ドラゴン 2
「……水分補給?」
「水なら大量につくれますけど、効果的なダメージは期待できないですし」
「いや、それ良いかもしれない」
「アリサさん?」
「プリシラ、ドラゴンの口の中に向かって水を送り続けてもらいたいんだけど、できるかな?」
「可能ですけど、どうしてですか?」
「とりあえず、やってみて。ひとつ考えがあるの。お願い」
「はい」
プリシラはわたしの指示通り、ドラゴンに向かって水を放った。単純な魔法なのでマジックポイントの消費はそれほどではなく、一気に送れるので近くにある炎によって蒸発することもないみたいだった。
「何をするつもりなの、アリサ?」
「まあ、見ていて」
「ん?あれは」
何度も同じ作業を繰り返してもらうと、徐々にドラゴンの動きは鈍くなっていった。大量の水が異に溜まったからだった。
「そうか。ドラゴンの重量を水によってさらに重くすることで動きを抑え、墜落させるつもりか」
「でも、胃の容量にも限界があります。確かにお腹は膨れているようですけど、活動量の多いドラゴンなのでいずれ排出されてそれもなくなるかと思います。いまだに飛行を続けていますし、あまり意味はないのかもしれません」
ドラゴンの飛行する高度は下がっていたけれど、それはわずかなものだった。まだ羽を羽ばたかせて移動している。
でも、何も問題はない。重要なのはあくまでも、お腹が膨れていると言うこと。
「プリシラ、この前のエルフの森で橋を氷の橋をつくっていたよね」
「はい」
「あのとき、プリシラはまず水を出して、それを凍らせていた。つまり、あのドラゴンのお腹にある水分も凍らせることができるんじゃない?」
「わたしの出したものなら出来ますけど」
「じゃあ、それをやって。いますぐに胃の中にある水を凍らせてみて」
「わかりました」
プリシラがドラゴンに向かって手を伸ばす。次の瞬間。
「あ、さらにお腹が膨れましたね」
「うん。水は氷になると、体積が増えるからね」
「だが、それでどうなると言うんだ。墜落する様子はいまもないぞ」
「皮膚です」
「皮膚?」
「ドラゴンの皮膚は固く、簡単には貫けない。では、それを薄くすれば?」
「薄く……そうか、体の内部を膨らませることで皮膚は伸び、その結果強度は弱まる」
内部からドラゴンを膨らませることで、皮膚は引き伸ばされる。その結果、鱗の部分には隙が出来るし、皮膚も弱体化する。
「はい。いまの状態ならヴァネッサの矢も通るんじゃないかと」
わたしが言い終える頃には、すでにヴァネッサは結界を出ていた。
その膨らんだお腹に向かって、複数の矢を一気に放つ。
ドラゴンは悲鳴を上げた。ヴァネッサの矢はその体に突き刺さっていた。
痛みに身を捩るようにして、ドラゴンは暴れた。そのままバランスを崩し、地面へと落下してくる。
「よし、地面に落ちれば目玉を狙うことが出きる」
ララが結界を飛び出してドラゴンに向かおうとする。
それをマークさんが止める。
「いや待て。いまは出ない方が良い」
「え、どうして」
と聞き返している間にドラゴンは墜落した。
巨体が落下した衝撃で、そこを中心とした爆風が巻き起こる。壁にも反射しているせいか強い台風並みの風で、結界の中にいなければ軽く吹き飛ばされてしまいそうだった。
風が収まる頃には、ドラゴンはすでに態勢を立て直していた。炎を近くに発生させて、自分の体をその中に置く。どうやら胃の中の氷を溶かしているみたいだった。実際にドラゴンのお腹はみるみるへこんでいった。
それが終わると、ドラゴンは再び飛び立とうとしている。羽を羽ばたかせるだけでも風圧を感じるほどで、容易には近づけない。
「ああ、クソ、せっかく目玉とか狙えそうだったのに」
「弓矢でのダメージは確実に与えられている。これを繰り返すのもひとつの手だが」
と言ってマークさんがヴァネッサの方を見る。ヴァネッサは背中に矢筒を背負っていたのだけれど、その数にも限界がある。
「矢がなくなれば、万事休すだな。出来れば、他にダメージを与える方法を考えたい」
「落下の衝撃を利用するのはどう?例えば落下する場所に槍みたいなのを置くとか。そうすればざわざ近づかなくてもダメージを与えることが出きる」
「槍なんてどこにもないだろう」
「氷で作ることはできない、プリシラ?」
「そこまで精巧なものは難しいです。爆風を避けるための結界も必要ですから、」
「じゃあ、かんたんな氷の柱でもいいよ。それを並べてくれる?」
プリシラはうなずいた。
先程と同じ展開が繰り返される。ドラゴンが炎を吐いている間にプリシラは水を放ち、その後内部に溜まったそれを凍らせる。そのタイミングでヴァネッサが矢を放ち、再びドラゴンが悶え苦しむ。
その下には事前に並べた氷の柱がある。ララはそれに向かって、ファイアーボールを投げ付けた。
氷の上方にある一部が炎によって溶け、鋭く尖るような形になった。
「これが狙い?」
「うん。これなら魔法でも物理的なダメージを与えられるんじゃないかと思って。ただ、先の方がちょっと溶けすぎたかも」
「問題ありません」
プリシラが先端を再び凍らせると、そこにドラゴンが落下。強化された氷の槍によって膨れた腹部が貫かれる。
「よし、効いたみたいだね」
「たがそれでも魔法の一部であることには変わらない。効果的なダメージを与えるにはやはり、倒れたドラゴンを狙いたいところだな。目はもちろんのこと、口の中から脳を矢で貫ければ、一気に大ダメージとなるはずだが」
「では、落下の衝撃を抑えれば良いのではないですか?あの氷を利用すれば、それも可能かと思います
「氷?」
わたしはベアトリスの方を見た。
「はい。人の身長ほどの高さのある氷の台みたいなもの作れば良いのではないかと。そうすれば1度ドラゴンの体はそれに受け止められ、風圧は頭上で発生します。その後氷を解除するか、上るかすればドラゴンに直接的なダメージを与えられるのではないかと思います」
「そこまで大きいものを作るのは無理かもしれません。高さが半分程度ならなんとかなるかも」
「そうですか。ではプリシラ、そうしてください。わたしたちはしゃがんで待機しています。それなら風にも飛ばされることはないので」
ドラゴンが浮上した後、先程と同じことの繰り返しでその巨体を落下させた。氷の台がそれを受け止め、風圧が拡散。プリシラはすぐに氷を解除し、今度は衝撃も何もなくドラゴンの体が床に横たわる。
ララがまず飛びかかるようにしてドラゴンの目に剣を突き刺した。かなりの痛みだったのか、ドラゴンはつんざくような叫び声を上げた。
続いてヴァネッサがその口の中に矢を放つ。これも致命的なようで、1度もたげた首が完全に床へと倒れた。ドラゴンは横たわっているため、鱗の間の隙は狙えるようになっている。マークさんは脚や羽の付け根を狙って無数のナイフを放つ。
ベアトリスがドラゴンの背後に回り、その尻尾をつかんだ。
「うあぉぁぁぁぁ!」
尻尾を掴んだまま、ベアトリスはその場で回転し、重破のスキルを使ってドラゴンをほうりなげた。
空中を舞うようにして飛んでいくドラゴン。向こう側の壁にぶつかり、ずるずると落ちていく。
「おぉ、飛んだねぇ。でも遠くに行ったらモフモフアタックが当たりづらくなるんじゃないの?」
「……それは考えていませんでした」
申し訳なさそうなベアトリス。
「大丈夫だよ。プリシラの結界を使ったモフモフアタックならかなり遠くまで飛ぶから」
「ならさっそく頼みたい。すでにドラゴンは瀕死の状態だ。モフモフアタックを当てればあとは消滅するのみだ」
「わかりました。じゃあ、プリシラお願いね」
「はい」
とプリシラがうなずいたとき。
向こう側の壁で寝ているようにしていたドラゴンがムクリと起き上がった。