報告2
「ついに完成したんだ」
マークさんはわたしの前に立つと、両手で持っていた大きめのグラスを差し出してきた。
中に入っているのは、ドロドロとした緑色の液体。
「これって、ハーブスムージーですか」
「ああ。試行錯誤の上で、ようやく理想の味に到達した。商品として出す前に、アイデアをくれたきみに、是非とも試飲をしてもらいたいと思ってたんだ」
わたしはグラスを受け取って、中身を確認した。
どんなものを入れたのかはわからないけれど、良い感じのドロドロ加減になっている。ミキサーも使わずにここまで上手にスムージーを作れるなんてすごいなと、わたしは感心した。
グラスに口をつけて味を確認。
苦味は、ない。野菜の持つ飲みごたえと果物の甘味がうまくマッチしている。薬草が入っているからなのか、飲んですぐに目が冴えるような感覚すらあった。
「良くできてますね。こっちにミキサーなんてないのに」
「ミキサー?」
「あ、いえ、なんでもないです。それにしても、どうやってこれを作ったんですか?袋の中に入れて潰した、とかですか?」
「いや、ナイフで切っただけだ」
「ナイフで?それにしてはだいぶ細かいというか、均一に潰されているような気もするんですけど」
わたしのいた世界でも機械に頼るわけだから、人の力ではかなり難しい作業に思えるのだけれど。
「きっと、スキルを使ったんですよ。そうですよね、マークさん」
ミアがカウンターから身を乗り出すようにして言った。
「まあ、そうだな」
ナイフのスキルってこと?
あれかな、アニメとかでよくある、空中に食材を投げて、落ちてくる間に刃物で一瞬で料理してしまうっていう。
っていうことはマークさんのジョブは料理人とか?さすがにナイフ使いなんていう直接的なものはないと思うけど。
本人がいるんだし、直接聞いてみようかな。
「クローネさんからマークさんも冒険者だったと聞いてたんですけど、マークさんのジョブはなんなんですか?」
「ぼくはアサシンだ」
「……え?」
アサシン……つまり、暗殺者?人殺しってこと?
いや、ここは冷静に考えないといけないよね。アサシンというのは、あくまでもジョブの種類でしかない。マークさんがそうだというわけじゃない。
アサシンなら、ナイフ使いが上手なのも納得。隠れながらこっそりと動くようなタイプだろうから、そもそも大きな武器は持てないだろうし。
しばらくの沈黙からわたしの心情を悟ったのか、マークさんはこう言った。
「きみが驚く理由もよくわかる。アサシンと聞いて、気持ちのいい感情は抱かないだろう」
「いえ、わかっています。アサシンというのはあくまでもジョブのひとつで、マークさんの本質とは関係がないということくらいは」
「……」
けれども、マークさんはなぜか渋い顔をした。
「フォローしてもらわなくても、構わない。なぜなら、それが事実だからだ」
「事実って、どういうことですか?」
「ぼくは実際に、アサシンとして働いていたことがあるからだ」
「え?」
「子供の頃の話ではあるが、それでも許されることではなかった」
マークさんはもともと、貧しい家で生まれたという。まともに学校に行けるような環境ではなく、ご飯を食べるために幼いころから働いていた。
仕事場で悪い人に誘われ、いつしか犯罪にも手を染めるようになっていた。マークさんはとくに盗みが得意で、お金持ちの家に入り込んでは高価なものを盗んでいた。
ある日、マークさんは捕まってしまった。
そのとき、マークさんはホッとしたという。これで犯罪に手を染めることはしなくてよくなる。警備隊にでもつき出されれば、他の悪い人たちも逮捕されるに違いない。
しかし、そうはならなかった。
その家の主はマークさんを個人的に雇うことにしたのだ。厳重な警備を潜り抜けて内部にまで侵入したマークさんにある種の才能を感じたからだった。
マークさんがアサシンのジョブ持ちだというのもすぐにわかり、その家の主はマークさんを本物のアサシンとして本格的に育てることにした。目的は商売敵を密かに排除するためだった。
マークさんは言われた通り、暗殺を繰り返した。当時はまだ15歳くらいで、マークさんも生きるのに必死だったという。
しかし、それも長くは続かなかった。
やがて主の悪事が発覚し、マークさんも逮捕されることとなった。その後は警備隊の管理下に置かれ、更正プログラムと刑罰を受けたあとに解放された。主の指示に従っていただけだとして、そこまでの重罰にはならなかったという。
「外に出たとき、ぼくに真っ先に声をかけてきたのがクローネだった。近くに住んでいたから子供のときは遊んだこともあったが、もう何年も会っていなかったので、ぼくは驚いた。彼女はぼくがアサシンであることを知り、パーティーに入らないかと誘ってきたんだ」
マークさんは他にやることもなかったので、その提案を受け入れることにした。
その後、クローネさんとともに様々なクエストに挑んだ。マークさんはパーティーのメンバーのために、命を惜しまずに働いた。多くの人の命を奪ってきたので、メンバーを守るために危険なことを率先してやった。
しかしあるとき、マークさんは冒険者として限界を感じ、引退を決断したという。
「毒液に目をやられたからだと、クローネさんからは聞きましたけど」
「それはきっかけに過ぎない。ぼくはもともと、冒険者をやめるつもりでいたんだ」
「どうして、ですか?」
「……どうしても、心が持ちそうになかった。クエストのなかにはモンスターはもちろんのこと、悪人を成敗するものもある。そのたびに、ぼくは過去の行いによる亡霊に苦しめられた。人にしろモンスターにしろ、何かの命を奪うという行為に、ぼくは耐えられなくなっていたんだ」
マークさんは冒険者をやめて、自分のスキルを生かせる薬局を開いた。
アサシンには周囲の目を誤魔化す隠とんスキルというものがあり、これを使えばモンスターなどに見つかることなく、森の奥などまで貴重な薬草を取りにいくことができるし、真眼を使えば知識などはなくても有用なものを見極めることができる。
「だから、新しい職場として薬局を選んだんですね」
「ああ。だが、それだけではない。これまでの罪滅ぼしというわけではないが、人の命を救うことを目的とした商売をやりたかったんだ。まあ、結局はかつての仲間に妨害されて、それも中途半端になってしまったわけだが」
マークさんが自嘲気味に笑った。かつての仲間というのはもちろん、クローネさんのことだよね。
「クローネさんとは喧嘩別れをしたわけではないんですか?」
「そういうわけではないが、必死に引き留められたのは確かだ。そのときにちょっとした言い争いにはなったが、最終的には納得してくれた」
本当かな。クローネさんは不満ではあったけれど、マークさんの辛い過去を理解して、渋々受け入れたんじゃないかな。
マークさんが薬局を開いてもどうせすぐに諦めんじゃないかと期待してたのかもしれない。でもなかなかやめないから、近くにあえて診療所を作った。薬局の業績を悪化させて、再びパーティーに戻ってもらうことを目的として。
クローネさんは犯罪者として捕まったマークさんを迎えにきたくらいだから、好意的な感情というものを持っていたのかもしれない。
「マークさんは冒険者に戻るつもりはないんですか?」
「いまのところはないな。何か人のためになるのなら、考えないこともないが」
わたしのしたことって、クローネさんにとってはまずかったんだよね。あの状況が続いたなら、マークさんもパーティーに戻っていたのかもしれない。なんか申し訳ない気持ちも感じてしまう。
「アリサさん、そろそろマークさんに、モフモフを見てもらったらどうですか?」
「え、どうして?」
「ステータスがあるかどうかを、チェックしてもらうんですよね」
「あ、すっかり忘れていた」
わたしはさきほどの事情を話して、マークさんにモフモフのステータスをチェックしてもらえないかとお願いした。
「その程度のこと、構わない」
マークさんは自分のこめかみ辺りに人差し指と中指を当て、もう一方の手をモフモフのほうに向けた。真眼を使っているらしい。
「……なにも、出ない。どうやら、モフモフにはステータスはないようだな」
やっぱり、そうだよね。モフモフは冒険者でもモンスターでもないんだから当然のこと。これからもモフモフは大事に扱わないと。
「残念でしたね、アリサさん。無敵スキルがあれば、モフモフアタックも使い放題で、戦術の幅も広がったはずですけれど」
「とくに期待はしていなかったんだけど」
「でも、モフモフが無敵ではないという証拠にはなりませんし、これからもいろいろチャレンジしていきましょう」
どうやらミアはモフモフが無敵であって欲しいと願っているみたいだった。
というか、単純にモフモフが好きなのかもしれない。
わたしはモフモフをペットように大事にしたいと思っているけれど、ミアは強くてたくましいところを見たいだけなのかもしれない。
「それに、アリサさんはまだレベル2になったばかりなんですから、これからどんどん強くなるはずです。それに伴ってモフモフも強化されていく可能性だってあります。モフモフが進化すればそのうち炎とか吐いたりするかもしれませんよ」
「ま、まさか」
なんか、そんな姿は考えたくない。このままのモフモフでいてほしいと願っている自分がいる。
「初期はすぐにレベルも上がるはずだが、きみはまだその程度なのか。モフモフ召喚士は伝説的な存在だから、比較的楽にレベルアップもするのではなかったのか」
マークさんが不思議そうに言った。
「いえ、それが逆なんです」
わたしは自分のスキルについて説明した。
「取得経験値-90%だと?まさかそんなスキルがあるとは」
「マークさんも聞いたことはないんですね」
「ない。そんなデメリットしかないもの、スキルとしてはふさわしいとは言えない。モフモフ召喚士のみに与えられたものだろう。しかし、そんなやっかいなもの、どうしてついているのか」
「それ、わたしが一番知りたいんですけど」
何か特別意味があるはずなんだよね。あえて苦労させるため、とかなのかな。自分が成長しにくくなることで、わたしが仲間集めをするように仕向けるとか?
でも、わたしが死んだら、元もこうもないような気もする。
「なんにしても興味深いことは確かだ。ひとつ確認しても構わないか」
「別にいいですけど」
マークさんがさきほどと同じようにな感じでわたしに手を伸ばした。すると、その前にステータス画面が現れる。わたしからは裏面が見えているけど、半分くらい透明なので逆からなら文字は読み取れる状態だった。
「ふむ、なるほど。たしかにそのようなスキルは確認できる。それしかないというのも驚きではあるが」
「自分でも悲しいくらいですけど」
「ところで、さきほどミアがレベル2になったばかりと言ったが、あれは事実なのか?」
「はい。ひとつ前のクエストで上がったばかりなんです」
「しかし、それだと妙だな」
「妙?」
「経験値の項目を見てみるんだ。すでに500も貯まっている」
「え、嘘?」
その数字は裏側からも確認できた。たしかに経験値の項目には532という数字が刻まれている。
「ど、どうしてそんなことに?」
ミラースライムのクエストの報酬は450。それを三人で割った時点でこの数字はあり得ないはず。
ミラースライムそのものの経験値は知らないけれど、基本的には報酬の経験値がターゲットのモンスターと同じくらいらしいから、二つ合わせても1000はいかない。そのうちの1/3の9割だから、どう考えてもこんなに一気にもらえるはずがない。
経験値は繰り越しもできるのだけれど、それでもギリギリでのレベルアップだから、ほとんどゼロの状態でわたしは今回のクエストを受けた。だから、ミラースライムのクエストのみでのこの結果になったはずなんだけれど。
「アリサ、きみがクリアしたばかりのクエストについて、聞かせてもらっても構わないか?」
「は、はい」
わたしはさきほど起こった出来事を、なるべく詳細に伝えた。
その話を聞くと、マークさんは頷いた。
「ファイアーモフモフか。答えはそれかもしれないな」
「どういうことですか?」
「きみのスキルが、必ずしもモフモフには適用されないということだ。モフモフが倒した経験値は純粋に、もしくはいくらか増える形できみに還元するのかもしれない。きみとモフモフは別の個体で、しかしきみの一部分であることもたしかだからな」
モフモフの経験値がわたしに入る?ということは。
「つまり、モフモフで倒せば普通にわたしもレベルアップができるということですか?」
「おそらく。まあ、モフモフで倒せれば、の話だが」
モフモフアタックは、わたし個人でも使える。
でも、そこまで強力な攻撃、というわけではない。たぶん、数字で言えばせいぜい数ダメージと言ったところかな。
相手のレベルが上がれば、ほとんどダメージを与えることはできないかもしれない。なんせモフモフをぶつけるだけだし。
だとすると、結局は魔法と合わせたマジックモフモフを使うわけしかないわけだけれど、それだとかわいそうな気持ちが……。
「モフモフ用の武器を作ってみたらどうだ?」
わたしの考えを察したように、マークさんが言った。
「モフモフ用の武器、ですか?」
「たとえば、モフモフをベルトでくるむようにして、その周囲に刃物で作ったトゲを巡らせる。それを相手にぶつければ、相当なダメージを与えることができるのではないか」
なるほど、それは案外、いいアイデアかもしれない。実際に強そうだし、なによりもモフモフを傷つけなくてすむ。
一度試してみて、モフモフが嫌がらなかったら、検討してみようかな。