モフモフの練習
「ところで、アリサ、モフモフって自由に動かすことって出来るの?」
ある日、ララからそんなことを聞かれた。わたしの家に遊びに来たときのことで、一緒に食事をしている最中のことだった。
「モフモフを動かす?」
「うん。モフモフって基本、そこにいるだけだよね。ポンポン跳ねてはいるけれど、そこから動こうとはしない」
「そうだね」
「でも、召喚士は召喚したものを自由にコントロールできるはずなんだよね。召喚することができた、ということは相手に認められたということでもある。つまり、呼ばれた相手は命令に従うのが義務があるはずなんだよ」
そういうこと、これまで考えたことはなかった。わたしがモフモフを呼ぶときは誰かに見せるときで、あとはそのまま放置することが多かったから。
「試したことがないのなら、一度やってみるべきじゃない?どの程度アリサの命令を聞くのか、調べる必要があると思うんだけど」
そう言われてみるとたしかに、わたしにとってのモフモフもどこか赤の他人みたいな感じに受け止めていた。
他の人と同じようにモフモフは謎の生き物だと、一歩引いた感じで見ていたように思う。
モフモフはわたしにしか呼べない。実際にはわたしとモフモフは一心同体みたいなもので、だからこそよく理解しようとしなければならない。
「そうだね。とりあえず、やってみよう」
わたしたちは食事を終えると、ベアトリスも連れて庭へと出た。モフモフが暴れるようなことはないと思うけれど、広い庭のほうが何かがあったときに安全だから。
「モフモフ!」
わたしはモフモフを呼ぶと、さっそく命令を出すことにした。
「それじゃあ、モフモフ、前へ進んで」
わたしがミステルの杖を持ったまま前の方に人差し指を向けてみても、モフモフはピョンピョン跳ねるだけで、全く移動はしなかった。
「それじゃあ、モフモフ、回転!」
やはり、モフモフはそのまま。
「モフモフ、バク転!」
モフモフはわたしの存在なんか知らないみたいに、ピョンピョン跳ねている。
それからもいろいろ試したけれど、モフモフに心は通じなかった。
長くやり過ぎるとマジックポイントがなくなってしまうので、わたしはモフモフを戻すことにした。
「まったく反応しなかったね。モフモフはやっぱり、普通の存在じゃないってことかな」
「うーん、もう少しな気もするんだよね。何が足りないんだろう」
ペットをしつけるときは、ご飯なんかを利用したりするけれど、モフモフは一切食事はしない。そもそも、モフモフにしつけ、という概念は似合わないとも思う。
「名前をつけるのはどうかな?」
悩むわたしに、ララがそう言った。
「名前?」
「うん。そのほうが心が通じ合うんじゃない?モフモフという呼び方じゃ全体を現す言葉で、味気ないというか、漠然としすぎてるでしょ。固有名詞があればいいんじゃないかな?」
「名前、か」
名前は重要だとは思うけれど、みんながモフモフと呼んでいるのにわたしだけ違う名前で呼ぶのはなんだか気が引ける。
モフモフはわたしの分身であり、そしてみんなの希望でもある。わたし個人のものにするのはよくないかもしれない。
「やめておこうかな。きっとみんなはこれからモフモフって呼ぶだろうし、わたし自身、ネーミングセンスがあるほうだとは思えないから」
「そっか」
「ララには召喚士の友達とかいないの?こういうのって、召喚士からのアドバイスが一番だと思うのだけれど」
「ごめん、わたしには直接の知り合いはいないんだよね」
「ベアトリスはどうかな?」
「申し訳ありません。わたしにもつてはありません。ただ最近、この街に有名な召喚士が引っ越してきたという噂を聞いたことはあります」
「へぇ、その人ってどこに住んでいるのかはわかる?」
「いえ、あくまでも噂ですので、細かいことまでは把握しておりません」
ギルドのミアにでも頼もうかな。誰かを紹介をしてくれるかもしれない。
「そう言えば、前に別の街で臨時的に召喚士とパーティーを組んだことがあるんだけど、そのときにその召喚士が妙なことをしてたんだよね」
ララが思い出したようにそういった。
「妙なことって?」
「ゴーレムみたいなものを召喚してたんだけど、呼んだ直後に同じような動きをしていたんだよ。モンスターをゴーレムが殴るときは、召喚士も腕を前に付き出してたりしてね。あとで理由を聞いたら、そのほうがうまくコントロールが出来るからって言ってたんだ」
「本当の分身みたいに扱ってたってこと?」
「そうだね。あれを攻撃しろ、とただ念じるよりは、自身がそういった行動を取ることで、よりスムーズな連携が出来るらしいんだよね」
理論としては十分に納得出来る。行動と意識は繋がっているわけだから、ヒト型ならその方が効率的と言えるのかもしれない。
難しいことじゃないから、一度試してみようかな。モフモフには手足はないけど、細かい動きを要求するわけじゃないし。
わたしは再度モフモフを呼んだ。そして前へと念じながら、自分も前のほうへと歩いた。
でも、モフモフは相変わらずそこから動かない。
「だめ、みたいだね」
「いえ、少しだけ動いたようです」
ベアトリスがそう指摘する。
「本当なの、ベアトリス?」
「はい。ほんのわずかではありますが、前進したのは間違いがありません」
「誤差ってやつじゃないの?モフモフはずっと跳ねてるんだから、少しくらい移動してもおかしくないでしょ」
ララが疑わしそうに聞く。たしかに、わたしの目にも動いたようには見えなかったけれど。
「わたしはあくまでも、以前との違いを指摘したのです。先ほどまではモフモフはほぼ同じ位置で跳ねていましたが、いまはそれよりも前に進んでいると言っているわけです」
獣人は目もいいらしいので、ベアトリスの言い分は正しいのかもしれない。少なくとも、ベアトリスは嘘は言っているようには見えない。
「よし、ならこうしようか」
ララは剣を引き抜くと、庭の土の地面の上にその切っ先を立てると、四角い線を引いた。ちょうどモフモフが入るくらいの大きさだった、
「ここにモフモフを置いて、アリサがさっきと同じことをする。本当に動いているのなら、モフモフはこの線に重なるはずだよ。前だけだと分かりづらいから、いろんな方向を試してみてよ」
「うん、やってみる」
わたしはモフモフを四角の中に置いた。
そして少し離れて、その場でモフモフに動くように念じた。
「うん、モフモフは四角に収まってるね。じゃあ、今度は前に進みながらやってみて」
わたしは何歩か前に進みながら、モフモフが前に行くようなイメージを頭に思い浮かべた。
「お、これは、動いている!?」
「え、本当?」
「うん、確かめてみなよ」
ララにそう言われて確認すると、たしかにモフモフがわずかに前進しているのがわかった。さっきまでは四角い枠のなかにいたのに、いまではその線の上に体が重なっている。
前に進んでいる?
でも、前進だけでは判断がつかない。たまたまずれただけかもしれない。横と後ろのほうも試してみないと。
わたしは再びモフモフを定位置に戻すと、横に行ったり、後ろに下がったりした。
モフモフはその動きに合わせて移動したほうへと動いていた。わたしが横に行けば横にずれていて、後ろに行けば前を向いたまま後退する。
間違いがない。わたしはモフモフを操れている。
「どうやら、アリサとモフモフは本当にリンクしているだね。」
「でも、ほんのわずかでしかないけれど」
しっかりと見ないとわからないくらいの変化で、多く見積もってもモフモフは数センチメートルくらいしか動いてはいない。四角い枠の線から完全に出るようなことはなかった。
「これが第一歩ってことだよ。これから練習していけば、もっと思いどおりに動かせるようになるんじゃない?」
そう、なのかな。毎日同じようなことをやっていけば、もっとモフモフを自由に動かすことができるようになるのかな。
「アリサは弱いんだから、モフモフの操作は命を守る大事な手段にもなる。たとえばモフモフを相手にぶつけられるようにするだけでも、危機を乗り切ることができるかもしれないわけだからね」
モフモフが武器に?想像してみると、なんかシュールな感じもするけれど。そんな攻撃力があるようにも思えないし。
「ま、今日はこれくらいでいいんじゃない?一気にやるよりも、毎日地道に続けていく方が効果的だと思うしね」
「そうだね」
わたしはモフモフを撫でるようにすると、ありがとうと言ってモフモフを還した。