お迎え
わたしには冒険者としての仕事だけで生活をしているわけではなかった。定期的に教会へと足を運び、バイトのようなことをしていた。
モフモフ教会は決して裕福ではないという。ダーナ教団のようなテロ組織を除けば、対抗するような宗教はないのだけれど、それでも財政的には厳しいのだという。
寄付金は年々減り、国からの支援も限られたものなので、運営は楽ではないという。
そこでリディアさんなどから、わたしへのお願いがあった。それは教会でモフモフを召喚して見せてほしい、というものだった。
モフモフは幸運を呼ぶと言われているから、実際に触れてみたいという人は多い。とくにフィオナ像の前でモフモフを召喚すると興奮する人は多く、教会への寄付金が増えるからと。
わたしはモフモフを見せて回ったけれど、ここエルトリアもかなり広い街なので、まだモフモフに触れていないという人も多くいるのが現状。
モフモフに接することで財布のひもを緩める、みたいな発想らしい。
わたしはそれに喜んで協力することにした。
正直なところを言うと、最初はかなり迷いもあった。お布施みたいなことを強要しているようだったから。
どうしてもわたしは、お母さんが宗教で狂ったときのことを思い出してしまう。それに、モフモフをお金を稼ぐための道具として使うことにも抵抗があった。
でも、リディアさんたちの活動を知って、考えをすぐに改めることにした。
リディアさんたち教会の人たちはいくつもの孤児院を運営している。親を失った子供たちのために、住まいはもちろんのこと、食事や衣服も提供している。それで財政が圧迫されている部分もあるということを、わたしは知った。
そういう子供たちのためのお金だったら、わたしも協力することに躊躇いはなかった。
そして今日も、わたしはそのために教会を訪れていたのだけれど、教会に来る人はひとりもいなかった。礼拝の日ということで多くの人が来る予定ではあったのだけれども。
「おかしいですね。この時間帯になっても一人も現れないとは」
隣に立つリディアさんも不可解そうに首を傾げる。
「でも、騒がしい感じはしますよね。広場には人が集まってるんじゃないですか?」
玄関から礼拝所までは基本一直線ではあるのだけれど、それなりに距離があるから、ハッキリとした音が聞こえたわけじゃない。ただなんとなく、複数の人の気配というものを、わたしは感じていた。
「ちょっと見てきましょうか」
わたしがそう言ったとき、教会のドアが開き、ひとりの人物が入ってきた。
コリーだった。教会の施設にいる男の子だった。こちらに向かって、元気に駆けてくる。リディアさんをお母さんのように慕っている男の子で、リディアさんの表情も綻んだ。
「あっ!」
慌てて走ってきたからなのか、コリーは途中で転んでしまった。顔面から床に衝突し、声を上げて泣き始めた。
リディアさんはそこから動かなかった。目の前で子供が倒れたのに、助け起こそうとはしなかった。コリーはリディアさんに向かって駆けてきたので、わたしはどうしようかと一瞬迷ったけれど、全然泣き止まないのでコリーを助け起こすことにした。
「大丈夫、コリー?」
「う、うん」
コリーを立ち上がらせてその汚れを払うと、わたしはリディアさんのほうを見た。さきほどと違って表情が固い。
教育、かな。あえて手を差し伸べないことで、自分で立ち上がるように促したのかもしれない。
コリーの年齢は聞いたことないけれど、おそらくわたしの感覚で言う幼稚園くらいの年だとは思う。こっちでは成人するのも早いし、早めに自立するようにする習慣があるのかもしれない。
「それでコリー、今日はどうしたのですか?」
「あ、うん、王都からの使いが来たとか街のみんなが騒いでいたから、知らせに来たんだよ」
「王都からの使い?」
リディアさんもそれは初耳だったようだ。
「何でしょうか。事前に連絡はありませんでしたが」
「確認しに行ったほうがいいんじゃないですか?」
「そうですね」
リディアさんがドアの方に向かって歩き出すと、わたしも遅れてついていった。コリーの手を引きながら、こっそりと聞く。
「ねぇ、コリー、リディアさんって、普段はどんな感じなの?」
「ん?」
「もしかして、結構厳しかったりする?」
「そんなことないよ。リディアはすごく優しいよ」
それを聞いて、わたしはホッとした。リディアさんの子供たちへの愛情は本物だと思うけれど、それだからこそ厳しくなってしまうということがあるとも思う。
とくに施設の子供たちは教育してくれる親がいない状態。リディアさんは親として振る舞おうとしすぎて、必要以上に厳しくなっているかもと心配する部分があった。
少なくとも、コリーはリディアさんを嫌っていない。仮に厳しく接していたとしても、それをちゃんと愛情による物だと理解している。ここが重要。
「リディアを怖がる子もいるけど、ぼくは全然そうじゃないよ」
「怖がるって、どうして?」
「なんか、幽霊みたいだって言う女の子がいたんだ。どうしてかはわからないけど、その子はあまりリディアには近づかないよ」
リディアさんの肌はとても白く、細身でもある。だからなのかな。他にもそういう人はたくさんいるとは思うのだけれど。
そのとき、教会のドアが再び向こう側から開いた。
こちらに向かって歩いてきたのは、白銀の鎧を身にまとった若い男の人だった。
柔らかそうな金髪に、武骨な鎧とは対照的な端正な顔立ち。その人はわたしの前まで来ると、片膝をついて頭を下げた。
「アリサ・サギノミヤ様ですね。わたし、王国騎士団に所属をする、アラン・ストレガーと申します」
「え、あ、ど、どうも」
王国騎士?わたしに用事みたいだけれど、そんな人がなんの用事だろう?
というか、モフモフ召喚士と知られてからは面識のない人に頭を下げられることも珍しくはないけど、こんな格好の人だとなんか緊張する。かなりのイケメンだし。
「アランさん、お久しぶりですね」
リディアさんがそう挨拶をすると、アランさんはさっと立ち上がった。
「はい。前回の巡礼の際にはお世話になりました」
どうやら、二人は面識があるらしい。アランさんは巡礼のときの護衛でもやっているのかもしれない。
「今日はどのようなご用ですか?」
「国王の命により、アリサ様を迎えに来たのです」
迎えに?王国の都、要するに王都までわたしを連れていくってこと?どうして?
「では、アリサ様を王子の結婚相手に、ということでしょうか?」
「へ?」
結婚、相手?わたしが?王子様と?
「ど、どうしてそうなるんですか!」
「不思議なことではありませんよ、アリサ様。モフモフ召喚士は王国にとっては替えのきかない特別な存在。その血筋を取り込むことは子孫繁栄に繋がるだけではなく、王家の威厳にも直結するものです」
そう言われると納得する部分もあるけれど、わたしはあくまでも一般人。王子様との結婚なんてありえないよ。
「リディアさん、そういうのって貴族とか、ある程度地位のある人だけですよね。わたしには無縁のことですよ」
しかし、リディアさんは首を振った。
「モフモフ召喚士は庶民とは言えません。王族に匹敵する立場なのです。場合によってはそれ以上とも言えるのかもしれません。わたくしとしましても、この結婚は歓迎すべきものかと思います。城で守られれば、アリサ様の安全も担保できるでしょうから」
リディアさんは真面目な語っているけれども。
そもそも、結婚って本当なの?リディアさんが思い込みで言っているだけかもしれないよね。
わたしは助けを求めるようにアランさんを見た。
アランさんは神妙な顔で、
「もちろん、アリサ様のご意向はなるべく尊重するつもりです。突然結婚と言われれば、困惑する気持ちもよくわかります。しかし、確実とは言えません。なぜなら国王は建国の祖であるモフモフ召喚士に強い思い入れがあるからです。自分の子供に嫁がせたいと考えるのも当然でしょう」
そ、そんな。わたしは膝から崩れ落ちそうになった。まともな恋愛経験もないのに、いきなり結婚だなんて。
しかも相手は王子様。玉の輿ではあるし、庶民が素敵な王子さまと結ばれるマンガを読んで興奮したこともあるけれど、当事者となると話は別だった。
「こここ、断ることはできないんですか」
「無理です。仮にアリサ様が拒否なさっても、王様は強引に話を進めるでしょう」
「そ、そんな」
「というのは冗談でして」
「え?」
「今回、わたしがアリサ様を迎えに来たのは確かに国王の要望ではありますが、それはあくまでもモフモフを直に見てみたいというものであります。結婚などという話は一切出ておりません」
「な、なんだ」
わたしはホッと胸を撫で下ろした。アランさんは爽やかなイケメンだから、冗談を言うような感じには見えなかったんだよね。
わたしはリディアさんのほうを見た。オホホホ、という感じでリディアさんは笑っている。わたしをからかって楽しんでいるようだった。
「では、さっそく参りましょうか」
「え、行くって、王都にですか?」
「はい。何か他に用事があるのでしたら、数日は待てますが」
そう言われると、これといった用事はない。モフモフお布施はあとでも可能だし、慌ててレベル上げをするような状況でもないから。
ただ、すぐに返事をできるようなものでもなかった。だって王様に会うって、かなりの重大なイベントだよね。想像しただけでも緊張してしまう。もっと事前に情報をもらいたい。
「王様って、どんな人なんですか?」
「わたしは畏れ多くて評することはできません。実際に会って確かめることをお勧めします」
「じゃあ、王国って、ここからどのくらいの距離にあるんですか?」
「単体で馬を走らせれば3日程度でつきますが、厳重な警備を伴った馬車ともなると、最低でもその倍は覚悟していただかなければいけません」
移動だけで一週間くらい?車や電車に慣れた身だと結構辛そうだよね。
「空中を飛ぶような魔法とかはないんですか?」
「ありますが、長距離には向かないものです。魔力が突然切れてしまうこともありますから、他人を乗せての移動だととくに墜落の危険性があります。仮に安全に着地したとしても、その場所に狂暴なモンスターがいないとも限らないので、馬車での移動が最善かと思います」
個人なら可能なのかもしれない。街から街へと魔法で移動ができるのかもしれない。でも、誰かを乗せるとなると、魔力は一気に消費して、思いもよらないところで着地せざるを得なくなるのかも。
「瞬間移動とかは無理、ですよね」
「残念ながら」
モフモフを見せるためだけに長距離の移動っていうのがね、なんか腑に落ちないというか、めんどくさいというか。
「国王が自らこっちに来ることは」
アランさんの表情が強張ったので、わたしはすぐに言い直すことにした。
「あ、いえ、なんでもないです。喜んで行かせて頂きます」
「そうですか。女性ともなれば色々と身支度も必要ですから、準備が出来次第、わたしに声をかけてください。出発は明日を予定していますので」
そう言い残して、アランさんは教会を後にした。