祭り
王都では急遽、お祭りが開かれることが決まった。
フィオナがこの世界に現れたことをお祝いする降誕祭で、毎年行われるものではあるのだけれど、本来なら時期はもう少し先のはずだという。
でも、わたしがここに来たことを記念して、少しだけ早めに開催されることとなった。すでに準備などはしていたので、スムーズに事は運んだみたいだった。
街は派手な飾りで彩られ、当時の衣装や文化を反映した躍りが披露された。大通りには出店がならび、普段は食べないような珍しい食べ物が並んだそう。
お祭りのメインの出し物のひとつは、フィオナと騎士による大通りの行進だった。フィオナに扮した女性が先頭に立って、その後に騎士団が列をなして続く。
フィオナ役はもちろん、わたしじゃない。やってみないかとお願いされたものの、さすがにそれは断った。
なんの準備もなかったし、いまだにひとりでは馬にも乗れない。仮に準備に時間があったとしても、やる気にはならなかったと思う。
その行軍を模した列は街の中央広場で止まり、そこで最後の見世物が始まる。
騎士対騎士の戦いだ。
一方は銀の鎧を身に付けて、もう一方は黒い鎧をまとっている。決闘のように一対一で、人間と悪魔の戦いを象徴しているという。
本来であればフィオナが戦うべきところなんだろうけど、フィオナ役の人というのは見た目や立場で決まるらしいので、騎士としての訓練を受けた人が代わりに戦うようだった。
「ついに始まるね。演技とはいってもなかなか迫力があるから、あたしも結構楽しみなんだよね」
わたしはララとベアトリスと一緒にその様子を眺めていた。
わたしが現場近くにいるといろいろと混乱して面倒なことになるので、広場に面する教会の上階にある部屋を借りて、そこから広場の様子を見下ろしていた。
「ララは前にも見たことがあるの?」
「あるよ。あたしはここ出身だからね」
ララがさらっと言う。
王都の貴族ってことは、相当位も高いのかな。なんとなくララからは聞かないで欲しいって空気を感じるから、あれこれ追及はしていないんだけれども。
貴族が冒険者になることは、決してあり得ないことではないらしい。
貴族は子だくさんの場合が多いので、外に活路を求めることもあるみたい。女性であるということも、不利に働くこともあるのかもしれない。何より、ララはジョブ持ちだから、家を出やすい部分があったのかもしれない。
「ほら、アリサ、もう始まるところだよ」
「あ、うん」
わたしがララから広場のほうに視線を戻すと、ちょうど戦いが始まるところだった。
騎士と騎士との戦いは、思ったよりも激しかった。重々しい鎧を着ているのに次々と剣を振り下ろし、剣と剣がぶつかり合う音がこちらのほうまで聞こえてきた。
儀式的なものを予想していたけれど、実際の戦闘を目の当たりにしているみたいだった。訓練されているから、かな。
「すごいね、まるで本物の決闘を見ているみたいだよね」
「あたしも同じ感想だね。いつもと比べると、ちょと様子がおかしい」
「様子がおかしい?どういうこと?」
「本来であれば、簡単に決着がつくはずなんだよね。もちろん、黒い騎士のほうが負ける形で。でも、剣劇は長く続いている」
「たしかに、観客もそれに気づいているようですね」
ベアトリスにそう言われて気づいたけれど、二人の騎士を見守る観衆も、ざわざわし始めている。みんな異変に気づいているみたいだった。
「しかも、黒い騎士のほうが押してるね。これは完全に予定外の行動だろうね」
「でも、どうして?」
「さあ、相手に恨みがあるとか?でも、さすがにこんな場所で復讐はしないかな」
黒い騎士のほうが優勢なのは、素人のわたしの目にもわかった。銀の騎士は防戦一方で、攻撃する機械は徐々に少なくなっていた。相手の剣を受けてばかりいたせいか、握力はなくなっているようだった。
「あっ」
黒い騎士の強烈な一撃を受け、ついには銀の騎士の手から剣が落下した。
黒い騎士はためらうことなくすぐさま振りかぶり、銀の騎士に止めを加えようとしたーー
そのときだった。
突然、黒い騎士の手前の地面が隆起し、その先端が黒い鎧を直撃した。
よく見ると、それは手の形をしていた。
5本の指がしっかりと独立している。
地面から生えてきたその手は、今度はぐらついた黒い騎士の胴体を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。
黒い騎士が動かなくなると、その場にひとりの男性が現れた。
「あれは、教皇のメルクリオだね」
「教皇?モフモフ教のトップということ?」
「そうだよ」
わたしが驚いたのは、教皇という立場から想像する人とはだいぶ違ったから。
メルクリオ教皇は大柄な老人だった。
決して太っているわけではなくて、白い礼服を身につけた体には、明らかな筋肉が浮かび上がっている。髪はもう真っ白だけれど、その動きも機敏なものだった。
腰までに届きそうな白髪をたなびかせながら颯爽と現れたかと思うと、黒い騎士のほうへと素早く近づいていった。
すでに地面から生えてきた手はなくなっていて、そこにはわずかの陥没だけが残っていた。何かの仕掛け、ではなさそうだった。
「さっきのはもしかして、魔法なの?」
「その一種だね。あれは錬金術と呼ばれるものだから」
錬金術というのは、あらゆるものに一時的に生命を与える魔法のことだという。さきほどの腕も、土の一部に生命力を与えて変形させたものらしい。
「どんなものでも生き物にできるってこと?」
「そういうこと。建物でも植物でもね」
「へぇ」
「あくまでも短時間ではあるらしいけど、それでも強いことには変わりはないよ。どんな状況でも仲間を作り出せるわけだしさ」
黒い騎士にはまだ意識が残っていた。そして戦う意思もまだ、あるらしい。よろよろと立ち上がると、メルクリオ教皇へと突進し、その体を両手で掴もうとした。
メルクリオ教皇は慌てることなく対処した。
黒い騎士を正面から受け止めると、二人の手がしっかりと噛み合った。そこからはどちらが押し返すかの力勝負で、しかし決着はすぐについた。
黒い騎士はガクッと膝から崩れ落ちて、メルクリオ教皇の力に屈した。
メルクリオ教皇は黒い騎士を見下ろすようにすると、その首もとに素早く手刀を放った。それでついに気を失ったのか、黒い騎士はだらりと横たわった。
「つ、強いね。教皇って聞くと穏やかなおじいちゃんを想像するけれど、正反対な感じだよ」
「まあ、ダーナ教団と対立するモフモフ教のトップだからね。それくらいじゃないと務まらないのかもしれないよね。王様との謁見の時には教皇は見かけなかったの?」
「たぶん、いなかったと思うけど」
あれだけインパクトのある人なら、そこに立っているだけでも十分な存在感があると思うから、見落としたなんてことはないはず。
「なら、ちょうど国境付近の前線に慰問にでも行っていたのかもしれないね。教皇はそういうこと、よくするみたいだから」
街の広場では、気絶したらしい黒い騎士の鎧を脱がせている最中だった。ほぼ裸のような状態にして、メルクリオ教皇を中心にして体を調べているようだった。
「どうやら、魔術刻印が刻まれてるようですね。ということは、やはりダーナ教団の仕業と見て間違いないようです」
ベアトリスは視力がとてもいいのでわかるみたいだけれど、わたしにはそこまで確認することはできなかった。
「ダーナ教団?いったい何の目的で?」
それに答えたのはララだった。
「式典をぶち壊すことが目的だったんだろうね。モフモフ召喚士が誕生した直後の祭りだから、インパクトがあるのは確かだよ。自分たちの存在を誇示することも出来る。アリサがあそこにいたら、狙われていた可能性もあるよね」
「まだ、わたしを殺そうとはしていないってことかな」
おそらく王都ともなればダーナ教団の信者もたくさん隠れ住んでいるとは思うのだけれど、いまのところわたしは身の危険は感じてはいなかった。
こんなふうに式典を妨害するだけなら、いますぐに命を奪うつもりはないのかもしれない。
「これで警戒感は強まるからね。アリサの命を本気で奪うつもりなら、わざわざこんな騒動は起こさないよね」
「以前、偽物のモフモフ召喚士が現れたことがあったと聞いたことがあります。その人は普通の召喚士だったようですが、モフモフっぽいものを呼んでみんなを騙したみたいですね。その騙された人間にはダーナ教団も含まれていて、偽物の暗殺を企てたところを逮捕されたことがあるとか」
以前にそんな可能性もあるかなと考えたことがあるけど、まさか、そんな人が本当にいたなんて。
「だから、教団としては慎重になっているのかもしれません。偽物のモフモフ召喚士は、国がダーナ教団を誘き出すために用意をしたとも言われています。教団としては二度も騙されるわけにはいかないので、まずは他人を使って周辺から探りを入れているのかもしれません」
周りの反応を見て、わたしが本物かどうかを確かめようとしているのかな。もしかして、村での出来事もそうだったとか?
でも、この王都で歓迎をされているってことは、ダーナ教団もわたしが本物であると確信し始めているのかもしれないから、油断は出来そうもないのだけれど。
「しばらくはあまり、外出とかしないほうがいいのかな」
「まあ、そこまで気にする必要もないとは思うけどね。王都は監視も厳しいから、アリサに手を出すのは簡単じゃないから、気楽に過ごした方が良いと思うよ」
「うん」