王様との謁見
王様と言うと髭もじゃのおじいちゃんを勝手に思い浮かべていたのだけれど、ガリア王国の王様は思ったよりも若かった。40代くらいなのかな。
衣装についてもごわごわしたような豪勢なものではなくて、赤いマントに体にフィットした白いコートような簡素な組み合わせ。金色の冠を被っているわけではなくて、ブラウンの長い髪の毛を両脇にたらしている。全体的にスマートな印象だった。
「そなたが、アリサ・サギノミヤか」
とはいえ、しゃべり方は重々しいと言うか、威厳のある感じだった。
「は、はい、アリサです」
「歓迎しよう、モフモフ召喚士よ。そなたの訪問はこのガリアにとって、新たな歴史の始まりとも言えよう」
「ど、どうも、よろしくお願いします」
わたしはガチガチに緊張していた。
城の上階にある謁見の間に通され、こうして王様といま、向かい合っている。周囲にはずらりと騎士や役人みたいな人が並んでいて、興味深そうな視線を送ってきている。
「アランよ、そちも苦労であったな。途中、ダーナ教団の襲撃もあったと聞いているが、大事はなかったか」
アランさんは「はい」と言って立ち上がった。さっきまでは片膝をついていて、わたしもそれを真似しようとしたら、王様に笑いながら止められたのだけれど。
「一部の建物は損壊しましたが、人的な被害はなく、乗り切ることが出来ました」
「そうだろう。そちに任せたかいがあったというものだ」
「王様、我々騎士団だけの力ではありません。アリサ様の警護役の助けがあってこそ、のことです」
そして、アランさんは当時の状況を細かく説明した。
「ふむ、モフモフ召喚士の周りにはやはり、優秀なものが集まるようだな。名前はなんという?」
「ベアトリスです」
とベアトリスは言った。わたしの隣にいるのは、ベアトリスとアランさんのみ。ララは堅苦しいところは嫌いだと言って、宿屋にとどまっている。
「望みがあれば、褒美をつかわそう。何か希望はあるのか」
「いえ、結構です。アリサ様を守るのはわたしの仕事ですので」
ベアトリスには緊張した様子がない。平然と王様と向きあっている。
「見上げた心がけだな。そちのような友がいれば、アリサ殿の安全も担保されたようなものだ。オスカーもそう思うであろう」
「そうでございますね。わたくしも羨ましく感じます」
王様の隣にはひとりの男性が立っている。黒いローブ姿で、オールバックのように白髪を後ろに撫で付けている。年齢はよくわからない感じで、でも王様よりは年上のように見えたから、王子様ではなさそうだけれど。
「あれはこの国の宰相、オスカー・マクダウェルですね」
わたしの疑問を感じ取ったらしく、アランさんがわたしにささやくように言った。
宰相ってよくわからないけど、王様の次に偉い人って感じかな。
「それにしてもアリサ、そなたの話は事前に聞いていたが、想像以上に幼いのだな。その小さな体でモフモフを呼べるとは、なんとも不思議なものだ」
「この杖のおかげでもありますけど」
わたしはミステルの杖を軽く持ち上げた。
「謙遜する必要はない。そのミステルの杖を持てるということ自体が才能なのだ」
そう言えばミステルの杖ってわたし以外の人が持つと呪われるとか聞いたけど、あれって本当のことなのかな。
「それではアリサよ。さっそくモフモフを見せてはもらえぬか?」
「はい。わかりました」
王様は「こちらへ」とわたしを招くようにした。
わたしは王様のほうに近づくと、モフモフを召喚した。
「モフモフ!」
白くて丸い物体が現れると、周囲から低いどよめきが上がった。王様の前だから声を控えめにしているようだけれど、それでも興奮気味な声がこちらまで届いてきた。
その反応を目の当たりにすると、この人たちも普通の人間だなって思えて、少しだけ緊張が和らいだような気がした。
「おお、これがあのモフモフ」
王様は椅子から立ち上がると、ワナワナと震える手を伸ばし、モフモフを持ち上げた。感激よりも驚きのほうが強いのか、その表情にはどこか強張った感じも残っていた。
「まさに、文献に記された通りの姿。フワフワでありながらも、ズッシリとした重みも感じる。この中にあらゆる歴史がつまっているからなのかもしれない」
そうかな?わたしも何度もモフモフを抱っこしたことがあるけれど、ほとんど重みなんて感じられないけれど。王様だから思い入れが人一倍強いからなのかもしれない。
「余はこの日を何度も夢見てきたものだ。アルスターやダーナ教団によってこのガリアは何度も苦惨を味わってきたものだ。余や国民の願いがモフモフ召喚士とモフモフを呼び、この状況を変えようとしている。アリサよ、そなたはまさにガリアにとっての希望の光なのだ」
「は、はい」
似たようなことは何度か言われたことあるけど、王様からの言葉だと責任感みたいなものをすごく感じる。それこそ、戦争というものがわたしの間近に迫っているような気さえしてしまう。
「ところで、モフモフには国を変えるほどの特殊能力があると伝え聞いている。それはいったいなんなのだ?」
王様が気になるのはやっぱりそこなんだよね。でもわたしは残念ながら、答えを持っていない。
「かわいさ、じゃないですか」
これはもう、失敗している。ミラースライムで確認済みだけれど、それ以外の要素が何もないからこう言うしかなかった。
「ふむ。たしかにかわいさは抜きん出ておるが、それだけで長年語り継がれるとはおもえないのだが」
やっぱり、あれかな。フィオナ迷宮の最下層までたどり着かないと、わからないってやつかな。
でも、いまのわたしではとてもじゃないけれど、クリアはできそうにないんだよね。
それにしても、なんなんだろう、フィオナの秘宝って。それを手にしたら、わたしはいったいどんな力をてにするのだろう?
「王様、アリサ様はモフモフ召喚士になったばかりですし、長旅でお疲れのご様子。モフモフを召喚するのも大変でしょうから、その辺で解放されたほうかよろしいかと」
オスカーさんの言葉を聞き、王様はハッとしたように頷いた。
「おお、そうだな。まだ若き女性、モフモフ召喚士として覚醒したばかりであったことも、すっかり忘れていた」
わたしは王様の許しを得て、モフモフを還すと、再び元の位置に戻った。
「アリサよ、これでそなたがモフモフ召喚士であることが証明された。家臣のなかにはモフモフ召喚士の誕生を疑問視するものもいたのだが、モフモフをその目で見たからには誰もそなたを粗末に扱うことはしないだろう」
疑う人がいてもおかしくないよね。手品みたいなことをしてモフモフ的なやつを出して王様を騙そうとする人がいてもおかしくなさそうだし。
「それで、アリサよ、ひとつ聞きたいことがあるのだが」
「はい、何でも聞いてください」
「そなたは記憶を失っているというのは誠か?」
「はい、いまだに何も思い出せなくて」
正直に言って、こういう場で嘘をつくのはとても怖い。
だって、この中に心のなかを覗けるようなタイプのスキルを持っている人がいてもおかしくなさそうだから。まあでも、地球という世界から飛ばされてきたということを信じる人はいないかも、だけれど。
「では、この国の歴史や学問については?」
「それがさっぱりで」
フィオナやモフモフ召喚士など、わたしに関係すること以外は、あまりよく知らないというのが実情だった。隣国との関係やダーナ教団については知っているけれど、そこまで詳しいというわけじゃない。
「そうか。ならば、余からひとつ、提案があるのだが」
「何でしょうか?」
「ここ王都で、いちから教育を受けてみるのはどうだろうか?」
「え、教育?」
「ふむ、国の象徴たる女神として、そなたは国民から羨まれる必要がある。そのためには国のことを理解しておかねばならない。わかるな?」
「それは、はい」
「いまのままでは残念ながら頼りないというか、どこにでもいる子供とさほど変わらない。立場によっては無知であることが罪になることもある。そうして信頼を失っていけばどうなるか、そなたにもわかるだろう」
「まあ、そうですね」
「モフモフ召喚士とは名前だけではなく、人としても魅力的でなくてはならないのだ。そのための最低限の知識を身に付けてもらいたいのだが」
と言われても、教育ってなに?家庭教師をつけるってこと?こっちにまで来て勉強するなんて、なんか嫌なんだけど。
「どうだろうか、アリサよ、ここで学校に通ってみるの?」
「学校、ですか?」
「ふむ。同じ年頃の者たちとともに学ぶのだ。そのほうがより知識を吸収できるのではないか?」
「でも」
「そなたはすでに冒険者として活動しているとは聞いているが、こちらへと拠点を移せば学問との両立も可能だろう」
「それは、この王都にわたしが住むということですか?」
「もちろん、住まいのことは心配する必要がない。こちらで用意する。われわれとしてもモフモフ召喚士が近くにいた方が安心なのだ。どうだろうか?」
「えっと、その」
どうだ、と言われても、あまりにも急な提案に、わたしの頭は混乱していた。
これって断ってはいけないやつ?王様の命令を拒否したら、不遜だとか言って逮捕されたりする?
さすがに、わたしの立場でそれはないとは思うんだけど、プレッシャーが強いことには変わりはない。
いまこの場で決めないといけないんだよね。何も言わずに時間を潰す方が怒られそうな気もする。まあ、ここは正直に言うしかないかな。
「あの、わたしはーー」