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史上最弱のモフモフ召喚士~レベル上げは罪ですか?~  作者: パプリカ
第一章 モフモフ召喚士の誕生と成長編
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教皇

「へぇ、これが当時を再現した絵画なんですね」


大聖堂にある宝物館には、いくつもの貴重な遺物が保管されている。そのひとつが壁にかけられた絵画で、そのなかでもひときわ大きいものの前に、わたしは立っていた。


「いや、これは絵画ではなく、タペストリーじゃな」

「タペストリー」


そのタペストリーには、フィオナが悪魔と戦っている場面を描いたものだった。杖を持った美しい金髪の女性が、白いモフモフや仲間を従えて悪魔に挑んでいる。

悪魔は大群で、異形のモンスターが牙を向いて迫っている。その最後尾には、ボスらしき大きな姿も確認できる。


「フィオナが去ったあと、すぐに作られたものと聞いておる。風化する様子がないところを見ると、よほど丹念に編まれたものじゃろう」


わたしの隣には、モフモフ教のトップであるメルクリオ教皇が立っている。

実際に会ってみると、メルクリオ教皇はやっぱり大きかった。

相当な年齢のはずだけれど、背中は曲がっている様子は全然なくて、厚そうな胸板がこちらを見下ろしているようだった。白髪や肌にも艶があって、活力が漲っている感じが伝わってくる。


「では、実際にフィオナを見た人が作った、ということですか?」

「そうらしいのう」


悪魔との大戦はもう千年も前のことらしいけれど、このタペストリーにはいまにも動き出しそうな臨場感がある。よほど素材が良くて、その上保存方法もしっかりしているのだろうとわたしは思った。


「アリサ殿よ、これを見て何か感じるものはないかの?」

「感じるもの……」


綺麗なタペストリーだとは思うのだけれど、それ以上のものは感じなかった。


「すいません、なにも感じないです。これを見せるために、わたしを呼んだんですか?」


ダーナ教団の式典の妨害によりいま街は厳戒体制で、わたしはずっと宿屋で休んでいたのだけれど、そこに教会の関係者が現れて大聖堂へと連れてこられた。


待っていたのは、このメルクリオ教皇。そのまま奥の方に連れて行かれ、いまこうして宝物館にわたしたちは立っている。


「ふむ、アリサ殿は完全に記憶を失っていると聞いたのでな。このタペストリーを見さえすれば、モフモフ召喚士としての本能が刺激されて、記憶も甦るのではないかと期待したのだが、そう都合よくはいかないらしいのう」

「すいません」

「謝ることではない。なにもわからないままでは大変じゃろうし、その不安定さはわれわれにとってもマイナスじゃからの、なんとか普通を取り戻したいと思っただけじゃ」


最初、軽い気持ちでついた嘘がだんだんと大きくなっていく。

やっぱり、本当のことを言ったほうがいいのかな。わたしは実は記憶はあって、異世界から来たことを隠しているだけだって。


別に犯罪というわけじゃないから、そこまで怒られるわけでもないと思うし。教会のトップの人なら、おおらかに受け入れてくれるかもしれない。


「あの、実は」


わたしは別の世界からやってきたんです、といいかけて止まった。次の言葉はなかなか出てこなかった。どう具体的に説明すればいいのか、わからなかったから。

だって、どうしてここにいるのか、自分でもよくわからない。気づいたら地球という国から転移していました、なんて説明で納得できる?


「……地球という別世界から来た、そう言いたいのかのう?」

「え?」


地球って言った?いま、確かにそう聞こえたのだけれども。まさかね。


「何も驚くことはない。実を言えばここに連れてきたのも記憶を取り戻すためではなく、その話をするためであったのじゃ」


ばれている。わたしの嘘が。この人はわたしが異世界人であることを知っている。


「ど、どうしてわかったんですか?」


動揺を抑えつつ、わたしはそう聞いた。異世界から来たというのならわかる。フィオナもそうだったから。

でも、地球という単語は普通なら出てくることは決してない。


「モフモフ召喚士は例外なく、地球から訪れるとされておるんじゃよ。フィオナもそうじゃった。これは公にはされていないことじゃから、アリサ殿の周囲のものは知らなくて当然じゃがのう」

「そう、だったんですか」


あくまでも一部の偉い人だけの秘密だけらしく、ララやベアトリスはもちろん、エルトリアのリディアさんたちも知らないことらしい。まあ知っていたらさすがにもう指摘されているだろうけれども。


それにしても、フィオナが本当に地球人だったなんて驚き。どうやってこの世界を救ったのだろう?

古い時代には魔法が存在していたなんて聞いたことはあるけど、その力で救世主になったのかな?


一番大事なのはモフモフかな。いまの話を聞く限り、モフモフは地球産らしい。モフモフがいたからこそ、この世界は救われたってことになってるけど、そんな生物は聞いたことがない。モフモフも太古の時代の生き物ってこと?

なんか、しっくりこないというか。


「モフモフって、結局なんなんですか?」

「ふむ、ある程度の答えは出せるが、わしの口からは言わんほうが言いじゃろう。自分の力でフィオナ迷宮をクリアして、その目で確かめるがよい。それがそなたにとっても最善じゃからの」

「フィオナ迷宮に隠された力についても、教えてはくれないんですね」

「そこに至るまでの道にこそ、意味があるのじゃよ。結果だけを求めれば、前回のモフモフ召喚士のような悲劇がまた繰り返されるかもしれんからのう」


前に現れたモフモフ召喚士は、ダーナ教団に殺されたんだよね。しかもすぐに。悲劇というのはそのことを指しているんだろうけど、それがフィオナ迷宮のクリアを慌てて目指したことに原因があるってことかな?


「前回のモフモフ召喚士は、フィオナ迷宮に挑んだから、すぐに殺されてしまったんですか?」

「いや、それは間違いじゃの。前回のモフモフ召喚士はダーナ教団に殺されたのではなく、自殺をしたのじゃ」

「え、自殺?」


予想外の言葉に、わたしはしばらく絶句した。


「ど、どうしてですか?」

「ふむ、その疑問は当然じゃろうが、わしの口からはこれ以上のことは言えんな」


でも、自殺って、かなりのことだよね。百年くらい前ならいまも語り継がれていてもおかしくはない。世界を救う女神の自殺なら、ネットなんかないこの世界でもあっという間に広がることじゃないの?


「これもまた、教会の上層部などの一部しか知らんことじゃ。モフモフ召喚士が自殺など、本来はあってはならんことじゃからな。ダーナ教団の仕業として知らしめたわけじゃ」

「でも、その動機を知らないと、わたしも同じ選択をするかもしれません」

「それは確かに、否定できないことじゃが、いまは何も知らない方が良いじゃろう。ひとつだけ忠告をしておくと、焦りは禁物ということじゃ。フィオナの秘宝は心を含めてそれ相応の力を要求する。未熟なままに手にしても、自らを不幸にする道具にしかならない。アリサ殿が信頼できる仲間を集め、そして自らを高めること、この二つを辛抱強く続けることをわしは願っておる」


この忠告をすることこそが、メルクリオ教皇の目的だったのかもしれない。過去にどんなことがあったのかはわからないけれど、前回と同じ過ちは決して繰り返させない、そんなことを強く言いたかったのかもしれない。


フィオナ迷宮や前回のモフモフ召喚士については、これ以上は聞けそうもなさそうだった。むしろ、聞かない方が良いのかもしれない。衝撃的な動機だったら、この時点で心が折れてしまうかもしれないし。


「そして最終的にはアーシンの討伐に成功すること、これを目標としてもらいたいのじゃ」

「アーシン?」

「あれじゃよ」


メルクリオ教皇が目で示したのは、悪魔の大群の最後尾にいる悪魔だった。大きな黒い塊に手足と目がついた、という感じのもの。


「アーシンは悪魔の総大将と言われておる。かつてフィオナが倒したものの、完全には消滅させることは出来ず、いまもどこかで封印されておるのじゃ。その封印は定期的に破られ、破滅的な被害をこの世界にもたらすとされておる」

「まさか、その、アーシンが復活するから、モフモフ召喚士が必要となるんですか?」


メルクリオ教皇はうなずいた。


「アーシンの復活とモフモフ召喚士の誕生は常に一致しておるからの」


でも、それだとひとつ疑問が浮かんでくる。

前のモフモフ召喚士はこっちに来てすぐに自殺をしたみたい。ということは、その破滅的な被害を防ぐことは出来なかったはず。

モフモフ召喚士には頼らず、普通の人の力で封印できたってこと?それならもはや、モフモフ召喚士の存在意義がないような気もする。


「いまもこうしてガリアが普通に存在しているということは、アーシンの封印に前回は成功したと言うことですよね。モフモフ召喚士がいなくても可能なことなんですか?」

「ふむ、その疑問は当然じゃが、これもまた、いまここで伝えられるものはないの。いずれそなたもその真実を知るときが来るじゃろう。そのときまで待つことじゃな」


これもしつこく聞いても教えてくれない感じ。別の質問をするしかない。


「では、フィオナもそうだったんですか?アーシンがこの世界で大暴れしていたから、地球から召喚されたんですか?」

「いや、そうではない」

「ではどうして、フィオナはこの世界に?」


メルクリオ教皇は沈黙した。それからおもむろにこう言った。


「様々な理由があるじゃろうが、フィオナの意識とモフモフの願いじゃったのかもしれんな」

「フィオナの意識とモフモフの願い?」

「ふむ、フィオナは地球を離れようと思い、モフモフはフィオナを欲していた。その二つが重なり合い、こちらへとやってきたのかもしれん」


え、でもそうなると、モフモフは地球産ではなく、もともとこっちの生物だってことになるんじゃないのかな。

どういうことなの?


きっと、これも詳しく聞いたって教えてはくれない。わたしが自分で答えにたどり着かないといけない。


とにもかくにも、こうしてメルクリオ教皇から言われて、わたしの胸のつかえは一気に降りた感じがした。わたしが異世界人であるということを知っている人がいる、そう思うだけでも気持ちが楽になった。

散々悩んでいたことがバカらしくて、こんなことならララたちにも、さっさと伝えておけばよかったんじゃないかと思った。


「わたしが異世界から来たということは、他のみんなに話しても構わないんですか?」

「構わんが、いまは記憶喪失を装っていたほうがいいじゃろうな。異世界という表現は必ずし好意的な反応を生み出さないものじゃ。フィオナもこちらに来た当時は苦労したと聞く。違う文化で育った存在は確かに興味深いが、同時に警戒心も沸くものじゃからのう」


侵略者、みたいな感じで受け止められてしまうってことかな。異文化に対する排他的な感覚ってどこにでもあるみたい。


なら、わたしの対応は間違ってなかったんだね。変な混乱を引き起こさなくて良かった。これからもしばらくは記憶喪失のままで行こうかな。


「アリサ殿、辛くはないか?」

「え?」

「突然別の世界へと連れてこられ、みなを救う女神として祭り上げられた。何者かに命を狙われ、得体の知れない敵とも戦わねばならない。そなたくらいの女子なら、心がどうにかなっても不思議ではないのではないか」

「最初は戸惑いましたけど、もう、慣れたのかもしれません。それに、向こうにもあまり良い思い出はなかったので、簡単に割り切ることができたのかも」


いまさら日本に戻りたいかと言われたら、かなり微妙な感じでもある。再び教祖の娘としてからかわれるくらいなら、こっちにとどまりたい気持ちの方が強いような気もする。普通の友達も出来たし、誰かに必要とされる感覚も悪くはない。

 

「ふむ、アリサ殿は見た目と違って、かなり胆力があるのじゃな」


メルクリオ教皇はそう言って、うれしそうな笑みを浮かべた。

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