友達
ガリア王立学院は10歳から通えるようになる貴族学校で、そこでまずは基本的な知識を学んでいくようだった。
その後、ジョブ持ちかどうかでクラスがわかれるような仕組みになっているという。ジョブの才能は人によって判明する時期もある程度異なるので、編入に年齢制限はないようだ。
そもそもこの学校のひとつの目的は、貴族のなかにいるジョブ持ちを見つけることにあるらしい。
貴族のなかでもジョブを持っているかどうかがひとつの評価の分岐点で、それでその後の立場がわかれるようにもなる。
貴族は基本的に、冒険者になることはない。学校でもあくまでも統治者としての役割を学んでいく。
ただ、それでも何かしらの特別な力を持っているということはブランドのひとつになり、民心を束ねる武器にもなり得る。
だから、ララも貴族なら普通にエリートコースを歩めるはずなのだけれど、なぜかいまは冒険者として生きている。
その辺りの事情をもっと知りたかった。でも、ララはわたしのほうも追いやるように校舎のほうへと付き出した。
そしていま、わたしは貴族学校の生徒たちの前に立っている。
「え、えーと、みなさん、はじめまして、モフモフ召喚士のアリサと言います。よろしくお願いします」
わたしは講堂のような場所で一段高いところに立ち、生徒たちに向き合っている。ここには大陸中から貴族の子供たちが集まってくるところなので、その数はざっと見ただけでも百人は軽く越えているようだった。
中学生のとき、似たようなシチュエーションがあったことを嫌でも思いだした。何かの学校のイベントで、押し付けられた形で就任したクラス委員であるわたしが、最後に挨拶を担当することになった。
わたしはそこで何も言えなくなった。事前に文を用意はしていたのだけれど、たくさんの視線を浴びた状態で頭が空っぽになってしまった。
恥ずかしい記憶がよみがえり、わたしは慌てて頭を振った。ここはもう日本じゃない。誰もわたしのことを教祖の娘、だなんて呼ぶことはない。
ここでやることも明白。長々しい話をする必要なんてない。気持ちを入れ替えるために、さっそくみんなに見せて上げよう。
「では、いまからモフモフを呼びますね」
わたしがモフモフを呼ぶと、お馴染みの反応が返ってくる。おぉと波のようにどよめきが広がっていく。興味深そうな目でみんなモフモフに目が釘付けとなっていた。
ただ街の人たちと違うのは、興奮してモフモフに殺到したりはしなかったということ。この辺りは貴族の子供として、しっかりと教育を受けているんだな、ということがわかった。
続いて、教師の人から「誰か、アリサさんに質問がある人はいますか」と呼び掛けられて、数人の生徒が手を上げた。
「モフモフはしゃべりますか?」
「モフモフは普段、何を食べていますか?」
「モフモフの柔らかさを別のモノに例えてもらえますか?」
「モフモフの睡眠時間について教えてください」
わたし個人ではなく、モフモフそのものについて知りたがっていたので、わたしは軽く質問に答えたあと、モフモフを生徒たちのほうへと移動させた。
モフモフが近づいてくると、さすがに貴族として教育を受けているみんなもはしゃぎ声を上げていた。モフモフに我先にと手を伸ばし、ボールが転がるように次々に別の生徒の手に渡っていった。
貴族でもどこにでもいるような普通の感覚を持った子供たちだと確認できて、わたしはホッとした。
モフモフ披露を無事に終えると、わたしは授業を見学することとなった。国の歴史や領主としての在り方を他のみんなと一緒に学んだ。
授業は長くはなくて、午前の早いうちに全てが終わり、その後は帰宅することとなった。わたしはノエルくんとディアドラさんと一緒に校舎を出た。
「アリサさんはエルトリアから来たと聞いたけれど、これからはこっちに住むの?」
ディアドラさんからそう聞かれ、わたしは首を振った。
「それは考えてない。向こうのほうが知り合いも多くて気楽だから、エルトリアを離れたくないし」
「じゃあ、この王都を楽しめるのもいまだけなんだよね。わたしたちがいろいろと案内して上げるよ」
それからわたしは二人に先導される形で、王都を見て回った。エルトリアに比べると王都は当然大きくて、人通りも多かった。店はいろんなところにバラけていて、裏通りの小道にひっとりとたたずむ店もあった。
「これなんか、アリサさんに似合うんじゃない?」
そんな人気のないところの位置するアクセサリー屋さんに立ち寄ったとき、ディアドラさんがわたしにピアスをすすめてきた。
「アリサさんのそれ、マジックマントだよね。なら簡単には外せない。でも、髪のほうも黒だと全体的に重々しい感じがするから、アクセントとして見えるところだけでもオシャレをしたほうが良いんじゃないかな?」
「え、いいよ。穴を開けるのは怖いし」
「じゃあ、イヤリングにする?ネックレスもいいかもしれない。黒に映える赤とかどうかな?あ、モフモフ召喚士ならやっぱり白だよね」
さらにディアドラさんは指輪とかわたしに商品を進めてきたけれど、わたしは全部断った。
アクセサリーなんてつけるような柄じゃない。買うお金もなかったから、そんなものを身に付けようと思ったことすらなかった。
「無理に進めるなよ、ディアドラ。アリサさん、嫌がってるだろ。そもそもモフモフ召喚士がじゃらじゃらアクセサリーなんかつけてたら、みっともないじゃないか」
ノエルくんが呆れたような口調で、そう言った。
「そうかな。少しくらい派手なくらいのほうがモフモフ召喚士に合ってると思うけど」
「高価なものならともかく、庶民が買えるようなもので威厳なんかでないだろ」
「……」
でも、正直に言ってとても楽しい時間だった。こういうの、日本にいたときに憧れたな。普通の学生が送る青春みたいなもの。まともな友達のいないわたしには縁遠くて、漫画なんかだけで味わえるものだった。
まさか、異世界でこんな体験ができるなんて、思いもしなかった。
「威厳とかどうでもいいの。アリサさんはかわいいから、それをもっと引き出したいだけ」
「か、かわいい?」
そんなこと、人生で初めて言われたかも。お父さんからは言われたことあるような気もするけど、親じゃカウントにはならないからね。
「そうだよ。気づいてないの?」
「ハハハ、ありがとう」
お世辞ってやつだよね。真剣に受け止めちゃダメ。
「アリサさんは童顔だから、アクセサリーでアクセントをつけたほうがいいんだよ。そのままだと群衆に埋もれる感じがするよね。モフモフ召喚士はこの世界にひとりなんだから、みんな華やかさを求めているところもある。やぼったい感じだと神秘性もなくなっちゃうからね」
「わたしはこのままでいいよ。無理して背伸びをすると、かえって惨めに見えるものだから」
……日本に帰らなくても、良いのかな。
この世界がもう、わたしのいるべきところなのかもしれない。日本にいなくたって、青春みたいなことは味わえる。そんなことをふと思うと、なんだか涙が出てきた。
「アリサさん、泣いてるの?」
わたしは手の甲で涙を拭った。
「あ、うん。なんだろう、こういう経験、したことがないのかもしれないから」
「かもしれない?」
「……わたし、記憶がないの。だから、同世代の人たちと遊ぶっていうか、そういう感覚や思い出がなくて。少なくとも、モフモフ召喚士になってからはずっと緊張で張り詰めていたから、ホッとした部分があるのかもしれない」
「記憶がないって、どうして?」
わたしはララと森で出会ったときのことを説明した。
「そうだったんだ。朝に一緒にいたあの二人は友達じゃなくて護衛、なの?」
友達……ララやベアトリスはそうなのかもしれないけれど、二人とも冒険者で、仕事としての関係性があるから、純粋な友達というのとは違うのかもしれない。
「どうかな。二人のことは信頼しているけど、仕事関係以外の人だと、そういう人はいないかな」
「大変だったんだね。知り合いのひとりもいない状態で、しかもモフモフ使いとして活動するだなんて……緊張で心が張り詰めているのも当然だよね」
「う、うん」
「モフモフ使いとして活動なんかしていたら忙しいし、普通の友達を作る余裕がないのも当然だよね」
そう言ってディアドラさんはわたしの手を取った。
「なら、わたしがアリサさんの友達になってあげるよ」
「え、友達?」
「うん、モフモフ使いって言っても、どこにでもいるひとりの女の子だから、息抜きも必要だよね。ここにいる間はわたしが友達としてアリサさんーーアリサと遊んで上げるから」
友達、か。良い響きだな。この単語を別の誰かから直接聞いたのは、初めてかもしれない。
「ほら、ノエルも一緒に」
「え、なんで?」
「いいから、早く」
ディアドラにそう促され、ノエルくんもわたしの手を握った。
「よし、これで友達同盟の結成だね」
ちょっと恥ずかしいネーミングも、いまのわたしにはどこか心地よかった。
わたしはいまになってようやく、この世界に受け入れられたのかもしれない。