初めての討伐クエスト
その後も練習を続け、なんだかんだでモフモフアタックをマスターしたわたしは、ついに討伐クエストを開始することにした。
目的のスライムは街道沿いの森に現れるという。エルトリアから東に伸びた道の途中にある森で、海洋都市として知られるノールクリシアという街とを繋げる交易路のほぼ中間辺りになるらしい。
この通りを行き合う商団がモンスターに襲われるという事件が相次いでいて、その犯人がスライムだという。
商団も護衛をつけているはずなのに、どうして撃退できなかったのだろうとわたしは疑問に思った。スライムなんて、子供でも倒せてしまいそうだけれど。
現場には馬で行った。わたしは一人では馬には乗れないので、ベアトリスの後ろに乗った。
体感的には地球で言う一時間程度しかかからなかった。森を貫くようにして街道がまっすぐに伸びている。森は横に広がり、鬱蒼とした木々が果てまで続いていた。
わたしたちは森の中で馬を降りた。ここが海洋都市との中間地点ということは、もう少し足を伸ばせば海に出られるということかな。
「ねぇ、ベアトリスはノールクリシアという街、行ったことあるの?」
「はい。ノールクリシアはわたしの故郷ですので」
わたしにとってはその情報は初耳だった。
「へぇ、そうなんだ。どんな街なの?」
「漁業や交易が盛んな街ですが、美しい街並みを目当てに訪れる観光客も多いところです。今度訪れて見ますか?」
「そうだね。いつか時間ができたら、お願いしようかな」
そういえば、ベアトリスって両親がいないんだよね。どんな環境で育ったのか、そのときに詳しく聞こうかな。
まあ、いまはもちろんクエストが優先。早くスライム探さないと。
スライムはこの辺りにいれば向こうからやってくるらしい。移動スピードは早い方ではないので、馬なんかで駆けている場合は襲われることがないとか。
一方で馬車が壊れたりちょっとした休憩なんかで立ち止まっているときには、襲われることが多いらしい。
「……」
「……」
わたしたちはそこにしばらく立っていた。
けれども、スライムの現れる気配は全くと言っていいほどない。時折風が森の木々を揺らすだけだった。
「なかなか出ないね」
「そうですね」
モンスターにも生活があるから、いつでも街道沿いに待機しているとは限らないよね。今日はたまたま遠くにいるのかもしれないし。
「どうしようか。もうちょっと待ってみる?」
ベアトリスは周囲に目をやり、ひくひくと耳を動かした。
「近くにモンスターの存在は感じられません。これは、探しに行った方が早いかもしれませんね」
「探すといっても、無理じゃない?」
街道以外は道らしい道はなかった。森の中に入ると足場は悪いし、木々が密集していて動きづらい。そこでモンスターに襲われたら、ベアトリスが強くてもどうしようもなくなってしまう。
ベアトリスは自分の頭の上にある耳を指差して、
「ご安心を。わたしは耳がいいので、何者かの気配はすぐに感じ取れます。危険を察知したら、急いで戻ってきますので待っていてください」
「そ、そう?」
「では」
ベアトリスはそう言って、森の中へと入っていった。
ひとりになって気づいたこと。
「……っていうか、これって危険なのわたしの方じゃないの?」
ベアトリスはモンスターは近くにはいないと言ったけれど、今回のスライムのように、ずっと同じところにとどまっているものばかりじゃない。
常に移動しているほうが多いだろうし、その中のモンスターがわたしを見つける可能性だってある。
「だ、大丈夫、だよね」
そう自分に言い聞かせるようにするけれど、不安は消えない。馬車が行き交えるような広い道にひとりだからこそ、逆に孤独を強く感じてしまう。
馬に身を寄せるようにしてベアトリスの帰りを待っていると、ガサガサと茂みを掻き分けるような音が耳に届いた。
まさか、モンスター?さっとそちらのほうを見ると、そこにいたのはベアトリスだった。わたしはホッと胸を撫で下ろした。
「なんだ、ベアトリス。驚かさないでよ。モンスターかと思ったよ」
「……」
ベアトリスは無言でこちらに近づいてくる。その様子を見て、わたしはなんだか違和感を感じた。
いつも表情はあまり変わらないベアトリスだけれど、いまは感情そのものが感じられないというか、ロボットが歩いてくるみたいだった。わたしは自然と一歩身を引く感じになった。
「ベアトリス?」
ベアトリスはわたしの前に立ち、こちらに腕を伸ばしてきた。
その手が、わたしの喉へと向けられる。
「うっ」
気づいたときには、片手で首を絞められ、そのまま宙にわたしの体が浮いた。
「ベ、ベア……」
どうして?
わたしがなにかした?
そんな疑問も口にはできない。
ベアトリスは感情のない目でわたしを見つめている。その指は徐々に皮膚に食い込み、わたしの気道を塞ぐようになった。脳への血流が少なくなってきて、何も考えられなくなりそうになった、そのときのことだった。
カンっという乾いた音がしたかと思うと、首からすっと圧迫感が抜けて、わたしは地面に倒れていた。
「アリサ様、大丈夫ですか!」
ベアトリスがわたしを抱き抱えるようにして上体を起こした。さっきまでわたしを殺そうとしていたベアトリスが、いまは心配そうな目で見ている。
「ベア、トリス、どうしてわたしを」
殺そうとしたの、とは聞けなかった。ベアトリスはわたしの体を抱き上げると、そこから飛び退くようにしてその場を離れた。
「アリサ様はここで休んでいてください。いますぐ倒しますので」
ベアトリスはそう言ってわたしをもう再び地面に横たえると、さきほどまでいた場所に視線をやった。
その目を追うようにして見ると、驚いたことにそこにはもうひとりのベアトリスが立っていた。わたしのそばにもベアトリスがいる。同じ顔をした二人が向かい合っている状況だった。
「ど、どういうこと?」
ひとつ違うところは、向こうにいるベアトリスのカチューシャはないところ。
よく見てみると、その足元に落ちているのがわかる。
地面に落ちているカチューシャの近くには拳の大きさの石があった。どうやら、こちらにいるベアトリスが向こうのベアトリスの頭に投げつけたものらしい、と想像ができた。
それから起こったこと。ベアトリスとベアトリスの戦い。激しい拳の打ち合いと、蹴りによる応酬。まさに目にも止まらぬ速さというやつで、攻守が目まぐるしく変わっていく。
そのときだった。背後から声が聞こえたのは。