしの魂を揺るがし、勢いを取り戻した心臓が全身に活力を届けた。


『わたし』は目を開けた。


「良かった、生きているようだな」


そこにいたのは金髪の青年だった。青空を背景に、こちらを見下ろしている。

どうやら、彼は騎士のようだった。体に合ったタイトな白い鎧を身に付けていたが、美しいとは言えなかった。所々に傷があり、くたびれたイメージがある。


青年の顔を良く見てみると、その肌にもいくつかの傷があることがわかった。端正な顔立ちが台無しになっている感じがした。


「それにしても、きみはどうしてこんなところに倒れていたんだ?女性が一人で来るような場所ではないだろう」


わたしは土の地面に倒れていて、その体を金髪の青年が支えている状態だった。


「まさか、自殺でもしようとしていたんじゃないだろうな」

「自殺?」


青年の視線を追うと、そこは崖だった。わたしはそのギリギリのところに倒れていたようだ。


「違う。わたしは」


わたしは?

わたしは、どうしてこんなところにいるのだろう?

いや、それ以前に、わたしはいったい誰なのだろう。

激しい頭痛が襲い、わたしは両手で頭をおさえた。


「おい、大丈夫か」

「なにも、なにも覚えていない」

「覚えていない?悪魔にでも襲われたのか。それで記憶をなくしたとか」

「悪魔?」

「なんだ、そんな基本的なことすらも覚えていないのか。重症のようだな」


その青年は周囲を見回すようにすると何かを見つけたようで、わたしの体から手を話した。


「これはきみのものだろう」


そう言って青年は持ち上げたのは、一本の杖だった。

わたしのもの?そう言われてみると、そんな気がする。その杖にはどこか馴染みがあるというか、親しみみたいなものを感じた。


「きみは魔法使いか。見たところ、他に武器のようなものは持っていないな。どの程度の余力があるのかはわからないが、いまのわたしたちにとっては貴重な戦力と言えそうだな」

「戦力?」

「悪魔の手下ではないのだろう。ならわたしたちとともに戦うしかない。他に道はないのだから」

「……」

「とはいえ、いまのきみの状態では役に立ちそうもない。丸腰では悪魔のエサになるだけだし、いますぐこの森から出るべきだな」


森……周囲には木々が生い茂り、草いきれが充満している。そこに作られた空き地のような場所にわたしは倒れていたようだ。


「歩けるか?無理ならわたしが背負っていこう」


わたしは立ち上がってみた。ちょっとフラフラしはしたのだけれど、大きな怪我をしているわけではないようだった。


「大丈夫。一人で歩けるから」

「そうか。なら、行こうか」

「その前に、教えてほしい。あなたはいったい誰なの?」

「そう言えば自己紹介がまだだったな。わたしはエルトリアの最後の騎士のアーサーだ」

「エルトリア」


おそらく、地域名か都市名なのだろうが、いまのわたしの頭にはピンとくるものはない。


「エルトリアはわたしの生まれ育った国の名だ。いまは悪魔に滅ぼされて消滅したも同然だがな」


悪魔というのはわかる。でもそれはどこか、遠い世界の存在のようだった。


「あなたは、どうしてここに?」

「こちらの方角に光を見たんだ。眩しく、空から落ちてくるような縦に伸びる光の筋だった。あれはきみの使った魔法だったのか?」


魔法。わたしは自分の手を見た。


「もしそうなら、相当な使い手のはずだ。周囲にはモンスターの死体も見当たらない。きみが光魔法ですべてを消滅させたのかもしれない」

「……」

「不思議だな。きみを見ていると、これまでの焦りや怒りを忘れられるような気がする。いまは悪魔の大群に押され、どうにか生き残った人々も絶望に襲われているが、きみはもしかしたらわたしたちの希望の光になるのかもしれない」

「……その杖、渡してくれる?」

「ああ、そうだな。これを持てば記憶が戻るのかもしれない」


わたしはアーサーから杖を受け取った。


「どうだ?何か思い出せそうか?」

「ううん、何も。でも」

「でも?」

「とても、強い力を感じる。これは間違いなくわたしのもの。ずっとこの子と一緒にいれば、記憶は必ず戻ると思う」

「この子と一緒にいれば、か。まるで生き物のように表現するんだな。それだけ長く愛用したものなのかもしれないな」


そう言ってアーサーは笑みを浮かべた。


「とにかく、一刻も早くこの山を出たほうが良さそうだな。きみの名前はわかるか?それともまだ思い出せないか?」

「わたしは、わたしはフィオナ」


意識もすることなく、その名前は自然とわたしの口から漏れたーー。


ーー「ちょっと、アリサ、ねぇアリサってば、聞こえる?大丈夫?」


ガクガクと視界が揺れた。

気がつくと、わたしはどこかの通路に立っていた。

正面にはララが立っていて、心配そうな表情でわたしのほうを見ていた。


「ララ、どうかした?」

「それはこっちのセリフだよ。こっちに戻ってきてから、ずうっと放心したみたいになっていたんだけど」


わたしは周囲を確認した。ここはどうやら、フィオナ迷宮の入り口らしい。モフモフが刻まれた扉があって、その脇にはさきほどの台座がある。


「無事に転送、されたんだ」

「うん。アリサだけが妙な感じだったんだけど」

「ララは何も見なかったの?」

「見たって何を?」


ララを始めとした他のみんなの表情を確認してみる。どうやら、さきほどの映像を見たのはわたしだけらしい。

あれはたぶん、フィオナの記憶だよね。だからわたしだけってことかな。


崖の手前に倒れて、記憶を失っていたフィオナ。あれってもしかしたら、地球から転移した直後のことなのかな。アーサーという男性に助けられたところから、フィオナの伝説は始まった。


モフモフ召喚士であるわたしにこれを見せたってことは、何か特別な意味があるんだろうね。わたしが知るべきことを、フィオナが教えてくれているのかもしれない。


今後、攻略が進むにつれて、さらにフィオナの記憶を見ていくのかもしれない。それはなんか、怖い感じもある。だってフィオナはあれから戦いに身を投じていく。それは人の死と隣り合わせのことでもあるのだから。


「それにしても、この転送装置はありがたいよね。これがあればボスのレベルをチェックだけして帰ってくることも可能だし」

「でも、次のボスまではたぶん、転送装置はないよね」

「だろうけど、そこは修行みたいな感じで割り切ったら?迷宮自体は複雑そうな感じはないから、引き返すのも苦労しなさそうだし」


次のボスはどんな感じなんだろう。きっと今回のサイクロプスよりも強いに違いない。いまのままでは簡単には勝てそうにないことは確かだよね。モフモフ自体をもっと強化しないといけないのかもしれない。


「それじゃあ、今日は帰ろうか」

「うん」

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