夜
その日の夜、わたしはなかなか眠れなかった。体は疲れているはずなのに、どうしてかずっと目だけが冴えていた。
よく考えれば、それも当然かもしれない。
異世界に飛ばされ、モンスターに襲われ、魔法をこの目で見た。興奮がなかなかやまないのも仕方のないことだよね。
それでも、わたしはどこか他人事のように冷静にこの状況を受け止めている部分があった。
息苦しいあの日々から逃れられたことの安堵も、決して否定することはできなかったから。
「……地球に戻れる、のかな」
わたしはベッドに寝たまま、そう呟いた。戻りたいのかどうか、そう問いかけるべきなのかもしれない。
わたしには友達らしい友達はいなかった。
わたしが突然いなくなったからといって、悲しむ人はいないような気がする。
お母さんだって宗教に夢中で、娘がいなくなってもたいして気にもとめないような感じだし。
娯楽、という点では恋しくなる部分は否定できない。わたしはとくに漫画や小説を読むのが好きだった。こちらではきっと、わたしを満足させるようなものはないはず。
ゲームだって人並みにやっていた。そういったものはもしかしたら、二度と遊べなくなるのかもしれない。
他にも、不安はある。
例えばお風呂。ここではたっぷりのお湯につかるという文化は少なくとも庶民にはないらしく、桶に入った生ぬるい水で流す程度しかできなかった。
体の汚れ、とくに髪の毛がいまも気になっている。化粧とかはまだしたことがなかったから、そこは平気なんだけれど。
長い期間こっちにいたら、いつか精神がおかしくなっても不思議じゃない。
「でも、日本に戻ったら、また借金生活が始まるんだよね」
浦島太郎みたいにすごい時間が過ぎていた、というならある意味平気だけど、あの生活のままならやっぱり戻りたくはない。
「せめて、魔法でも使えたらな」
わたしはベッドに寝たまま、自分の手のひらを見た。もしもジョブがあったなら、こっちでは前向きに生きられるかもしれない。
わたしはベッドから起き上がり、隣で寝ているララを起こさないように、静かに窓を開けた。
夜空には一面の星が輝いている。わたしの知っている星座なんかは見当たらないけど、それでも地球のそれとは変わらない。
「ここって、本当は地球なんじゃないの?」
答えてくれる声は何もない。わたしの声は暗闇に吸い込まれるだけだった。
夜空をよく見てみると、地球よりも星の輝きが強いようにも感じた。星のひとつひとつに存在感があって、そこになにか不思議な力が宿っているようにも見えた。
「……魔法がわたしにも、使えますように」
わたしはそう、星に願い事をした。
それだけが、いまのわたしにとっての希望かもしれない。だって魔法だよ。わくわくする気持ちは否定できないんだよね。
教会があるなら、きっとこっちにも神様という概念はあるはず。神様、わたしの願いを是非叶えてください。わたしに生きる希望をお与えください。
そして、わたしが心を許せるような友達に、どうか出会わせてください。