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故郷 4

領主の館の前に立ったとき、ベアトリスの様子はどこかおかしかった。自分から誘ったにも関わらず、その場から動こうとはしない。

建物の方を見たまま、硬直している感じだった。気のせいか、顔色も悪く見えるけど。


「やっぱり、どこか具合が悪いんじゃないの?」

「平気です。海風に当たったせいで若干の体調の変化はあるかもしれませんが、休息を必要とするほどではありません」

「そう?」

「では、入りましょう」


すでにモフモフ召喚士であるわたしがこの街を訪れているという情報は広まっているらしく、なんの警戒もされることなくわたしたちは領主その人に会うことができた。


「はじめまして。わたしがノールクリシアの領主、ヒルダだ」


ベアトリスは中年の男性と言っていたけれど、応接室で対面した実際の領主は女性だった。

スラリとした長身の女性。髪は女性としては短く揃えられていて、力強そうな切れ長の目をしていた。


「ん?どうかしたか?」


じっと見つめるわたしに、ヒルダさんがそう聞いてくる。


「あ、いえ、この子、ベアトリスからここの領主は中年の男性であると聞いていたので」

「そういうことか。ベアトリスがいたときはそうだったが、いまはわたしが担当しているんだ。前の領主はすでに亡くなっているな」

「亡くなった?とうしてですか?」

「会った直後に不幸な話というのも良くない。とりあえず座ってくれ」


ヒルダさんは応接用のソファーを示した。

気にはなったけど、わたしたちは言われたとおり、そこに腰を下ろすことにした。


「モフモフ召喚士の来訪は噂で聞いていた。本来であればこちらから挨拶に行くべきだったが、わたしも仕事で色々と忙しかったので遅れてしまった。申し訳ない」

「いえ、気にしないでください。そもそも個人的な用事で立ち寄っただけですから」

「個人的な用事とは何か、聞いてもいいかな?」


わたしは隣に座るベアトリスを手で示した。


「ベアトリスのお父さんのお墓参りに来たんです」

「ベアトリスの父、ということはハロルド氏のことだな」

「ご存知なんですか?」


その名前は初めて聞いた。べアトリスのことも知っていたから、そのお父さんについて把握していても不思議じゃないけど。


「ああ。医師としてノールクリシアに貢献してくれた人物だからな。もっとも」


もっとも、の続きをヒルダさんはいわなかった。ベアトリスの方に視線をやって、目を細めたようにも見えたけれど。


「いや、なんでもない。それより、二人はこれからどうするつもりだ?もう帰るのか?」

「ケモ耳祭りに参加しようかとは思っています」

「ケモ耳祭りか。それは良い判断だな。モフモフ召喚士が参加となれば、例年以上の盛り上りとなるだろう」

「トマトをぶつけ合うんですよね。ちょっと怖い気もしますけど」


トマトなら当てられても痛くはないだろうけど、それに紛れて別のものを投げつける人もいるかもしれない。この機会を使って嫌いな誰かに石を投げつけるとか。


「あまり警戒する必要はない。ケモ耳祭りはしっかりと管理された祭りだ。暴動などには発展しないように至るところに監視員が置かれている。そもそもモフモフ召喚士はみなに尊敬されているから、イタズラのような真似をするものはいないだろう」


さっき子供にトマトをぶつけられたんだけど、これは言わない方が良いかな。


「ところで、ベアトリス、ひとつ聞いてもいいかな?」

「なんでしょうか」

「ハロルド氏が亡くなってすでに5年も経っているが、きみがここを再訪したのは初めてではないのか」

「エリオット様に連れてこられたときを除けば、そうなるかと思います」

「ではなぜ、今になってその決断を?」


ベアトリスはわずかの間、沈黙した。


「……アリサ様の影響かもしれません。過去にしっかりと向き合うことの必要性を本能が感じたのかもしれません」

「なるほど。過去を乗り越えることで新たな強さを得たい、ということか。では、ハロルド氏の死因を知りたいということかな?」

「お父さんは病気で亡くなったと聞いていますが」

「以前ここに戻ってきたとき、君はハロルド氏が亡くなった当時のことは覚えていないと答えたそうだが」

「はい。ですので、正確なところはわかりませんが……もしかして違うのですか?」


けれども、ベアトリスのその問いかけにはヒルダさんは答えず、


「では、母親のほうはどうかな?」

「お母さんについては、記憶にはありません。わたしがもっと幼い頃に別れたそうです」

「それはハロルド氏から聞いたのか?」

「いえ、エリオット様からです」

「では、きみの母親が獣人だということも知らないのか?」

「それを聞いたのは初めてですが、そうだろうとは考えていました。わたしのお父さんは普通の人間でしたので、わたしが産まれるにはお母さんは獣人でなくてはならないからです」

「そうか。いや、妙なことを聞いて悪かった。モフモフ召喚士の護衛がどのような人物かについても興味があったのでな」


ヒルダさんは笑顔でそう言ったけれど、わたしにはいまのやりとりはどこか違和感があった。警察の尋問みたいな感じがしたし、質問の内容もベアトリス本人ではなく両親についてだったから。


「ケモ耳祭りは3日後に行われるが、お二人はそれまでの予定は決まっているのか?」

「いえ、とくには」

「では、ギルドで仕事を請け負ってもらえないだろうか」

「クエスト、ですか」


ヒルダさんはうなずいた。


「アリサ殿は冒険者としても一流だと聞いている。その力を是非、この街のために使ってもらいたいのだ」


そして、こう続けた。


「地下の亡霊について、解明してもらいたいんだ」

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