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史上最弱のモフモフ召喚士~レベル上げは罪ですか?~  作者: パプリカ
第一章 モフモフ召喚士の誕生と成長編
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はじめてのクエスト4

「では、改めて依頼について聞きたいんですけど、新商品の開発、ということはお薬で間違いないんですよね」

「薬というか、どうすれば再びお客に戻ってきてもらえるのか、それを相談しようと思っていたんだ。もちろん、クローネを排除するという方法以外でだが」


ヒーラーに負けないための薬局の売り、ってことだよね。

かなり難しいよね。魔法で簡単に治してもらえるというメリットを上回るなにかが必要。


やっぱり、薬の知識がないというのは、きついのかもしれない。何もアイデアらしいものが浮かんでこない。

まずは情報収集から始めた方がいいのかもしれない。


「えっと、じゃあとりあえずは薬について教えてもらえますか?基本的なことを知りたいんですけど」

「わかった」


マークさんは立ち上がり、棚に納められた2つの瓶をこちらへと持ってきた。

瓶の中には細かく砕かれた薬草が入っている。


「これはそれぞれ内臓疾患と外傷に効く薬草だ。一方は食欲不振に、もう一方には消毒作用がある」


効能は全然違うけれど、見た目はそんなに変わらない。細かくなっているからかな?


「味なんかはどうなんですか?」

「試してみるか?」

「では、お願いします」


マークさんは奥のほうに引っ込んだ。しばらくすると、小皿と水の入ったグラスを手に戻ってきた。

小皿には粉末状になった薬草らしきものが乗っている。

小皿にはスプーンがついていた。わたしはそのスプーンを使ってほんのわずかな薬草を口のなかに入れた。


「う、苦い」


想像はしていたけれど、予想以上の苦味が口に広がった。

口のなかの皮膚ががぎゅうって引き締められるみたいな感じがして、あやうく吐き出しそうになった。


「これは、大人でも難しいですね。みんなこんな感じなんですか?」

「一番軽いものを用意したのだが」


他はもっと苦いってことなの?

わたしのいた日本にも苦い薬はあったけれど、全てがそうではなかったように思う。

こっちの環境だと、苦いものが出来やすいってことかな。魔法のある世界だと薬草も刺激を受けやすいとか。


「あの、オブラートとかはないんですか?」

「オブラート?なんだそれは」


どうやら、この単語では通用しないみたい。そういう名前の商品はなさそう。


「えっと、薄い膜みたいなもので薬草の粉末を包むんです。そうすることで口のなかで苦味を感じずに胃まで送り届けることができるものです」

「なるほど。で、作り方は?」


オブラートの作り方?そんなの全然知らないけど。あれかな、小麦粉なんかを薄く伸ばしたりする感じ?あ、でも、もっと簡単な方法もあるか。


「なら、粒にすることはできませんか?薬草と例えば小麦粉なんかを混ぜて、1粒で飲み込める大きさにするんです」

「丸薬なら、すでにある。その上でこの経営状態というわけだ」

「じゃあ、ハーブティーはどうでしょうか。」

「それもある。苦さはさほど変わらないし、飲みやすさだけを追求するなら丸薬で十分だ」 

「そ、そうですか」

「きみはこの店が不利になっているのは、薬の苦さだけではないということを理解していないようだな。ヒーラーに対抗するすべがあるかどうか、それこそが重要なんだ」


うーん、薬そのものの問題だけじゃないんだよね。仮に美味しい薬ができたとして、みんなヒーラーのほうが楽だからそっちにいってしまう。


難しい。いまあるものを使ってもお客さんは呼べない。何か新しい魅力を発見しないと、ヒーラー診療所に勝つことはできない。


それはなんだろう?


ヒーラーのクローネさんには決してできない、真似をすることができない、これがたぶん一番の重要なポイントだと思う。

マークさんの元に来なければ手に入らないもの、もしくはサービスを提案しなければならない。


「……」


浮かばない、まったく、なにも。


「やはり、無理か。薬は万人が毎日飲むものでもないし、好まれるものでもない。馴染みのない人も結構多い。一般向けとはいかない以上、商売にも限界があるのかもしれないな」


薬は毎日飲むものではない、か。それはそうだよね。薬は特別なもの。一般の人向けのものでもあればいいんだろうけど。


「……」

あれ、でもお父さんは昔、病気でもないのに毎日のようにお薬を飲んでいたような気がするけど、あれはなっだったかな。


「あ、違うか。あれは薬じゃなくて、たしか栄養ドリンクだったよね」


子供心に不思議だった。甘いとはいっても、そこまでおいしいわけじゃないものを元気が出るからと言ってお父さんは飲んでいた。

わたしも試しに何度か飲んでは見たけれど、とくに体調は変わらなかったし、元気が出たような気にもならなかった。


お父さんは「有沙はまだ子供だからな」と言っていた。子供の場合は元気が有り余っていて疲れがすぐになくなるから、効果も感じにくいのだと。


「……疲れ?」


ヒーラーはすぐに傷を治して、内臓の疾患にも対処できる。


じゃあ、疲れは?

明確な患部がなくて、漠然とした概念である疲れに効果のある魔法ってあるのかな?


「マークさん、ヒーラーには疲れを治すことはできますか?」

「疲れ?いや、そんなものはないはずだが」


なら、これは使えるんじゃないの?

そう、栄養ドリンク。

これって薬じゃない。だからこそ、いろんな人が飲める。

病気じゃない人だって、毎日のように。


栄養ドリンクの成分ってなんだっけ。たしかタウリンとかビタミンだよね。でもここじゃそれは手に入らない。

薬草で代替するしかないかな。漢方なんかも栄養ドリンクには入っていたはずだし。


「マークさん、ここの薬草にはなにか、元気をつけるようなものはありますか?」

「元気をつけるもの?かなり漠然とした要求だな」

「滋養強壮剤というか、そんな感じのものです」

「あることにはあるが、それをどう使うんだ」

「それをジュースにするのはどうでしょうか。副作用が出ないように薬に使う分よりは少ない量にして、ハチミツなどで甘く仕上げるんです。そしてそれを元気ドリンクとして売る、そうすればクローネさんの診療所との違い打ち出せる、そうは思いませんか?」


「元気ドリンク、か」

「はい。この街にはギルドがありますし、巡礼者も多く訪れます。そのような疲れた人たちにアピールするには格好の商品だと思うのですが」

「……」


良いアイデアだと思ったのだけれど、マークさんの反応は鈍かった。


「なるほど。たしかにそれなら一般の人向けに販売ができるが、ひとつ大きな問題がある。それは」

「マークさん、ちょっといいかしら」


話に夢中になっていたせいか、誰かが店内に入ってきたことに気づかなかった。ドアのほうを見ると、中年の女性がこちらに歩いてくるところだった。


「あら、お客さんがいたの。ごめんなさいね。いつもひとりだから、声もかけずに入ってきちゃったのよ」

「いえ、構いませんが」

「ほら、これ、余ったやつだから遠慮せずにもらってよ」


テーブルに紙袋が置かれた。その中には野菜や果物が入っているようだった。


「いつもすいません」

「いいのよ。こっちも世話になってるから。秘密の薬でもあったら、わたしに優先的に渡してくれればいいから」 


マークさんは「ハハ」と苦笑いを浮かべる。


「それじゃあ、お仕事の邪魔をしちゃ悪いからこれで帰るわね」

「ええ、何か不調があればご相談ください」


その女性が立ち去ると、「あの方は誰なんですか?」とわたしはマークさんに聞いた。


「彼女はこの近くで青果店を営んでいるエミリア夫人だ」

「青果店。だから果物や野菜を持ってきたんですね。よく利用するんですか?」

「利用もするが、それよりも、仕事仲間という感じだな。ぼくが薬草採取などで森に行くとき、同時に彼女が望む貴重な果物なども取ってくることがあるんだ」


へぇ、マークさんは自分で採取に行くんだ。こういうのって、てっきり冒険者に頼むものとばかり思ってたけど。


「そのおかげで、こうして余ったものを分けてくれたりもする。実際にはぼくの健康を気遣ってもってくれたものかもしれないが、どちらにせよ助かっていることはたしかだ」

「さっきいってた秘密の薬というのはなんなんですか?」

「秘密は秘密だ。きみが知る必要はない」


まあ、正直に言って、だいたいは想像はついているんだけど、あえて言うことでもないのかな。


「それで、さきほどの元気ドリンクの話の続きだが、きみのアイデアにはひとつ問題があるんだ」

「なんですか?」

「それは砂糖は極めて高価だ、ということだ」


あ、そうか。その点は考えていなかった。

わたしのいた世界では砂糖は結構安くは買えるけれど、昔はかなりの高級品だったと聞いたことがある。こっちでもそうみたいだった。


「生産地が離れている影響で、こちらではより割高となっている。薬草はきみのいうように少量にすればコストは問題にならないが、砂糖はそうはいかない。とてもじゃないが、一般人の飲めるものではなくなってしまう」


栄養ドリンクは安いものも多いから、毎日のように飲むこともできたけれど、1本千円とかする高いものだったのならとても手が出せないよね。


「やはり難しいな。それこそ秘密の薬でもあれば、状況は変わるのだが」


秘密の薬、か。そうだよね。それさえあれば、ヒーラにもきっと勝てるはず。

あれば、の話だけれど。日本にいたときだって、そういう話は聞いたことがなかった。


「やっぱり、簡単に痩せられるようなものはないんですね」


マークさんは驚いたような顔をした。


「なぜ、秘密の薬がダイエット薬だとわかった?」

「女性が望んでいるもので、男性が気を使うものといったら、ダイエットか若返りくらいしか思い付かないので」

「そうか。きみも勘が鋭いんだな」

「もし、ダイエット薬なんてあったら、クローネさんを一気に逆転できますよね。さすがにヒーラーに痩せさせる能力はないでしょうし」

「噂自体はあるんだ。体を温める作用のある薬草を飲み続けると、痩せられるとも言われている。ただ、病気でもないのに薬を飲もうなどという人はいないから、試しようがないのだが」


そういえば、そんなダイエットの補助薬みたいなやつはわたしも聞いたことがある。

以前にテレビのニュースで体の内部から熱を産み出して代謝を上げられるようなサプリメントを飲んだ人が死んでしまった、なんてことがあったはず。


それはネット通販で買ったものらしく、日本国内では薬としか扱えないものだったみたい。

ニュースでは安易に痩せられるという発想は危険で、ダイエットのためには食生活と運動が大事というお決まりのセリフで締め括っていた。


そのニュースは高校のクラスでも話題になっていた。わたし自身が会話に参加していたわけじゃないんだけれど、となりに座る名前も覚えていない同級生の人が友達としゃべっていて、嫌でもその内容がわたしの耳へと入ってきた。


「そう言えばあの時、となりにいた子は朝食に……」


……待って。これは利用できるんじゃない?

わたしはテーブルに置かれている紙袋を見た。

これを使ったダイエットの方法を提供するだけでも、価値があるんじゃないの?


「マークさん、スムージーって知ってますか?」

「スムージー?いや、初耳だが」

「スムージーは野菜や果物をミキサー……すり鉢や袋ですりつぶして、水や牛乳などと混ぜる飲み物です。ジュースに比べて野菜や果物の栄養がまるごと取れることがメリットになります」

「なるほど。それがどうかしたのか?」

「さきほどの青果店の方と協力して、ここでハーブスムージーを売ってみるのはどうでしょうか?」


「ハーブスムージー?」

「はい。野菜や果物の甘味があれば、薬草の苦味も軽減することができます。スムージーはとても腹持ちのいいドリンクで、簡単に栄養を取ることができます。疲れて食欲のない冒険者や労働者に元気ドリンクとして販売し、さらにはダイエットドリンクとしても売り出すんです」

「ダイエット?」

「はい。置き換えダイエットというものがあります。1日のうちの1食を普段の食事ではなく、飲み物などで済ませるやり方です。スムージーはこれに最適なんです。普通の飲み物はあっさりとしていて食べた感じ、というものがあまりないですけど、スムージーはずっしりと胃にくるんですね。飲み物ではあるけれど、食事をしたような感覚を得ることができるんです。ちなみに、ここで氷は手に入りますか?」

「氷の魔法は珍しくないから、比較的安価に手に入る。複数の巨大な氷室もある」

「なら、氷もふんだんに使ってください。できれば細かい氷を混ぜると、さらに食感がよくなります。なんなら、野菜や果物を凍らせて潰したほうがいいのかもしれません」


「果物や野菜で薬草の苦味を消す、か。その方法は考えたことがなかったな」

「ダイエットを売りにすれば、必ずし話題になるはずです。魔法でも薬でも痩せることはできませんよね。もしスムージーをうまく活用できれば、クローネさんにはない魅力がえられることになると思います」


問題があるとすれば作り方かな。

ミキサーはここには当然ないだろうから、他の方法でどの程度効率的に作れるか、ということが成否の鍵を握るような感じがする。


「作るのが難しいのなら、まずは予約制にして、そこから口コミを広げてもらうというのもアリかと思いますけど」

「野菜や果物なら、細かい調整が必要な薬草よりも扱いやすい。最初に細切れにしてすりつぶせば短時間に作ることもできるだろう」


意外にも、マークさんは乗り気な上に、作り方にも自信があるようだった。


「大丈夫、ですか?スムージーは作るの、結構面倒だとは思いますけど」

「いや、技術的な問題はない。おそらく簡単に作ることができるだろうし、足りない材料はすぐそこの青果店でどうにでもなるだろう。問題は配合による味の違いかもしれない。まあそれは試作を重ねるしかないだろうな」


やる気になってくれているのは嬉しいんだけど、わたしにはひとつの疑問もあるんだよね。


「あの、商売の方法を変えることに抵抗とかはないですか?スムージーは薬局とはちょっと方向性が違うかもしれません」

「薬草を生かせる商売だから問題はない。そもそも、ぼくは薬局そのものにこだわりがあったわけではないんだ。人を救うための仕事をしたかっただけなんだよ。それが叶うのなら、なんの問題もない」


こんな人いるんだ。人を救うための仕事ができればいいなんて、普通じゃ言えないよね。


「商品化するのにはまだ時間が必要だが、とりあえずそのハーブスムージーを試しみるよ」

「それじゃあ、今回の依頼は」

「もちろん、成功だ」


やった。わたしは勢いよく立ち上がって、拳を振り上げた。

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