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史上最弱のモフモフ召喚士~レベル上げは罪ですか?~  作者: パプリカ
第一章 モフモフ召喚士の誕生と成長編
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猫探し

わたしはそれからもクエストをクリアしていった。


もちろん、全部おつかいクエスト。スズメの涙ほどの経験値しか得られないものが多かったけれど、それでもわたしはめげずに依頼を受けていった。


そうして、ようやく次のレベルが見えるところまで来た。あともうひとつのクエストをクリアすれば次に進める。

次といってもレベル2ではあるけれども、わたしにとっては大きな進歩だ。


この日、わたしが訪れていたのは高級住宅街にある一軒のお屋敷だった。


これもおつかいクエストで、依頼の内容は大事なペットをなくして悲しんでいる息子を慰めてほしいというもの。


できれば珍しい動物をつれてきて欲しいという文言もあったので、わたしにピッタリな依頼だと思った。モフモフを目の前で召喚して上げれば、きっと依頼主の男の子も喜んでくれるはず。


モフモフはみんなの憧れで、嫌っている人なんていないはずだし、見たことのない人のほうがまだまだ多い。きっとそれで悲しみも少しは癒えるはずだと思った。


お屋敷に入って応接間でその子とテーブルを挟んで向き合ったとき、わたしは少し戸惑った。

というのも、その依頼主の息子であるジョンくんは、わたしと一切目を合わせようとはしなかったから。分厚いメガネをかけた目は、テーブルに置かれた本にずっと注がれていた。


「あの、わたし、アリサといいます。ジョンくんだよね。はじめまして」

「……」


というわたしの挨拶にも無反応。こちらをまったく見ようともしない。小説が好き、というのはこの部屋に入る前に聞いてはいたけれども。


「すいません、うちの子、極度の人見知りなんです」


ジョンくんのお母さんであるグレタさんが申し訳なさそうに言う。


「ほら、ジョン、このアリサさんはモフモフ召喚士なのよ。モフモフは知ってるでしょ。あの伝説の生き物。それを呼ぶことができるのよ」


それを聞いてチラリとこちらを見たけれど、ジョンくんはまたすぐに文字に目を落とした。


最愛のペットをなくして悲しんでいるという話だったけれど、そんな感じはしなかった。それとも、悲しすぎて物語の世界に逃げているのかな。


ここに来るまでは最低限の情報しか得ていなかったので、まずはもっとグレタさんから話を聞いたほうが良いのかもしれない。


「グレタさん、亡くなったペットとというのは、どんな動物だったんですか?猫とは聞いてましたけど、具体的にどんな品種だったんですか?」

「ただの猫ではありません。アカネコです」

「アカネコ?」

「これです」


グレタさんはさっきから持っていた一冊の本をわたしに寄越した。どうやら動物図鑑らしい。

この世界には写真という技術はないらしいので、全部絵ではあったけれど、どれも写実的に描かれていたので違和感はなかった。


アカネコはその名の通り、鮮やかな赤い色の毛を持つ猫だった。とても貴重な存在らしく、説明文にはもっとも高価な猫と記されていた。


「うちの家系は長く商人をやっておりまして、そのつてでどうにか手に入れることができたんです。前評判通りとてもきれいな毛色で、性格もおとなしかったですね。まだ小さくて、名前はアルといいました」

「グレタさんは猫が好きなんですね」

「いえ、わたくし、珍しいものを集めるのが好きなんです。猫を飼ったのは今回がはじめてでしたし」

「そ、そうですか」


なんかグレタさんは動物をコレクションみたいな言い方してるけど、これってどうなのかな。あんまり気分の良いものじゃないけど、ジョンくんが可愛がってたならそれでいいのかな。


「それではとりあえず、モフモフを呼んではもらえませんか?そうすればジョンも元気になるかと思いますし」

「わかりました」


少なくとも、グレタさんが息子のジョンくんを心配していることは間違いがなさそうだった。わたしは床に置いていたミステルの杖を持ち上げて、モフモフを呼ぶことにした。


「モフモフ!」


わたしとジョンくんの間にあるテーブルの上にポン、とモフモフが現れる。


ジョンくんが驚いた顔をする。さすがにジョンくんもモフモフには関心があるようで、しばらくモフモフをじっと見つめていた。

ただ、怖さもあるのか、自分から手で触れようとはしなかった。


わたしは毎日モフモフを召喚して練習をしていたので、いまではさらに自由に動かすこともできるようになっていた。とくにここで動かなくても、念じるだけで可能となっていた。


わたしが「モフモフ、前へ」と命じると、モフモフはジョンくんのほうへピョンピョンと飛び跳ねていく。


「っ」


突然近づいてきたモフモフに驚いたのか、ジョンくんはとっさに手を出してモフモフを払いのけるようにした。モフモフは軽いので、そのまま空中に飛んでいった。


わたしはモフモフが還るように念じた。すると壁にぶつかる直前にモフモフはポン、と軽い音を立てて消えた。


「だめじゃないの、ジョン。モフモフは神の使いなのよ。そんな乱暴したら神様から怒られるわよ」

「だって」

「アリサさんはね、モフモフ召喚士と言ってこの世界にただ一人のすごい人なのよ。唯一、神の使いであるモフモフを操ることができるの。つまり、神様そのものみたいなものなのよ。ちゃんと対応しないと、怖いことが起こるかもしれないわよ」


落ち込んでいる息子さんに対して、ちょっときつい言い方かな。それだけグレタさんにも焦りがあるのかもしれないけれど。


わたしへの依頼はジョンくんの悲しみを癒すことだけれど、いまのままでは無理かもしれない。グレタさんがいるとじっくりと話せないような気がする。


わたしはグレタさんに、しばらくジョンくんと二人きりにしてほしいとお願いした。話に集中できるように、本を持っていって欲しいとも。


「ジョンくんはたまにものを壊すみたいだけど、それってアルが亡くなって悲しいから?」


グレタさんが部屋を出ていってジョンくんと二人になると、わたしはそう聞いた。


グレタさんから事前に聞いた話では、ジョンくんは時おり癇癪を起こすように暴れるらしい。アルが亡くなった直後からで、それをどうにかしてほしいというのが依頼の本質でもあった。


「……嘘つきだから」

「え、嘘つき?誰が?」

「お母さんが」


グレタさんが嘘つき?どういうことだろう?


「お母さん、どんな嘘をついたの?」

「猫が死んだって」

「え?」


どういうこと?アルはまだ生きてるってこと?

いや、ジョンくんの勘違い、かもしれない。


グレタさんによると、アルの死体はたしかにジョンくんは見ていないらしい。というのも、アルはジョンくんが家にいないときに亡くなってしまったから。


ジョンくんが学校に行っているときに、グレタさんは家にアルがいないことに気づいた。


一般家庭では猫を放し飼いにすることも珍しくないはらしいけれど、この高級住宅街周辺ではそのようなことはなくて、さらにアカネコは貴重なのでグレタさんは外に出すことはしていなかったという。


それが戸締まりの忘れで、気づかないうちにアルが外に出てしまった。慌てて探しに出てみると、近くの道路で馬車に引かれたらしいアルの死体を見つけた。


グレタさんはショックを受け、こんな姿を息子には見せるわけにいかないとすぐに自宅の敷地内に埋めてしまったという。


だから、ジョンくんがアルはまだ生きていると思うのも不思議なことではないのかもしれない。


そこが不機嫌になっている原因なのかな。知らないうちにアルがいなくなって、しかも死んだ事実を確認できていない。


アルを掘り返せれば良いんだろうけど、いまさらそれは無理だよね。もう元の形では残っていないだろうし。

その上でジョンくんを納得させるにはどうしたらいいんだろう。新しい猫を飼うとかかな?


「ジョンくん、別の猫を飼うのはどうかな?」

「別の猫?」

「うん、アカネコは難しいかもしれないけど、普通の猫なら飼えるんじゃないかな」

「……普通の猫ってどんなの?」


もしかしてジョンくん、あんまり猫って見たことないのかな。

本が好きで家にとじ込もっているみたいだし、わたしのいた世界だとテレビや動画で簡単に見られるけど、こっちじゃそうもいかないもんね。


グレタさんは動物図鑑を持ってはいたけれど、本物じゃないと分かりづらいこともあるだろうし。


「白とか三毛とか、いろんな子がいるよ」

「アルじゃなきゃやだ」

「うーん」


まあ、そうだよね。そんな簡単には割り切れないものだよね。

と言っても、アルはもういないんだよね。それを強調しすぎるのはかわいそうな感じがする。


せめて、似たようなアカネコがいればいいんだけれど、お金の面も含めて、わたしにはとてもじゃないけど用意することはできないんだよね。


「ごめんね。わたしにアルを連れてくることはできないんだ」

「でも、この前見た。学校の帰りにアルが歩いているところ」

「え、本当に?」


ジョンくんはうなずいた。


野良猫、かな。でもアカネコのような柄と見間違いするなんてことあるかな?


でも、ジョンくんは嘘をついているようには見えないんだよね。

その辺を貴重なアカネコが歩いているとは思えないけど、それがアルのはずはない。

ギルドに依頼まで寄越したグレタさんが、架空の話をでっち上げたとも思えないから。


「それ、間違いなくアルだったの?」

「たぶん、そう。すぐに逃げたからちゃんとは確認ができなかったけど」


どうなんだろう。たまたま近所でもアカネコを飼っていたってことなのかな。

その可能性は低いようには思うけれど、一応調べてみるしかないのかもしれない。同じアカネコがいるのなら、その子を借りてくればジョンくんも納得するかもしれないから。


「じゃあ、わたしがちょっと調べてくるよ」


わたしはそう言ってお屋敷を後にした。

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