はじめてのクエスト 2
すでにララやベアトリスに街は案内をしてもらっていたので、おおよその地理はわたしの頭には入っていたので、迷子になることもなかった。
街の中央には教会があって、そこから四方に道が延びている。
北は高級住宅街や庁舎に。
東は一般の住宅地。
南は商店街が多く集まり、
そして西には牧場や畑などが点在している。
今日のわたしが向かったのは南の商店街のほう。もちろん、ギルトのクエストをこなすためだった。
マークさんの薬局は教会の前にある円形広場からすぐのところだったから、迷うこともなかった。
「うん、ここだね」
薬局の看板を見つけて入ろうとしたら、
「ちょっと、あなた、もしかしてどこか調子が悪いの?」
わたしに向けられた女性の声。
そちらをみると、なまめかしい姿の女性が立っていた。
「なら、その店はやめたほうがいいわよ。役に立たない薬ばかり並べてるんだから、お金の無駄遣いになるのは間違いがないわ」
腰まである金髪は緩やかに波打ち、露出の多いドレスのような服を着ている。化粧も派手めで、香水のにおいも漂ってきた。なんとなく、夜のにおいのする人だと思った。
「あなたは誰ですか?」
「わたしはクローネ。向こうのほうで診療所を開いているものなんだけど」
診療所、ということはこの女性は医者なのかな?
開いているという表現は、そういう立場だってことだよね。看護師みたいなサポート役じゃなくて、治療を担当する側ということ。
でも、そんなふうには全然見えないんだけど。こっちの世界だと普通のことなのかな。
わたしの医者のイメージだとやっぱり白い服って感じだけれど、個人でやっているのなら服装は完全に自由でも不思議じゃないとも思いはする。
「もしどこか悪いんなら、わたしがみてあげるわよ。病院はすぐそこだから」
「あ、いえ、わたしは病気で薬を買いに来たわけではないんです」
わたしはクローネさんという人に、今回のクエストについて説明した。
個人情報とか大丈夫かなと思ったけれど、誰でも見られる掲示板に貼られていたものだからきっと問題はないよね。
「へぇ、新商品の解決への協力ねぇ。具体的にはどんなことをするの?」
「さあ、それをこれから聞きに行くところですけど」
「じゃあ、もしかしたらそれ、かなり危険なやつかもしれないわよね。新しい薬の実験体を探してるとかかもよ?」
そっか、そういう可能性もあるんだよね。
新しく見つけた、もしくは組み合わせた薬草の効能を調べるために、他人の体で反応を調べる……でも、マークさんは変な人ではないとミアが言ってたから、危険な依頼ではないと思うんだけど。
「それはないと思います。マークさんは有名な方のようですから」
「あなた、知らないようね。この店、結構経営がまずい状態なのよ」
「そうなんですか?」
だからなのかな、新商品の依頼というのは。経営が傾いているから、なにか売りになるものを探しているということかな。
でも、このクローネさんという人はどうしてそんなことを知っているのだろう。ここの従業員というわけでもなさそうなのに。
「そうなのよ。もうなりふり構ってないから、危険な薬に手を出しても不思議じゃないのよね。あなたはまだ若いんだから、体は大事にしたほうがいいわよ。子供を産めなくなったら大変でしょう」
「子供」
「女性の体は繊細だから、慎重になるにこしたことはないわ。あなたもそろそろ生理が始まる頃でしょう」
……やっぱり、幼く見られているのかな。
まあ、だとしても、依頼を受けたからにはここで引き返すわけにもいかないよね。内容を聞いてから断ることも出来るし、何よりもモンスターと戦うよりは安全だから。
「アドバイス、ありがとうございます。でも一応、話くらいは聞いてみようと思います。」
「あら、見た目に反して結構頑固なのね」
「クローネさんはそもそも、どうしてこのお店の経営状態を知っているんですか?もしかして知り合いの方がやってるんですか?」
「まあ、そんなところね。昔ながらの、幼なじみってやつかしら?」
幼なじみ?
それにしてはなんか、言葉にトゲがあるような気もするけれど、もともと仲が悪いのかな。
それとも商売敵みたいなものかな?医者と薬局だから、お客さんの奪い合いをしているのかもしれない。それならわたしの邪魔をするのも納得ではあるのだけれど。
「とにかく、わたしのことなら心配しなくても結構です。一応、わたしも有名人なので、変なことはされないと思いますよ」
「有名人?あなたが?」
クローネさんがぐいっと、わたしに顔を近づけてくる。
「……もしかして、モフモフの女神?」
「あ、はい」
「あら、そうだったのね。気づくのが遅れてごめんなさい。わたしも広場での召喚の儀式、見に行ったのよ」
そう言ってクローネさんは周囲をキョロキョロした。
「それで、モフモフはどこにいるの?いつも連れて歩いてるんじゃないの?」
「モフモフはずっと召喚するのは難しいんです。マジックポイントを継続的に消費するので」
「そうだったの。伝説の生き物ならやっぱり面倒なのね。で、そのモフモフの女神がどうして冒険者なんかに?」
「それは、まあ、レベル上げのためです。悪い人に狙われたりするかもしれないので、何かあったときのためにステータスを上げておこうかと」
実際にはフィオナ迷宮に挑むためでもあるけれど、それを簡単に口外するんけにはいかなかった。あれは機密情報。クローネさんが信頼できる人かどうかはまだわからないから。
クローネさんは納得したように頷いた。
「モフモフの女神も大変ね。ダーナ教団とか、やっかいな敵に狙われてしまうものね。教会の人間は守ってくれないのかしら?」
「教会の人たちにも仕事がありますから」
わたしの護衛役はきっとベアトリスなんだろうけれど、今日はわたしひとりだった。
最初の仕事くらい、ひとりで挑戦したかったというのがあるし、ベアトリスは屋敷の掃除で忙しかったというのもある。
ちなみに、ララは討伐クエストに挑んでいるところだった。
「モフモフの女神が死んだら大変よね。なにかあったらわたしのところにくるといいわ。あなたなら治療費も大幅に安くしておくから」
無料じゃないんだ、と思うのはわがままなのかな?
「まあ、そういう事情があるのなら、引き留めるわけにもいかないわね。まあ、適当に頑張って」
「は、はい」
クローネさんに背中をたたかれ、わたしのお店の中に入っていった。