猫探し3
わたしはすぐにジョンくんのもとへと戻った。応接間で再び向かい合うと、テーブルの上にケージを置いた。
「ねぇ、ジョンくん、この前見かけたアカネコって、この子のことじゃない?」
ケージからとことこと歩いて出てきたのは、さっき壁で見かけた黒猫。クローネさんを通して黒猫を貸してほしいとお願いしたら、あっさりと了承してくれた。
「あ、アルだ」
近づいてきた黒猫を見ると、ジョンくんが表情を綻ばせた。モフモフとは違って怯える様子もなく、その猫をすんなりと抱っこしている。
「え、でも、どうして?」
その様子を見ていたグレタさんとクローネさんが不思議そうにその様子を眺めている。
「ジョンくんには、アルもこの子も同じ柄に見えてるんです」
「どういうこと?だって赤と黒って、全然色が違うよね」
「おそらく、ジョンくんは色覚異常なんです」
「色覚異常?」
色覚異常は、色の区別がつきにくい人を指す言葉。
そのタイプはいくつかにわかれていて、全く色を認識できない灰色の世界に生きている人は珍しい。
多くの場合、特定の色の判別が難しくなる。
目には色を認識するセンサーのようなものがある。光の三原色である赤、青、緑を認識する三種類。
ジョンくんの場合、このうちのひとつ、赤色を認識するセンサーがうまく機能していない。だから赤が暗い色合いに見えてしまう。つまりジョンくんにとってのアカネコはクロネコだったということ。
わたしが患った網膜剥離も、そんな症状を引き起こすことがあるから、わたしは色々と勉強していたのだ。
「アルもこの子も子猫で、見た目的にはそんなに変わらないのかと思います。もともと目の悪いジョンくんからすれば、やっぱり色のイメージが大きくて、それで、この子がアルなんだと勘違いしてしまったようです」
「そう言えば、そんな症状、わたしも聞いたことあるわ。数が少ないから、わたし自身は対応したことはないんだけれど」
「それは治るんですか?」
わたしは首を振った。
「いえ、色覚異常は治ることはありません。わたしのいた世界でも……いえ、色覚異常は生まれ持った髪の色のようにあくまでも本人の特徴でなんです」
そんな、と膝から崩れ落ちそうなグレタさん。
親として息子が他の子とは違うことにショックを受ける気持ちはわからなくはないけど、網膜剥離を経験したわたしにとっては、そこまで重大なことには思えなかった。
「色覚異常は非常に気づきにくいものなんです。なぜなら、それが本人にとっての正しい世界だからです。他の色とは比較がしにくいので、納得してもらうのにも時間がかかります。
グレタさん、そこも含めてジョンくんであると受け入れてあげてください。そうだと認識すれば、色覚異常は十分に対応できるものです。親としてできることは、これからの人生をよりよく生きられるようにジョンくんの助けとなってあげることです」
「で、でも」
「ジョンくんと猫を見てください」
ジョンくんはいまも黒猫と遊んでいる。しつけられているとはいえ、はじめて来た家でくつろいでいるような猫を見ていると、見た目だけでは判断をしないジョンくんの優しさが伝わってくるようだった。
「ジョンくんには分かりにくい色があります。でも、それがジョンくんの本質を決めるわけではありません。生活で不利な点があるからといって、それで全てを判断するようなことはしないでください。満たされた人間が完璧なわけではありません。何かがないからこそ、人は成長します。その成長こそが、ジョンくんの人としての魅力にもなるんです」
「と言いましても」
グレタさんにはそれでも納得した様子はなかった。それでもいいのかもしれない。必ずしも親が子供を教育するわけではなく、逆のことだってある。
グレタさんはこれから、ジョンくんからいろんなことを学んでいくのかもしれない。