秘密のパーティー2
「アリサ様!」
ベアトリスがそこにいた。こちらに向かってすぐさま駆けてくる。
「ベアトリス、どうしてここに?」
「さきほど兵士のほうから連絡がありまして、街の郊外でディアドラらしき遺体が見つかったとのことです」
「え、遺体?」
わたしはディアドラの方へと視線を戻した。そこにディアドラはいる。もちろん、生きている。
「はい。つまり、ここにいるディアドラは偽物ということです」
偽物……つまり別人が変装していたってこと?
しばらくその姿で生活をしていたということは、家族も騙せるくらいに巧妙な変装だったということ?
わたしはディアドラを改めて見た。にやついたような笑みを浮かべている。とくに焦っている様子はない。
「ディアドラ、いまの話は本当なの?」
ディアドラは答えない。ベアトリスの言葉を嘘だとも否定しない。
ただ、偽物だと聞かされたからなのか、ディアドラはまるで、さきほどとは別人のようにも感じた。一気に何歳も歳を取ったかのような、落ち着いた雰囲気を放っている。顔は変わらないのに、もはや学生のようには見えなくなった。
「ねぇ、答えてよ!」
「そういえばベアトリス、あなたはそう、獣人だったのよね。うっかりしていたわ。獣人の嗅覚があれば、アリサを追跡することも難しくないものね」
そう言った直後、ディアドラはこちらに向かって針を投擲した。ベアトリスはその軌道を読み、わたしに当たる寸前でそれを腕で受け止めた。
ベアトリスは針を抜き捨てた。その表情には変化がない。腕もしっかり動かすことが出来ている。
「だ、大丈夫なの、ベアトリス」
「安心してください。わたしには異常耐性のスキルもありますので、このくらいなら平気です」
「でも、完璧ではない。ある程度のしびれは残るはずよ。その状態で戦うことは難しいんじゃない?」
ディアドラの挑発するような言葉にも、ベアトリスは動じない。
「ディアドラ、あなたの体型をみれば、戦闘に不向きであることはすぐにわかります。学生ならおそらく、ジョブ持ちでもないでしょう。短時間で決着をつければなんの問題もありません」
「そうかしら?先入観でものを語るのは危険よ」
「では、さっそく試してみましょう」
ベアトリスは突進して、ディアドラへ拳を放った。ディアドラはそれをなんなくかわした。二人の戦いが始まり、わたしは傍観者として見守ることしかできなかった。
わたしの目には、ベアトリスが圧倒的に有利に見えた。次々に攻撃を繰り出し、ディアドラは防戦一方だった。
でも、なかなか決着はつかなかった。良くみてみると、ディアドラはベアトリスの攻撃をしっかり受け止めていることがわかった。
その様子を見て、わたしはディアドラが普通の学生でないことを実感した。ディアドラは明らかに戦闘慣れしている。その上、かなり強い。素人のわたしにでもわかるくらいに。
攻守が逆転したのは、一瞬ことだった。ベアトリスの鋭い蹴りを避けてつかむと、ディアドラはそのまま軸となるもう一方の蹴りあげ、ベアトリスを転倒させた。
すぐに起き上がるベアトリス。
しかし、その時点でディアドラはすでに背後に回っていた。ベアトリスの胴体に両腕を回し、その体を持ち上げると、バックドロップのように後ろへと放り投げた。
床に激突し、頭をぶつけるベアトリス。その痛みにも耐えてさっと立ち上がるも、意識が朦朧としているのか、足元がおぼつかない。
その後はディアドラの一方的な攻撃が続いた。ベアトリスはやっぱり痺れ針の影響があるのか、段々と動きも鈍くなっていった。
わたしは目を覆いたくなった。ベアトリスが殴られ、蹴られ、放り投げられる。そんな姿を見ていることは出来なかった。
「やめて!」
そう声を上げると、ディアドラの動きがピタリと止まった。
「わたしが、行くから。ダーナ教団の本部まで、素直に着いていくから」
「あ、アリサ様」
ベアトリスは仰向けに床に倒れたまま、かすれた声を出す。
「もういいよ、ベアトリス。わたしのために戦わなくても。ごめんね。わたしのせいだよね。わたしが大人しく宿屋にいれば、こんなことにはならなかったんだよね」
わたしはディアドラのほうに向かって歩いていった。
「わたしはどうなってもいい。でも、ベアトリスはちゃんと解放して。それさえしてくれれば、一切抵抗はしない」
「そんなにこの獣人が大事なの?見逃すかどうかはともかくとして、わたしたちが戦っている間に逃げようとすることも出来たはず。でもアリサ、あなたはここにとどまっていた」
「ベアトリスはわたしの友達だよ。見捨てることなんてできないよ」
「友達?わたしのことはどう?いまも友達だと思ってくれてる?」
「……友達は相手の意思を無視してさらおうとしたりしないよ」
このとき、わたしは初めてディアドラに裏切られたことを悲しく思った。あまりの衝撃でそこまで考える余裕はなかったけれど、わたしは短期間で友達を失ってしまったことにショックを受けていた。
「わたしも辛いんだよ。教団の命令には逆らえないから」
その言葉には感情の揺れがあって、どこか本音が隠れているようにも思えた。
「なら、逃げればいいじゃない」
「逃げるところなんてない。わたしが頼れるのはダーナ教団だけ。それに、わたし個人としてもモフモフ使いを放置はできないと考えてもいる」
「そんなにモフモフ召喚士が怖いなら、いますぐわたしを殺せばいいよ」
「それでは意味がないの。あなたを殺したとしても、また別のモフモフ召喚士が現れる。根本を断ち切らないかぎり、延々とそれが続くだけなのよ」
「どうやって断ち切るっていうの?」
「だから、それを調べるためにも、あなたという存在が必要なのよ。とりあえず、いまのわたしの仕事はあなたを本部まで連れ帰ることだけ。おとなしく従ってちょうだい」
「わたしを連れ帰ったとしても、どうせ何もわからないよ」
「アリサ、あなたもしかして、何か知ってるの?」
まずいことを言ったのかもしれない。何も知らない振りをするのがベストな対応だったかもしれない。
「まあ、いいわ。あなたを確保すれば、ガリアからも何らかの情報を引き出すことができる、のだけれど」
そう言った直後、ディアドラはさっとドアのほうをみやって、眉を寄せた。
「時間切れ、みたいね。どうやら、遊びが過ぎたみたい。今回は諦めることにするよ。それじゃあ、また」
騒がしい音が外のほうから聞こえてくる。
しばらくすると、何人もの兵士の人たちがなだれ込んできた。戦いの騒音を耳にした誰かが通報したのかもしれない。
再びディアドラのいたほうに目を戻すと、そこにはもう、誰もいなかった。