猫探し2
とりあえず、わたしは外に出てジョンくんが見たというアカネコを探してみることにした。
ジョンくんが見たのは自宅の近くらしいので、近所を適当に歩いてみることにしたけど、やっぱりそう簡単には見つからなかった。猫一匹、見当たらない。まさに閑静な住宅街という感じで。
「あら、モフモフ使いじゃないの。こんなところでなにをやってるのよ」
そんなわたしに声をかけてきた人物がいた。
診療所をやっているクローネさんだった。今日も露出の多い格好で歩いているので、わたしは一瞬ドキッとした。
「あ、どうも」
「なに?また人助けでもしてるの?」
「人助けというか、今回もクエストの一つですけど」
わたしは依頼の内容について、クローネさんに説明した。
「へぇ、アカネコねぇ。そんなのがこんなところを歩いてるとは思えないけど」
たしかに、そうなんだよね。野良猫の1匹すら見当たらないんだから、アカネコならなおさらだよ。
「この辺りは清潔さが売りだものね。野良の動物なんてほとんど見かけないわよ。歩いていたとしても、どこかの家から飛び出してきた猫くらいじゃない?アカネコなんて歩いてたら、どうせ誰かが拾ってるはずよね」
グレタさんに確認したところ、アカネコを他にこの街で飼っている人はいないという。
つまりどこかの飼い猫ではないし、野良猫にいるようなものでもない。
じゃあ、アルくんの見たものはなんだったのだろう?すぐに見えなくなったらしいから、何かと見間違えたか、アルに会いたいという願望が見せた幻だったってことかな。
でもそうだと、クエストの解決は難しくなりそうなんだけれど。
「クローネさんのほうは、どうしてここに?近くに家があるんですか?」
「まさか。こんなところ、わたしの柄じゃないわよ。今日は仕事で来たの」
「診療所の仕事ですか?」
「ええ。出張みたいなものよ。脚を悪くして歩けないって言う患者がいたから、こっちまで来て治療しにきたところなの」
「そんなに大怪我だったんですか?」
クローネさんは苦笑して、首を振った。
「それが捻挫レベルだったのよね。パパッと治してすぐに出てきたわ。ほんと、金持ちはわがままで困るわ。まあ、そのぶん料金は上乗せしたから問題はないのだけれど」
そういえば、マークさんはどうなったんだろう。わたしも忙しくて、あのあとの展開までは追えてはいないんだけれど、クローネさんなら知っているのかもしれない。
「マークさんとは、あれからも仲違いしているんですか?」
「そう言えば、あなたなのよね。マークに新しい商売を提案したのは。えっと、なんていうだったかしら?」
「スムージー、ですか」
「そう、それ。わたしも味見役を頼まれたんだけど、妙な飲み物よね。食べ物なのか飲み物なのかよくわからないっていうか」
味見役?商売を妨害しているのに?
もしかしてクローネさん、マークさんとはなんだかんだで仲がいいのかな。商売敵とはいっても、幼なじみだもんね。
この前はちょっと険悪な感じもしたけれど、近い関係だからこそ、そうなるってこともあるし。
「スムージーはそれが特徴なんです。満足感と健康を意識したドリンクなんです」
「作り方なんて結構面倒なんでしょう。まあ、あいつの場合はスキルでどうにかしてるみたいだけど」
「スキル?」
「なに?聞いてなかったの?あいつも元々ジョブ持ちの冒険者なのよ」
「マークさんが、冒険者」
「聞いてないのね。まあ、それだけ復帰する気持ちがないということかしら」
知らなかった。マークさんはそんなこと、一言も言わなかったから。
そういえば、マークさんは自分で薬草なんかを取りに行っていると言ってたけど、あれって冒険者だったからできたことなのかもしれない。
それにしてもマークさんは、どんなジョブ持ちなんだろう。知りたい気持ちはあるけれど、それをクローネさんには聞けない。個人情報みたいなところがあるだろうから。
「どうしてマークさんは冒険者をやめたんですか?」
「気になるの?」
「ま、まあ、わたしが始めて担当した仕事でもあるので」
なんか一瞬、クローネさんの目がキラリと光ったような気もするけど。
「言えないこともあるけど、ひとつのきっかけとしては怪我よね。モンスターの毒液に目をやられて、視力が大幅に低下したのよ」
そういえばマークさん、メガネをかけていたっけ。
「クローネさんでも治すことはできなかったんですか?」
「わたしの治療にも限界というものがあるの。ハッキリとした怪我や病気ならともかく、視力の低下くらいだと効果はないのよね。目が完全に見えなくなるなら、対処できるかもしれないけど」
「そうですか」
「でも、日常生活には支障がないくらいだから、冒険者に復帰しようと思えばできないことはないのよね。あとは本人のやる気次第よ」
そのとき、わたしは自分の過去を思い出した。
わたしもかつて、目の病を患ったことがある。
あれは小学生の4、5年くらいのときだったかな。友達とボール遊びをしていたとき、それが目に当たって視界がおかしくなった。
変に景色が歪んだり、一部が黒いもやがかかったように見えなくなった。
病院に行ったら網膜剥離という症状で、それを聞いた瞬間、わたしは絶望に襲われた。このまま視力が落ちて、目が見えなくなるんじゃないかと思ったから。病院に行く前にいろいろと調べていて、網膜剥離は失明に繋がるという情報を、わたしは目にしていた。
でも、初期でもあったので治療を受けてすぐによくなったけど。
「あら、なにか聞こえない?」
「え?」
「これ、猫の声よね」
クローネさんに言われて耳を澄ませると、確かにどこからかニャーという声が届いている。わたしはそちらに目をやった。
この辺りは高級住宅街とあって、敷地を壁に囲まれたところも多い。先程の声の主はその壁の上に寝そべる子猫だった。
「この家の飼い猫かしら。首輪がついているものね」
「みたいですね」
「もしかしたら、ジョンくんが見たのはこの猫かしらね。学校も近くにあるし」
ちゃんとしつけられているのか、声をかけてもこちら側に降りてくる気配はない。ちゃんと自分がいるべき範囲というのを理解しているみたいだった。
「それにしても、珍しいわよね、黒猫だなんて。とくにこの街ではほとんど見かけないものだけれど」
「そうなんですか?」
「だって、モフモフとは正反対の色じゃない。神の使いとは真逆、だから悪魔みたいな呼ばれ方をしたりするのよ」
なるほど、納得できる理論ではあるけれど、かわいそうな気もする。
わたしのいた国でも黒猫が不吉な予兆なんて言われてたりはしたけれど、見た目だけではなにもわからないはずなのに。
「まあでも、だからこそってこともあるわよね。ほら、お金持ちって人と違うことをやりたがるじゃない。誰も飼っていない黒猫を飼うことで、他人との違いをアピールしてるのかもしれないわね。たしかここの奥さま、珍しいものを集めるのが趣味だったはずだし」
お金持ちってみんなそうなの?グレタさんもそんな感じだったけれども。
どうであるにせよ、この子をジョンくんが見間違えたなんてことはなさそう。濃い茶色の猫ならともかく、黒猫をアカネコと間違うなんてことはないはず……。
「あっ!」
いや、あるかもしれない。もしかしたらだけれど、この可能性は決して否定はできない。
試してみる価値は、充分にある。
「あの、クローネさん、この家の人とお知り合いですか?」
「以前、旦那を治療したことはあるけど、それがどうかしたの?」
「じゃあ、ひとつ、お願いがあるんですけど」
「お願い?」
「はい。実は……」