故郷 5
「地下の亡霊ですね。では、内容を説明させていただきます」
ノールクリシアのギルドの受付はさすがにミアの姉妹ではなかったけれど、そう言われても納得しそうなくらいには似ていた。ギルドの採用に基準があったりマニュアルというものが存在しているのかもしれない。
「地下の亡霊はここノールクリシアで最近起きている事件の通称ですね。クロスボウと思われる武器によって獣人が繰り返し襲われているんです」
ノールクリシアのギルドの受付、サラはそう言った。
「獣人だけなの?」
「はい。獣人に恨みを持つ何者かによる犯行と思われます。幸い軽症ばかりで、亡くなったケースはないんですけど、今後のことを考えるとやはり不安は募っている状況ですね」
遠くから打たれているので、犯人の情報は全くないという。
獣人は感覚が鋭く、近くから攻撃されれば相手の素性についてのヒントもえられたはずだけれど、射程距離のあるクロスボウだとさすがにその気配に気づくことも出来ないそう。
「この街は見ての通り、丘に沿って作られていますので、身を隠すのは比較的容易になっているんですね。それでなかなか追跡も出来ないんです」
「犯人は街の構造を良く知っている可能性があるということ?」
「そうでしょうね。平坦な街だと逃げ場は限られるものですが、高低差があるこの街では上下左右に逃走経路が生まれることになります。街の構造を把握していれば獣人相手でも逃げ切ることは難しくないでしょうからね」
獣人への恨み、か。ここノールクリシアは獣人が開拓した街で、いまでも人口の半分くらいは獣人が占めるらしい。
「人間の仕業、なのかな」
「かもしれません。種族が違うと必然的に対立軸は生まれますから。ただ、そのような方向に疑いを向けることで本当の動機を隠蔽しようとしているのかもしれませんので、いまの時点で断言することはできませんが」
「それで地下の亡霊というのは?どうしてそんなふうに呼ばれているの?」
わたしはそう聞いた。クエストを受けてほしいとはお願いされたけれど、ヒルダさんからは詳しい内容は聞いてはいなかった。
「東にある無人島は確認されましたか?」
「うん、さっき見てきたけど、大戦のときに掘られた地下があるんだよね」
「はい。その工事は当時、急ピッチで進められたと言います。そのぶん、さまざまなトラブルも発生してしまい、崩落事故などで亡くなった人も続出したとか。その霊が誰かに取り付いて犯行に駆り立てているのではないかという噂が広まっているんです」
幽霊が取り付いた?千年も前のことだよね、それって。
どうしてこのタイミングで突然復活したの?しかも獣人だけを狙うって、何かハッキリとした理由があるのかな。
「その過去の幽霊の仕業である根拠とかはあるの?」
「このノールクリシアが獣人によって開拓された街であることもご存知ですよね」
「うん、差別から逃げてきたんだよね」
「はい。それであの無人島に地下作ろうとしたとき、ここノールクリシアですでに生活をしていた獣人たちに協力を依頼したんですね。でも、獣人たちはそれを断りました。悪魔は怖いけど、人間のことはそれ以上に嫌っていた。なので人間だけで掘削工事を進めましたが、慌てたせいで、事故も多発してしまったんです」
「それで協力をしなかった獣人を恨んでいるってこと?」
「まあ、そうなりますね」
完全な逆恨みではあるのだけれど、問題はそこじゃない。どうしていま、その亡霊がここに現れたとみんな言えるのかということ。
過去の恨みがあるから、だけじゃ根拠としては弱い。普通だったら千年も前の恨みと結び付けることなんてしないんだから。
「それに、実は犯行声明みたいなものが出されているんですね」
「犯行声明?」
「これですね」
サラはギルドのカウンターに一枚の紙を置いた。
わたしはそれを読んでみた。
『我は地下の亡霊、あの日の恨みを果たしにいま、よみがえってきた。我々が味わった苦痛を忘れたわけではあるまい。遠く離れた島の地下を抜け出し、燃え上がった復讐の炎で我はこの地を焼き付くすのだ』
こんな内容だった。
「それが最初の犯行が行われる数日前に、街の壁などに貼られていたんですね。なので多くの人が地下の亡霊の仕業だと思い込んでしまっているんです」
「でも、実際には違うよね」
幽霊の仕業だとはとても思えない。きっと獣人に恨みを持つ誰かがカモフラージュのためにこの犯行声明を用意したに違いない。幽霊にしては手際が良すぎるし。
「重要なのは、街の人たちが怯えていることです。それを信じてしまっている人も少なくはないので、そう言う意味でも対応は必要なんです」
千年前の話だよね。クロスボウの犯人を怖がるのはわかるけど、亡霊に対しても恐怖心を抱くというのは、やっぱり違和感というものも感じるんだけれど。
「とにかく、このクエストを受けてはもらえませんか?モフモフ召喚士であるアリサさんに調査をしてもらえれば、街のみんなのザワザワした気持ちも落ち着くはずです」
最初からそのつもりではあったけど、思ってたよりもこれは大きな事件なのかもしれないとわたしは思った。