お買い物。
わたしのはじめてのクエストはどうにか成功し、それをギルドに報告することで経験値と報酬を得ることができた。
まだ一つだけなので、レベルは上がらないけれど、それなりのお金はもらえた。わたしはそれを使って、まずは装備を整えることにした。
モフモフの女神としてみんなに知られた以上、街のなかにいたって安全とは限らないから、少しでもいいから守備力を高めておきたかった。手っ取り早いの防具を身に付けること。
攻撃面ではベアトリスを頼るしかない。杖を持って歩いている以上、武器とは無縁なわけだから。わたしはとにかく、一撃で倒されないことを心掛けないといけない。
それで今日、わたしはベアトリスとともに、街にある防具屋を訪れることにした。
店内には所狭しと防具が並んでいた。鈍い光を放つ重々しい鎧が多く、次に様々な形状の盾が目立っていた。
「おう、いらっしゃい。女性二人だけとは珍しいな。新米の冒険かい?」
入店した直後にわたしたちに声をかけてきたのは、カウンターの向こうに立ついかつい男性。鍛え上げられた肉体の上にベストを羽織った中年の男性で、頭には髪の毛が1本もないスキンヘッドだった。
「うん?あんたどこかで見たことあるな。もしかして常連さんかい?だとしたらすまねぇな。最近めっぽう記憶力が落ちてるんだ」
「いえ、ここを訪れたのは初めてです」
わたしはモフモフ召喚士であることも含めた自己紹介をした。
「へぇ、あんたがモフモフの嬢ちゃんなのか。間近で見るのは初めてだから気づかなかったよ」
がはは、と店の主人は口を大きく開けて笑った。
「おれはここの主人のドラガンだ。それで、今日はなんの用事だ?モフモフ用の鎧でも買いにきたのか?」
「いえ、わたしのものですけど」
「わかってるよ、そんなこと。冗談が通じねえやつだな」
ガハハハ、とドラガンさんがまた大声で笑う。
「見たところ、杖以外はまともな装備は身に付けていないようだな。それじゃあ、あまりにも危険すぎる。ここに来たのは正解だぜ」
「2000ルード程度で買えるものはここにはありますか?出来れば、守備力を重視したものがいいんですけど」
ベアトリスはいくらでも構わない、と言っていたけれど、これはわたしの初任給でもあるし、自分で使うという感覚を養っておきたかったから、あえて収入だけでなんとかするつもりだった。
なにより、お金をいくらであると思い込むのは危険だとも思う。わたしの家族は変な宗教のせいで痛い目をみているから、金銭感覚が乱れるようなことはしたくない。
「よし、わかった。この世界を救うためなら喜んで協力するよ。守備力重視なら、プレートメイルが一番だな」
そういってドラガンさんが指差したのは部屋の片隅に置かれたヒト型の鎧。金属の板をつなぎあわせたようなもので、頭から脚まで全身が覆われていた。
「プレートメイルは材質や作りによって値段が変わるんだが、一番安価なものでもそれなりの守備力を誇る。1度着てみるか?」
遠くから見た感じではあるけれど、とても重そうだった。たぶん、戦場に出るような兵士が着るものだと思うのだけれど、わたしで大丈夫なのかな?
「えっと、重量のほうはどれからいなんですか?」
「まあ、子供一人分くらいだな」
「……遠慮しておきます」
とてもじゃないけど、子供を背負ったままではまともに歩くことすらできない。しかもわたしはミステルの杖を持ってるんだから、なおさら重くなってしまう。
「なら、チェインメイルはどうだ?これは薄手のやつで守備力は劣るが、そのぶん動きやすさはある」
チェインメイルはいわゆる鎖かたびら。布地の上に金属製の輪っかをつなぎ合わせたもの。
近くにあったので持ってみると思いの外軽くて、前のほうに留め具があるのでシャツのように着ることもできる。
実際に着てみると、たしかにすごく動きやすくて腕なんかも自由に動かすこともできた。
「……でもなんか、じゃらじゃらと音がしてるんですけど」
「金属の輪っかが独立しているからな。やむを得ない部分ではある。どんな鎧にも音は付き物なんだ」
うるさいのはちょっと、良くないかもしれない。音でこちらの存在がわかるかもしれない。
しかも、最初軽いと思ったものの、しばらく着ているとずっしりとした重みを感じるようになった。さっきのプレートメイルと比べて軽そうだと、頭が錯覚を起こしていただけなのかもしれない。
わたしはチェインメイルを脱いだ。
「これも無理みたいです」
「なら、盾はどうだ。レザーシールドなら比較的軽いぞ」
確かに皮で作られたレザーシールドは片手で持つことができる軽さだった。これはいいかもしれない。わたしはもう一方の手でカウンターに立てかけたミステルの杖を持とうとして、気づいた。
ミステルの杖は重くて、両手でないと持てないということに。
「こいつもダメか。困ったな。他にも安いものはあるが、守備力には不安のあるものばかりだからな」
「そうですか……」
そんな都合の良いものはないのかな。わたしがもっと強くなることが結局は一番の解決策かもしれない。
「……マジックマントが最適かと思いますが」
わたしの自主性を重んじていたのか、ベアトリスは入店してからはずっと黙っていたのだけれど、ここでようやく口を開いた。
「マジックマント?」
「はい。マジックマントです」
「おお、そうか。そいつは盲点だったな。守備力ばかりが頭に入っていたせいで、そっちのほうをすっかり忘れていた。待っててくれ」
ドラガンさんは壁にかかっていた黒いマントをこちらへと持ってきた。
「嬢ちゃんにはマジックポイントが当然あるよな」
「はい。120ほどですけど」
「このマジックマントは、本人の魔力に反応してバリアを張る機能があるんだ。直接の守備力はないに等しいが、バリアそのものは結構頑丈なんだ」
わたしはマントを羽織ってみた。もちろん、重量なんてほとんどない。両手でミステルの杖を持つことだってできる。
「それでも、いくつか注意しなきゃならないことがある。ひとつ、マジックバリアは当然、マジックポイントを消費する。こいつは敵の攻撃の強さによるからどの程度かとは言えないが、魔力がゼロになれば発動することはできなくなる。
もうひとつは、マジックバリアの発動はあくまでも本人の意思によるもの、ということだ。嬢ちゃんが危険だと意識した時点でバリアは生まれるようになっている。つまり、後ろから突然刃物で刺されたりした場合にはなんの意味もないということだ」
重くて身動きできないよりはましかな。不意打ちならベアトリスが防いでくれると思う。ミステルの杖とも合う感じがするし、これで決まりでいいよね。
「それで、値段はいくらなんですか?」
「2000ルードだな」
「ちょうどですか?」
「いや、本来はそれよりも少し上なんだが、モフモフ使いに免じて少し安くしておいたんだ。まあ、こっちにとっても名誉な話だから、気にせずに受け取ってくれよ。もしもどうしても気になるのなら、伝説におれの名前を残してくれればそれでチャラだ」
「ありがとうございます」
おつかいとはいえクエストをひとつクリアし、こうして始めての防具も手に入れた。
わたしはようやく冒険者としての一歩を進めたような気持ちになった。