迷宮へ2
部屋に入ると、他のみんなはすぐさま戦闘体勢を取った。わたしはみんなから言われたとおりに、壁際の方に移動した。
そんな打ち合わせをした様子もないのに、仲間の四人は息の合ったコンビネーションを見せた。それぞれが適当な距離を取り、サイクロプスと対峙する。
まずベアトリスがサイクロプスの正面に立ち、あえてその攻撃を受けて見せた。岩ほどもあるサイクロプスの拳ではあったけれど、ベアトリスにダメージはなさそう。交差させた腕で防いだ直後、背後に回ったララがその背中に剣を突き刺した。
ダメージはあったらしく、サイクロプスが悲鳴を上げてのけ反るようにした。
怒りに任せて乱暴に腕を上下させるサイクロプス。四人は一度距離を取ると、クローネさんが懐から何か丸くて黒いものを取り出し、サイクロプスに向かって投げつけた。
それはどうやら刺激的な成分が含まれたものらしく、サイクロプスの一つ目にぶつかって弾けた直後、その巨体が痛みに悶えるように体をねじりながら膝をついた。
手の届く範囲まで頭が下がると、マークさんが指にずらりと並べたナイフを次々に放った。そのナイフは正確に一つ目を直撃し、ついにはサイクロプスはドスンと音を立てて完全に横たわるまでになった。
「た、倒した?」
あまりにも素早い連携で、わたしも目で追うのがやっとだった。戦いとはこういうものなんだなと実感し、自分もこのままじゃいけないと気を引き締めた。
「これで終わりだろう」
マークさんがナイフの回収に向かうと、ふいにサイクロプスが起き上がり、マークさんへと腕を伸ばした。
完全に意表をつかれたのか、マークさんは逃げるのが一瞬遅れた。サイクロプスの指がマークさんの胴体を掴み、そのままはねのけるようにしてマークさんを放り投げた。
マークさんはちょうどわたしの方へと向かってきた。わたしのすぐ横の壁に体をぶつけて床に倒れた。それでも幸い意識はあるようで、すぐに起き上がった。
「なぜだ?おかしい。計算上、体力は完全になくなったはずだが」
マークさんは真眼を使い、サイクロプスのステータスを調べた。
「ヒットポイントは残り1?なら、どんな攻撃でも止めをさせるはずだ。誰か、離れたところからでいいから、サイクロプスにダメージを与えてくれ!」
「任せて」
それに応じたのがララだった。右手にファイアーボールを浮かび上がらせると、それをサイクロプスに投げつけた。
当たった。炎の玉はサイクロプスの体に衝突して弾けた。
けれども、サイクロプスはまだ生きていた。そこにいまも立っている。
「どういうことだ?いまのでも倒せないとは」
マークさんは再び真眼を使い、サイクロプスを見た。
「まだヒットポイントは1が残っている。ファイアーボールは確実に当たったはずなのに」
「もしかして不死身とか」
「まさか、そんなはずはない。これはモフモフ使いの試練だ。クリアを出来なければ意味がない」
そう言った直後、マークさんはハッとしたような顔になった。
「そうか。ぼくたちではダメなんだ。モフモフ使いの試練だからこそ、モフモフ使いでしかとどめを刺すことができない。きっとそうだ。アリサ、きみがサイクロプスをいますぐに攻撃するんだ!」
サイクロプスはすでに完全に立ち上がっていて、わたしの方を見ていた。こちらを目標へと定めたらしく、足音を響かせながら近づいてくるサイクロプス。
「早くするんだ!」
「は、はい」
こうなったらもう、モフモフアタックしかない。みんなを救うためにお願い!
「モフモフ!」
そうしてモフモフが現れて、わたしはすぐにモフモフアタックを仕掛けた。空中に一度浮かび上がり、急降下しながらサイクロプスへと向かうモフモフ。
けれど、それは当たらなかった。わたしの放ったモフモフは、サイクロプスの方には向かったのだけれど、その両足の間をすり抜けていった。
モフモフアタックはこれまで普通の人を想定して練習を重ねてきた。サイクロプスは大きく、本来胴体のあるところはまったくの空白だった。
「ま、まずい」
最初から脚を狙って当てるべきだった、と後悔したときは遅かった。サイクロプスの狙いはわたしだった。慌てて逃げようとするわたしに、その拳が振り下ろされる。
「キャッ!」
直接の痛みはなかった。
幸い、マジックマントはちゃんと機能したから。
でも衝撃そのものは避けられなかった。マジックバリアが受け止めたサイクロプスの圧は、わたしを吹き飛ばすのには十分な威力だった。
マークさんのようにわたしも壁まで吹き飛ばさた。背中に感じた痛みは、あくまでも一瞬だった。わたしの頭には追撃してくるサイクロプスの姿が浮かんでいたから。
次の攻撃を受けたら、おしまいかもしれない。きっとダメージを吸収しきれずに、わたしは死ぬ。それはどうしても避けないといけない。
サイクロプスを倒せるのは、わたししかいない。わたしが死ねばみんなも終わってしまう。勇気を振り絞って立ち上がると、なぜかそこにはサイクロプスはいなかった。
「……え?」
わたしは周囲を見回した。どこにも一つ目の巨人はいなかった。
「アリサ、大丈夫だった?」
ララとベアトリスがこちらへと駆けてきた。わたしは立ち上がった。
「う、うん、わたしは大丈夫だけれど、サイクロプスはどこに行ったの?」
「それならモフモフが倒したよ」
「え、モフモフが?」
「そう。アリサが吹き飛ばされたとき、モフモフもそれに合わせる形で後方に移動したんだよ。それがサイクロプスの脚に当たって、そのまま消滅したんだ」
そっか。ミステルの杖とモフモフは一体化している部分があるから、たまたまその方向に動いたってことだよね。
でもこれって、偶然に過ぎない。一歩間違えれば死んでいたわけだし。喜んでばかりもいられない。これが初めての試練なら、今後はもっと強いモンスターが出てくるわけだし。
「まあ、なんにせよ良かったよ。アリサが無事で」
「わたしなんて、ほとんど何もしてないけど」
「モフモフ召喚士なんて戦う力はほとんどないわけだから、仲間を見つけるのも才能みたいなものだと思うよ」
「何か妙な音がしますが」
ベアトリスにそう言われて耳を澄ませると、やがてわたしにもゴゴゴという重低音のような音が聞こえた。
続いて、部屋の中央部分にぽっかりと穴が開き、そこから何かが現れた。近づいてみると、細長い台座のようなものであることがわかった。
「なんだろう、これ?」
台座の高さはわたしたちの胸くらいまであって、形は円筒形となっている。材質は鉄のような硬質感がある。その丸い上部には細長い切り込みが入っていて、そこだけ透明ななにかで出来ている。
「とりあえず、触るしかないんじゃない?」
「え、それは危ないんじゃない?モンスターがまた復活するとかかもしれないよ」
「それはさすがにないのではないでしょうか。可能性としては次の扉を開くためのものなのかもしれません」
わたしたちが入ってきたのとは反対の方向に、また別の扉がある。確かにそこは閉じたままにはなっているのだけれど、あれもモフモフで開くんじゃないのかな?
「さすがにフィオナも、ボスとの戦いのあとに悪意のあるようなトラップは仕掛けないだろうね。アリサ、触ってみてよ」
「え、わたしが?」
「ここはモフモフ召喚士のための迷宮なんだから、普通に考えたらアリサにしか反応をしないんじゃないのかな?」
それはそうなんだけれど、ちょっと勇気がいる。明らかに怪しげだし。
わたしが躊躇っていると、
「よし、わかった。あたしがまずは触ってみるよ」
ララがそう言って台座に手を伸ばした。
次の瞬間、ララの姿は消えた。
「……え?」
あまりにも突然のことだったので、理解が一瞬遅れた。そこにいたはずのララが消えている。
「これは、どういうことでしょうか?」
「おそらく、それは転送装置だろう」
マークさんがクローネさんに支えられる形で近づいてきた。さっきまでクローネさんの治療を受けていたのだけれど、回復するにはまだ時間がかかるみたいだった。
「転送って、どこに行くんですか?」
「常識的に考えれば地上へと戻るものではないかと思う。このフィオナ迷宮が何階層あるのかはわからないが、長く続くのであれば歩いて最下層にたどり着くのは難しいだろうからな」
「そうね。ボスとの戦いで足を怪我でもしたら、例え勝利したとしてもその場で餓死とかしかねないもの」
フィオナ迷宮はあくまでも試練。試練というものは挑むことにこそ意味がある。その前で挫折させるようなことはしないのかもしれない。
「アリサが不安に思う気持ちもわかるわ。とりあえず、わたしが触ってみるわね」
クローネさんが装置に触れると、やっぱり姿はすぐさま消えた。
続いてマークさんが触れて、その姿がなくなると、この部屋にはわたしとベアトリスだけとなった。
「では、わたしも」
ベアトリスが装置に触ると、ついにわたしは一人ぼっちに。
広々とした部屋にひとりきりだと、さすがにここにいるほうが怖くなってしまう。どこからかモンスターが出てきそうで、わたしは急かされるようにしてその転送装置らしきものへと手を伸ばした。
そしてーー。