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エルフの里 7

「ちょっと待ってください!」


わたしはその中間に立つようにして、腕を広げた。


「どうして、どうしてそんなことで命を奪われないといけないんですか!」


この世界の常識を、わたしは知らない。

地球のほうでは同性愛者もひとつの性質として受け入れられつつあるけれど、異世界でその常識が通用するとは思えない。


ただ、それでも同性愛者だからと言って、命を奪うことを正当化されるというのがおかしいことくらい、わたしにもわかる。


「ニーナさんの気持ちはわからなくもありません。愛した相手に裏切られてショックで、それがしかも自分の弟だったなんて……でも、それで命を奪うだなんて間違っています」

「そこをどきなさい、アリサ。これは人間が関わるべきことでは、決してないの」

「ニーナさんもわかっているはずです。おかしいのは、エルフの掟の方だってことくらい。同性愛を嫌っていたとしても、殺すなんてことはやりすぎだってことくらい!」

「……」


ニーナさんはわたしを落ち着いた目で見ている。わたしの話に耳を傾けてくれている。これなら説得できるかもしれない。


「二人ともニーナさんにとっては大事な存在だったはずです。それが里の掟に反したという理由だけで殺すんですか?エルフにとって同性愛がどんなものかはわたしにはわかりません。でも、元々あった関係性は決して否定はできないはずです。それは本当に同性愛に対する嫌悪感だけで忘れていいものなんですか?」

「嫌悪感、か」


ニーナさんは弓矢を下ろした。わかってくれた、のかな。


「アリサ、あなたは何かを勘違いしているようね」

「勘違い?」

「エルフの掟はエルフが守るべき事柄。でも、それを決めているのはわたしたちじゃないのよ」

「ど、どういうことですか?」

「エルフの掟は代々受け継がれている理よ。それはエルフが話し合って決めたことではないの」

「じゃあ、誰が決めたものなんですか」

「神」

「え?」

「そうとでも呼ぶしかない超自然的な力によって、わたしたちエルフは縛られている。これは個人の志向によって判断された事柄ではなく、ましてやエルフの総意でもないのよ」


神が、決めた?同性愛はいけないってことを?

 

「実際に、わたしは弟やクライヴの性質に何も思うところはない。ただ、エルフの本能として掟破りの存在を生かしておくことはできない、そう思っているだけよ」

「な、なんのためにそんな掟があるんですか?!」

「わからない。アリサ、あなたもまた女神なのでしょ。その答えを持っているのは、あなたのほうではないの?」

「わたしは、何もわかりません。」

「そう。なら、そこをどきなさい。あなたも神の意思によってここへと導かれた存在なのなら、エルフの理を否定すべきではないもの」

「ニーナ姉さん」


と背後から声がした。アーロンさんだった。


「ごめん、このまま行かせてほしいんだ。エルフの掟はよくわかる。でも、ぼくたちは決してエルフに害を成すような存在ではないんだ」

「人間のところに行っても、何も変わらないわ。あなたたちの寿命は長くはないし、人間になることは決して出来ないのよ」


人間になる?それが二人の目的なの?


「たとえ動物を殺し、その肉を食べようとしたとしても、あなたには何の変化も起こらない。エルフとは違う行動を取ったところで、本質に影響をあたえるものではないわ」


だから、動物も殺したということ?エルフが本来はしない行為をあえてすることで、人間に近づこうとした。


「ニーナ、わたしたちはエルフとしては異端かもしれない。だが、それが必ずしも罪深さを意味しているとは限らない。なんのためにこんな掟が存在するのか、君も疑問に思ったことはあるだろう」


風圧をともなった鋭い音がわたしの近くを通りすぎ、次の瞬間にはクライヴさんが顔を歪めて肩を抑えていた。ニーナさんの放った矢が直撃したらしい。


「いまさら言い訳とは醜いわね。エルフの掟に意味がないのなら、とっくに否定されているわ。あなたたちがどんな主張をしようとも、死の運命が変わることはないのよ」

「まるで呪いだな。神がわたしたちを許せないのなら、どうしてわたしたちはこのような性質を持って生まれたのだ。最初から異性のみに興味を持つように作れば良かったのではないのか」


ニーナさんは再び矢を放った。今度はアーロンさんの体にそれは突き刺さった。


「神の真意をわたしは知らない。死んでから尋ねることね」

「そうか。きみを前にして助かろうとしたのが間違いだったか。ニーナ、しかしきみを恨むことはしない。きみもまた、この呪いにからめとられた一人に過ぎないのだから」


二人は向き合い、意思を確認するように見詰めあった。そして抱き合うと、崖へと身を投じた。


「クライヴさん!」


わたしは崖に近づき、地面に手をついた状態で渓谷を覗き込んだ。すでに二人の姿はなく、どこまでも深く続く暗闇が見えるだけだった。


「終わったわね」


わたしの近くにたち、ニーナさんも崖を見下ろした。


「これで、これで本当に良かったんですか」

「良いも悪いもない。これ以外の道はなかった。それだけよ」


ニーナさんの口調には揺らぎというものが感じられない。かつての恋人や弟を失った動揺はそこから一切感じられなかった。


ニーナさんが崖を見下ろしていたのはわずかな間だった。すぐに立ち去り、馬に乗った。その姿が遠ざかり、やがて見えなくなった。

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