秘密のパーティー
やっぱりわたしの変装は完璧だったらしく、街を歩いても、誰からも声をかけられなかった。
街の至るところに兵士が立っていたけれど、一度も呼び止められるようなこともなかった。
街は厳戒態勢とはいえ普通に往来はあって、それに紛れることは難しいことではなかった。
誰かに見つかるかもしれないという緊張感は、ゲームみたいな感じがしてとても楽しかった。わたしは普通の学生に成りきって、街を移動した。
時折衛兵の方をちらっと見たり、帽子を直す仕草をあえてやってみたりもした。それでも、わたしのことを「あ、モフモフ召喚士だ」と指摘する人はひとりもいなかった。
「あ、騎士隊長のアランがあそこにいるよ。アリサの直接の知り合いだよね。さすがにこのままだとまずいかな。もうちょっと顔を隠した方がいいかもしれないよね」
ディアドラはわたしの帽子を目深に被せた。アランさんのこと、ディアドラも知ってるんだ。わたしを迎えに来た人として名前が知られているのかもしれない。
視界が帽子で塞がれ、わたしはディアドラに手を引かれたまま走った。そのままどこかの建物のなかに入った。帽子を取ってみると、そこは広々としたホールだった。
「……ここはどこ?誰もいないけど」
ここにいるのはわたしたちだけだった。玄関ホールなら、それも当然かもしれない。パーティーが行われる会場はもっと奥のほうだろうから。
でも、不思議と人の気配はない。パーティーだったら玄関にまでガヤガヤとした音が聞こえてもおかしくはないけれど、シーンとしている。建物が広いから、かな。
「そういえば、パーティーって制服でも大丈夫なのかな。礼儀作法とかわたし、よく知らないんだけど。むしろそれが礼儀だったりする?学生にとっては制服が正装だから、これで構わないってこと?」
「……」
「ディアドラ?」
ディアドラはわたしの前に立っていた。こちらに背中を向けたまま、ディアドラは言った。
「この建物はかつて、とある貴族が所有していたの。でも十数年前にある事件が起こって、家族のほとんどが死亡してしまった。その後、全面的に改装されたものの不幸を恐れて買い手はつかず、いまも空き家のままになってるの」
「へぇ、そうなんだ。だからパーティーのときだけ使うようにしてるってこと?」
毎日住むには寝るときとか辛いけれど、一時的に借りるのなら、過去もあまり気にならないだろうし。
「……」
「ディアドラ、どうかしたの?」
どうも様子がおかしい感じがする。ディアドラはこちらに背中を向けたままだし、声もどこか堅苦しい印象がある。
「どうしてその事件が起きてしまったのか、アリサにはわかる?」
ディアドラがそこでこちらに振り向いて、そう聞いてきた。その顔には感情と言えるものはなかった。
「お金持ちを狙った強盗とか?」
「いいえ」
ディアドラは首を振った。
「動機は妬み、とされているわ」
「妬み?」
「貴族は基本的には、世襲制度によって引き継がれるもの。でも、一般人が貴族になる方法もある。そのひとつが結婚なの。身分違いの恋、貴賤結婚と言われるもので、わたしの母親もそうして貴族に仲間入りをしたの」
「わたしの?」
え、どういうこと?
わたしの疑問には答えずに、ディアドラは続ける。
「でも、それを許せないと考える人間もいた。夫となるその貴族を狙っていた一族が他にいたの。彼らは最初は納得したけれど、その後、別に結婚した相手が急逝してから再び復讐の火を燃やし、かつての想い人の妻を殺そうと画策した。でも、連絡が上手くいかなかったのか、金で雇われて家に押し入った賊は、使用人も含めて家族を皆殺しにしようとした」
「……」
ディアドラは淡々と語っている。それがかえってわたしには怖かった。
「翌日、異変に気づいた近所の人が建物に足を踏み入れたとき、そこはまさに血の海だった。使用人を含めた十数人の遺体があちこちに散らばっていたけれど、ひとつ奇妙なことがあった。一人娘の体だけに傷口がなかったの。どうして、とみなが疑問に思った。怪我をした様子もないのに、その女の子は息を引き取っていた。毒を浴びたような症状もなかった。犯人の一部が捕まったあとも、その謎は解決はされなかった」
「……それが、ディアドラだったの?」
まさか、と思いながら、わたしはそう聞いた。話の流れからして、そうとしか考えられなかったから。
ディアドラの話し方も、そこだけは熱がこもっていたから。
もちろん、死んだと断言している以上、そんなことはありえないはずなんだけれど。
それに何よりも、どうしてこんな話をわたしに聞かせたのだろう。ディアドラにいったい、どんな目的があるのだろう?
「ダーナ教団」
「え?」
「襲撃したものの背後にはダーナ教団がいたの。王都で破壊工作を担う連中による仕業だった。そして、わたしを救ってくれたのもダーナ教団だった」
「ど、どういうこと?」
わたしは混乱していた。ディアドラの言っている意味が全くわからなかった。自分を襲った相手が救ってくれたって。しかも、死んでいたんだよね、ディアドラは。
「わたしはそれがきっかけで、ダーナ教団に入信したの。そして、その目的を達成するためには、どんな苦労も厭わない。そう、あなたを誘拐することも」
そう言って、ディアドラは自分の胸の辺りで腕を交差させた。その両方の指には、なにか細いものが挟まれている。
「アリサ、あなたにはこの痺れ針で眠ってもらうわ。安心して。体には害のないものだから。次に教団施設で目覚めたとき、あなたは何事もなかったかのように目覚めることができるはずよ」
「どうして、どうして、わたしを」
わたしは混乱しながらも、そう言葉を絞り出した。ディアドラに裏切られたとか、その過去に謎が多いとか冷静に考える余裕なんてなくて、とりあえず会話を続けるしかなかった。
「知ってるでしょ。ダーナ教団はモフモフ使いを敵視している。あなたという存在はこの世界に混乱をもたらしてしまう。このまま野放しにするわけにはいかないの」
「でも、わたしにはなんの力もないんだよ。何も出来ないモフモフを呼ぶだけしかないんだよ!」
「いまはそうかもしれない。でも、将来は?いつかあなたもフィオナのように邪悪な力を手にして、この世界を破壊してしまうかもしれない。そのままレベルが上がれば、きっとこの世界を混乱に陥れるはず」
「邪悪な力?フィオナはこの世界を救ったんだよね」
ディアドラは呆れたような表情で笑った。
「フィオナが何をしたのか、あなたはやはり知らないのね。あの時代に何が起こったのか、それを知ればあなたもモフモフ使いであることを恥じ、そして恐れてしまうかもしれない」
「フィオナが何をしたっていうの?」
ーーこんなことを聞いても無駄だというのはわかっている。ダーナ教団はあくまでも自分たちに都合のよい解釈をして、フィオナを貶めているに過ぎない。適当な話をでっち上げて、それを語り継いでいるだけ。
「向こうに着いたら教えてあげるわ。ここで説明する時間はなさそうだから」
「……わたしをさらって、どうするつもりなの」
「あなたの能力を解明する。そして、それを永遠に封印する」
もしかしたら、ディアドラが言っているのはフィオナ迷宮に隠されている力なのかもしれない。いまだにわたしにとっても謎の力。
いまの話を聞く限り、ダーナ教団は地下迷宮については知らないのかもしれない。迷宮をクリアしないと本当の力は手に入らないということを把握していないから、誘拐をしようとしている。
レベル上げ、ともディアドラは言った。わたしはきっと、いくらレベルを上げても、本当の力は手に入らない。それをディアドラやダーナ教団は知らない。
このことを伝えたら、ディアドラの考えも変わるのかもしれない。いまのわたしをさらってもなんの意味もないということに気づけば、この場から引いてくれるのかもしれない。
でも、フィオナ迷宮はかなりの機密だよね。軽く漏らしてはいけない。自分が助かりたいからと言って、迂闊に明かしてはいけない。
「でも、それは無理だと思うよ。いまは兵士たちがみんな警戒している。この街から出るのは難しいんじゃないのかな」
「わかってないのね。人というのはいつまでも緊張状態は保てない。長く続いた警備態勢が解けたとき、そこに一瞬の隙が生まれるの。いまがまさにそのときなのよ」
つまり、お祭りのときのあの騒動も、わたしを誘拐するための準備だった、ということ?
「長話をしてしまったわね。こっちにも余裕はない。いますぐ眠ってもらうわ」
そのとき、玄関のドアが勢い良く開いた。
「アリサ様!」