ドラゴン
わたしたちはヴァネッサを新たに仲間に加えて、フィオナ迷宮に挑むことにした。ドラゴンを倒すためにボス部屋の中へと入った。
ドラゴンの口から放たれる炎は火力が強い。まずはプリシラの結界で防いた。
そして攻撃。弓矢さえあれば、ドラゴンに攻撃を与えること自体は難しくはなかった。
ドラゴンの炎は永遠なものではなく、一定の間隔で収まる。しかもドラゴンは常に移動している。こちらまで来ると、壁にぶつかる直前に旋回して再び離れていく。これを延々と蹴り返している。
だからこちらに尻尾をむけているときは、隙だらけとなる。
ヴァネッサはドラゴンをじっくりと狙うことが出来る。
けれども、矢はドラゴンの皮膚に弾かれてしまった。天井スレスレを飛ぶドラゴンには当たるものの、その胴体を貫くことは出来なかった。薄く見える羽も同じだった。
「クッ、想像以上に固いようだね」
結界内に戻ってきたヴァネッサが悔しさを滲ませる。
「ドラゴンは固い鱗に覆われているからな、それを突破するのはエルフの弓矢でも簡単ではないようだ」
マークさんが冷静に感想を述べる。
「なら、どうすれば」
ドラゴンには魔法耐性がある。そのため、プリシラの魔法でも大したダメージは与えられない。無駄にマジックポイントを消費するわけにもいかないし、物理的な攻撃でチャレンジするしかない。
「まずは鱗に覆われていない部分を狙うべきだろう。目や口の中なら弾かれることもないのではないか」
ヴァネッサはその指摘通りにドラゴンの目や口の中を狙ったけれど、効果的なダメージを与えることは出来なかった。
目や口の中を狙うには、ドラゴンがこちらを見下ろした時を狙うしかない。
でもそれはこちらに向かって炎を吐く時でもある。じっくり目を狙うわけにも行かず、口の中へは炎そのものによって邪魔をされてしまう。
「では、脚や羽の付け根はどうだ。可動部というのは、柔軟な動きに対応するために他の部分よりも弱く出来ている場合が多いはずだ」
「いや、そいつも無理だろうね。その辺りもしっかり鱗に覆われているようだから」
エルフの視力は人間の数倍はあるらしく、ヴァネッサにはドラゴンの細かい部分まで把握することができるみたいだった。
「難しいな。あの炎を止めないとどうしようもないのかもしれない」
「プリシラの結界でどうにかすることはできないかな?」
「結界で口を塞ぐ、ということですか?」
「うん。無理かな?」
結界をドラゴンの口のところに張れば、自分の炎でドラゴン自身がダメージを受けるんじゃないかと期待したのだけれど、プリシラは首を降った。
「さすがにあの火力では無理かと思います。すぐに壊されてしまうかと」
「そっか」
「羽を狙ってはどうでしょうか」
ベアトリスがそう言う。
「さっき見たでしょ。羽も充分に固いんだよ」
「いえ、そうではなく、羽を凍らせてみてはどうかと思ったのですが」
「羽を凍らせる?」
「はい。羽全体を凍らせることでその動きを鈍くすることが出来ますし、重量も増えます。そうなれば攻撃の機会が増えるだけではなく、ドラゴンが一気に落ちてくる可能性もあるのではないでしょうか」
なるほど、それは良いアイデアかもしれない。
ドラゴンが旋回した直後、プリシラはその羽を魔法で凍らせようとせた。
けれど、それもむずかしかった。ドラゴンの羽は大きく、常に羽ばたいている。全体を一気に凍らせることは出来ず、せっかく凍り付いた部分も激しい運動によってポロポロと剥がれ落ちていった。
「一部分を集中的に凍らせることは出来ますが、全体となると出来そうもないです」
「なら、やっぱり体の内部とかを狙うしかないのかな」
「でも、炎を吐けるってことは、内部も頑丈なんじゃないの?」
ララがそう言う。
「そうでしょうか。この前のルシアちゃんの時を思い浮かべると、必ずしもそうとは言えないかと思うのですが」
ベアトリスの言うように、ザイードで悪魔化したルシアちゃんも炎を口から放っていた。もし内部から何らかの可燃性の液体や炎そのものが発生していたのなら、あんなに連続で何度も炎を出すことはできなかったはずだ。
「それにあれをご覧ください」
ベアトリスが指差したのは床。一部がなぜが変色している。
「あそこは、濡れてるの?」
「あれはドラゴンの口から漏れた唾液のようです。炎に気を取られて気づきにくかったのですが、ちょうどドラゴンの口の真下にありますし、一定の間隔で続いているようなので排尿でもないかと思われます」
「つまり、魔法的な現象が口の前で生まれているってこと?」
唾液が落ちるということは、口の中では炎は生まれていないということになる。唾液が落ちるのは口を開けているときで、炎が間近で発生していたらすぐに蒸発するはずだから。
「みたいだね。とは言え、このドラゴンも炎を吐く前に1度首を上げるようにしているから、炎を前に飛ばすためには空気を押し出すようにする必要はあるのかもしれない」
ララに言われて良く観察してみると、このドラゴンも炎を吐く前にたしかに一度首を上げるようにしている。その動きを防げれば、炎を阻止できる?
「じゃあ、ルシアちゃんみたいに反動を抑えれば
このドラゴンも炎をおもいっきり飛ばすことは出来ないのかな」
「でも結界は無理なんだよね」
「では、風魔法で天井に押し付けるというのは、どうでしょうか」
なるほど。ドラゴンは天井の近くを飛んでいるわけで、下から風を送ればすぐにそこに張り付くようになり、頭も動かせなくなってしまう。
けれど、プリシラは渋い顔。
「出来るかもしれませんが、それだと口を開けることもなくなってしまいます。そうすると弱点を狙うことも不可能になるのではないかと」
炎が止んだとしても、こちらの攻撃が効かなければ意味がない。
「結局、胴体を貫くしかないわけだね。まあ、鱗をどうにかしないといけないわけだけれど」
「何度も同じ部分にダメージを与えれば、鱗も剥がれ落ちるんじゃないの?」
クローネさんがそう言うけれど、マークさんがすぐさま否定する。
「それは無理だろう。鱗と皮膚というのは一体化している。皮膚の一部が鱗という形状を取っていると言うべきか。そのため皮膚の強度は鱗のそれと変わらないんだ」
「皮膚自体を弱体化するしかないわけ?」
「その方法があれば良いが、魔法自体が効かないからな」
「魔法耐性があるといっても、無効化ではないわけでしょ。内部のダメージならそれなりに意味があるんじゃないの?プリシラの魔法は離れた位置で発生させることは出来るんじゃなかった?」
「一応、出来ます。ただ、距離があればあるほど威力は落ちてしまいますけど」
「じゃあ、試しに単純な魔法で口の中を攻撃してみたらどうかしら?」
「わかりました」
口が開くのは炎が出現している間で、その最中は結界にぶつかる炎で視界が塞がれている。それでも感覚的に位置を把握し、プリシラはその口の中に魔法を放ったらしい。
「ど、どう?」
「雷を発生させてみました。てごたえはありましたけど、ダメージのほうは」
マークさんが真眼でステータスをチェックする。
「わずかに体力は減ってるな。数ポイント程度だが」
それじゃあ意味がない。プリシラのマジックポイントを浪費するだけ。
「氷の矢みたいなものは作れないの?炎の対局にあるやつのほうがダメージを与えやすいような気もするんだけど」
ララがそう提案する。
「出来ますけど、炎の近くだと溶けてしまいそうなので」
「そっか。それだと単なる水分補給にしかならないもんね。向こうにしたらむしろありがたいのかもしれない」
「……水分補給?」