故郷 6
翌日、わたしはさっそく地下の亡霊クエストの調査を開始することにした。
まずは調査の基本。被害者から話を聞くことにした。もしかしたら獣人というくくりではなく、個人的な恨みかもしれない。これまでに襲われた獣人は四人で、そこに共通点が隠されているかもしれない。
けれど、話を聞いて回っても、特別な成果は得られなかった。四人の間には繋がりと呼べるものはなく、襲われるような心当たりも一切ないのだという。
「申し訳ないか、犯人に心当たりはないんだ。誰かとトラブルを起こしたこともない」
四人目に話を聞いた獣人のハリーさんはそう言った。
「脚を撃たれたんですね」
「ああ」
そう言ってハリーさんは自分の太ももをさすった。そこには包帯が巻かれている。深い傷ではないらしく、歩くことは出来るらしいけれど、少しの間だけ仕事は休んでいるそうだった。
「ハリーさんは農家なんですよね」
「そうだよ」
ハリーさんは元々は王都に住んでいたらしい。
ノールクリシアのことはほとんど知らずに生きてきたけれど、たまたま入ったレストランでトマトパスタを初めて食べて衝撃を受けた。
王都ではトマトは栽培されていないので、出来れば現地で食べてみたいという欲がいつしか生まれてきて、それがやがてトマト栽培のほうへと関心に移っていったという。
「二年ほど前のことだね。究極に美味しいトマトを作りたいと思うようになってノールクリシアに移住を決意したんだ。奥さんともこっちで知り合ったんだよ」
ハリーさんはすでに結婚していた。相手の女性は人間。ベアトリスの両親とは逆のパターンとなっている。
「どういうきっかけで、お二人は結婚を?」
「奥さんは元々ノールクリシアの生まれで、自分にトマト作りのあれこれを教えてくれた人の娘だったんだ」
「この人の話を聞いたとき、わたしは本当に驚きました。トマトのために、わざわざ王都から来る人なんてほとんどいませんから。しかも移住までするなんて」
奥さんはおかしそうに笑った。
実際に人間と獣人の夫婦を見たのは今回がはじめてだったけれど、なんの違和感もなかった。
きっとこのノールクリシアでは珍しくはない組み合わせなのだろうと思う。
逆に言えば、他の街ではまだ過去の隔絶が残っているのかもしれないとも思った。
「その、こういうことを聞くのは失礼かもしれないんですけど、人間と獣人の夫婦って他の街では珍しいんじゃないですか?」
「そうだね。あることにあるけど、ノールクリシアに比べると少ないだろうね」
「種族が違うと、抵抗が生まれるのは仕方のないことですよね。でもここノールクリシアでは親が反対することもほとんどないですよ。わたしの両親からも何も言われなかったですから」
「さきほどトラブルはなかったといいましたけど、それじゃあこれまでに不快な思いをしたことはないんですね?」
「獣人だからといって特別ひどい経験をしたことはないよ。ここは獣人の権利もしっかりと尊重してくれる。ぼくがこの怪我をしたときも、みんな心配してくれたし、治療のほうも無料で行ってくれたんだ」
個人的なトラブルはなく、種族間の争いも発生していない。なら、地下の亡霊を名乗る犯人の目的はなんなのだろう?
「ハリーさんを襲ったのは、地下の亡霊を名乗る人物のようですけど、これにも心当たりはないんですね」
「さすがに千年も前の人物から恨みを買うことはないと思うけどね」
「奥さんはどうですか?」
「わたしにもわかりません。そんな昔のことは覚えてませんし」
「……そうですか」