緊急会議
わたしはアランさんと話した後、すぐに自宅へと戻り、ララを呼んで、ベアトリスとともにリビングで緊急会議を開くことにした。
「へぇ、もう王都に呼ばれたんだ。いつかは迎えが来るとは思ってたけど、案外早かったね」
「どうしよう。突然王様の前に呼ばれても、わたしはなんの知識もないから変なふうになっちゃうかもしれない」
わたしは礼儀作法というものをまったく知らない。王様の前でどんなふうに振る舞えばいいのかわからない。
とくにこちらの世界の常識となるとさっぱりだった。王様に会ったときの手順みたいなのを、事前に知っておきたかった。
「そんなの簡単だよ。ただそこに突っ立ていればいい。モフモフ召喚士はこの国にひとりしかいない英雄であり女神なんだよ?つまり、王様よりも上ってこと」
そんな馬鹿な、とわたしは思った。いくらなんでも無礼すぎる。わたしが殺されたり牢屋に入れられたりすることはないだろうけど、わざわざ国のトップを怒らせるようなことはしたくない。
「何かしら特別な流れみたいなものとかないの?」
「特別な流れ?」
「例えば最初に頭を地面にこすりつけるとか、左から膝をつかないといけないとか」
「そんなものないよ。王様だってモンスターじゃないんだから、言われたとおりにすれば怒らないよ」
「うーん。ベアトリスはどうかな?何か聞いたことない?」
「さあ、わたしもそのようなところとは無縁ですので」
冒険者とメイド、この二人に頼ったのが間違いだったのかもしれない。教会でリディアさんや、アランさんに聞いてきたほうがよかったのかも。
「まあ、何か粗相をしても、笑って許してくれるんじゃないかな?王様の評判って悪くはなさそうだし」
「そうなの?」
「あたしは前に王都にいたからわかるんだよ。結構気さくな人らしいよ」
それが事実ならいいけど、街で聞いた噂が真実とは限らないような気もする。イメージコントロールがされている場合だってあるわけで。
「それで、出発はいつなの?」
「明日にも、って話だけれど」
「なら、どのみち準備する時間もないね。適当に頭を下げておけばなんとかなるよ。王様も戦争がのほうで頭が一杯だから、細かいことは気にしないかもしれないし」
「せ、戦争?」
不穏な言葉がララの口から飛び出して、わたしは驚いた。
「ああ、アリサは記憶がないから知らないんだね。この国ガリアは、隣国のアルスター帝国と長い間戦争してるんだよ」
この大陸には二つの大国がある。それがガリア王国とアルスター帝国。どちらも大陸のほぼ中央に位置していて、東と西の領土を分割しているような状態だという。
この2国の関係はずっと険悪で、戦争もたびたび起きているという。ちょうどいまがそのときで、全土での紛争にはなっていないものの、国境付近では頻繁に衝突が起きているという。
この辺りではあまり緊迫感はない。ある程度中央から離れているし、どちらかが相手の領土に侵攻するような話も、ララはあまり聞いたことがないという。なので戦争という表現は大袈裟かもしれない、とララは訂正した。
「それでも死者は出ているらしいからね、あまり軽く受け止めることはできないかな」
「その争いのきっかけはなんだったの?」
「もともとアルスターはガリアの一地域でしかなかったんだ。それがあるとき、国として独立したんだよね。ガリアはもちろん、その独立は認めていない。これがひとつのきっかけ。
もうひとつはアルスターにはダーナ教団の本部があると言われているんだ。ダーナ教団は言うまでもなくモフモフ召喚士の敵だけれど、ガリア全体へのテロ行為も行っているから」
ダーナ教団って別の国の組織だったんだ。だから壊滅させることができないのかな。
「アルスターが独立したのはどうしてなの?何かきっかけがあったんだよね」
けれど、ララは首を傾げた。
「さあ、その辺りは謎なんだよね。いろいろ言われてはいるんだけど、はっきりしたことはわからないらしい」
「それって、どれくらい続いてるの?」
「どうかな。正確にはわからないけど、何百年も続いているはずだけれど」
「何百年!」
そんなに長く?ガリアとアルスターってそんなに仲が悪いの?普通だったらどこかで和解するような気もするんだけれど。
「アルスターが独立をしてからだからね、そのくらいは平気で続いているよ。もちろん小康状態のときもあって、ずっと戦っているわけじゃないんだけどね」
ガリアとアルスターって、国力が同じくらいなのかな。じゃないと、どちらかがすでに勝っているはずだよね。勝ったり負けたりを繰り返している。
「和平交渉みたいなことはしないのかな」
「さすがにもう無理なんじゃない?出来るものなら、とっくにやっているはずだしさ」
何百年も続いているのなら、いまさら仲良くもできないのかな。普通は世代が変わることで方向性も変化したり、争いに疲弊して、やる気が起きなくなったりするものだけれど。
「いまの王様は穏健派と言われているから、もしかすると電撃的な和平もあるかもしれないね。もちろん、相手次第のところが大きいわけだけれど」
そういう人が上にいても、戦いは起きてしまう。きっとお互いに複雑な事情を抱えているんだろうなと思った。
「まあ、なんにせよ、不安がることはないよ。王都の中で戦いが起きたという話は、一度も聞いたことがないからね」
「もしかしてそれ、なのかな。モフモフ召喚士が生まれる理由って」
モフモフ召喚士は国の危機を救うために現れる存在。わたしがこっちに呼ばれたのは、争いが激化する前触れなのかもしれない。
「どうだろう。そこまで大事にも思えないんだよね。そもそもモフモフ召喚士が出現するのは、悪魔のボスを倒すためって聞いたことがあるけど」
「悪魔のボス?」
「そういう存在がいるらしいよ。フィオナが倒した悪魔の総大将みたいなやつだね。ダーナ教団はそれを復活させるために動いているとも言われている。名前はなんだったかな」
悪魔のボスって響きが、なんだか怖い。しかもわたしがそれを倒す?まともな戦闘力もないのに?
わたしはゲームでプレイした最後のボスを想像した。たぶん、いまのわたしなら一撃でやられてしまうはず。
わたしはため息をついた。もう、これが夢だったらいいのにと思った。