レベルアップ!
そうしてついに、わたしのレベルが上がった。
といっても、その変化は表面で感じられるものではなかった。
ゲームみたいにトゥットゥルー的な音がでるとか、ステータスが突然現れてプラス部分を表示してくれるとか、そういうことは一切なかった。
クエストを終えてギルドのミアに報告を終えてからステータスを確認してみたらレベル2になっていて、それぞれの数値に変化が起きていただけ。
それを確認したら正直、わたしはがっかりしてしまった。
もしかしたらレベル上げは難しいけれども、そのぶん成長率が何倍なんてスキルが隠されているのかも、と期待していたのに、ステータスの変化はちょっとしたものでしかなかった。
例えば力。
前は4だったものが5になっている。
知力は比較的高かったけれども、それでも7から9になった程度だった。
基本的な部分では前とそんなに変わらないというか、全然強くなってない。レベル1だけだから当然と言えば当然なんだけれど、徒労感みたいなものをどうしても感じてしまう。
そのなかでも唯一まともに増えたのがマジックポイントだった。前の120から135にまでに増加した。
これでもっと長くモフモフを呼ぶことができる、ということ。まあ、それでも戦えるというわけではないのだけれど。もっと多くの人にモフモフは見せられるという程度かな。
それでもミアは、ギルドの受け付けらしく、満面の笑みを浮かべる。
「おめでとうございます、アリサさん。これでモフモフ召喚士もレベルアップすることができると証明できましたね」
「たったひとつなのに、ずいぶん苦労したけどね」
わたしがこなしたおつかいクエストはいくつだったのだろう?
細かいクエストを複数同時に受けたりしていたので、もうはっきりとは覚えていない。日数的には向こうでいう1月って感じかな。すごく長かった。
「覚悟はしていたけれど、やっぱり大変だね。このペースだとレベル10になる頃にはおばあちゃんになっているかもしれないよ」
これは決して、冗談というわけじゃない。
レベルが上がれば上がるほど、必要な経験値も増えていくから。
これからもおつかいクエストだけをやっていたら、レベルの上がる期間がどんどん長くなっていく。場合によってはひとつのレベルを上げるだけで、1年くらいかかったりしてしまうのかもしれない。
「焦らなくてもいいんじゃないですか?アリサさんが現れて結構経ちますけど、いまだにダーナ教団の襲撃なんかはないんですよね」
「まあ、そうなんだけれど」
いまのところ、命の危険を感じるようなことはたしかになかった。
モフモフ教を敵視しているというダーナ教団、きっとそこにもわたしという存在は知られてしまったはずだけれど、目立った動きというものはない。
「いまはまだ、様子見ってところじゃないかな。アリサの注目度がいまは高いから、下手に近づけないってだけなのかもしれないよね」
ララが言うように、気を抜くわけにはいかない。むしろ、そのときを待っているのかもしれないわけだから。
そもそも、わたしがここにいるということは、伝説が本当なら近いうちに危機が訪れると言うこと。それがなんなのかはよくわからないのだけれど、わたしの力が必要とされる日は来るはず。
それまでに、強くならないといけない。
「とはいえ、レベル上げが重要なことには変わりはないよね。マジックマントがあるとは言っても、ヒットポイントは少ないし、防御力も弱い。このままだと突然の危機には対応できない可能性のほうが高いわけだしさ」
「わたしも上げられるものなら上げたいけど、簡単には上がらないんだよね」
「なら、戦うしかない、か」
「え?」
「アリサもさ、一度くらい討伐クエストとか受けてみたらどうかな?ある程度戦闘に慣れておかないと、もしものときにあたふたしちゃうでしょ。おつかいクエストよりもレベルは上がりやすいし、試しにやってみるべきだよ」
「まだ無理のような……」
こっちに来たとき、1度ゴブリンに襲われているけれど、そのときの恐怖ってまだ消えてないんだよね。ゴブリンなんてかなり弱い部類に入るモンステーらしいけれど、勝てる気は全くしない。
「あたしとパーティーを組めばいいんじゃないかな?取得経験値は半分になるけれど、戦闘の空気なんかを体験するだけでも意味があるし」
それはそれでアリだと思うけれど、どうしてもひとつ、気になる点がある。
「ひとつ聞きたいんだけど、討伐クエストって、そのモンスターしか出てこないの?」
「まさか。他のモンスターも普通に出てくるよ。まあ、大抵の場合、討伐クエストの対象になるのはそこを仕切るボスみたいなやつだから、想定したレベルを上回るやつは出てこないけどね」
これならいいんじゃない?とララはひとつのクエストをわたしに提示した。
ターゲットはスライムらしい。そんな姿が簡略出来ない絵でえがかれている。
スライム。たしかにゲームなんかだと序盤にでてくる弱い敵で、わたしなんかも勝てそうな気はするのだけれど。
後ろに控えるようにして立っていたベアトリスが、わたしの横に立ち、まっすぐな目でこちらを見た。
「アリサ様、わたしも一度討伐クエストを受けることをおすすめします」
「ベアトリスまで」
「これはわたし自身のためでもあります。アリサ様を守る上で一番重要なことは、必ずしも戦闘力とは言えません。その時々に応じた適応力、いわば襲われることを前提としたシミュレーションなのです。わたしも一度、アリサ様を守りながらの戦闘というものをこなしてみたいのです」
いやでも、3人でパーティーを組んだら、本当の意味で経験値が0になりそうなんだけど。三分割の上での十分の一ってことだよね。
「その点を踏まえますと、ララ様には今回はご遠慮いただきたいのですが」
「ん?どうして?」
「ララ様は一定の戦闘力をお持ちのようです。そのような方が同行されますと、わたしの修行としてのクエストに意味がなくなってしまうからです」
「じゃあ、クエストのランクを上げたらいいんじゃない?」
「そうすると、アリサ様の危険度が増してしまいます。いまのレベルではアリサ様はわずかな油断が死に繋がる状態。アリサ様の護衛役としてはそのような状況はトレーニングとしても受け入れがたいのです」
「あんたひとりでランクの低いクエストをやらないと意味がないってこと?」
「その通りです」
「……ベアトリス、あんたのジョブはたしか、格闘家だったよね」
「はい」
格闘家はその名の通り、格闘術が得意なジョブのこと。魔法を使えなかったり、武器の扱いが苦手とかマイナス要素があるけれど、それらが気にならないほど拳や蹴りでダメージを与えることができる。防御力が強くて、素早い動きが出来るのも特徴。
「スライムとは戦ったことあるの?」
「いえ、一度もありません」
「……そう。まあ、いいよ、今回はあんたに譲ってあげる」
ララはそう言って掲示板に張ってある紙を一枚剥がして受付のミアに渡すと、その耳元でなにかをささやいたようだった。
「でも、その前にひとつだけ修行はしておきたいんだよね」
こちらに向き直って、ララが言った。
「修行ってなに?筋トレ?」
ララは首を振った。
「モフモフの修行のことだよ。もっとうまく動かせるようになっておいた方が良い。少なくとも、いまのアリサにとっての唯一の武器はモフモフなんだから、それをちゃんと扱えるようにしておかないと」
「もう、十分に動かせるようになってるけど」
「いや、まだ足りないね。モフモフで攻撃できるようにならないと、もしものときには対応ができないよ」
「モフモフで攻撃って、無理なんじゃない?」
モフモフに攻撃手段なんてない。ただそこにいるだけの存在なんだから。
「あたしにひとつ、考えがあるんだよ」
そう言って、ララはニヤリと笑った。