エルフの里 6
「見つけた!」
ニーナさんの鋭い声がこちらまで聞こえた。その姿は遠すぎて見えない。わたしは馬の上でヴァネッサに抱きつくようにしているので、視界も限られていた。
「ニーナさんはどうするつもりなのかな?」
「馬から落とすつもりだろう。」
「矢を本人か馬に当てるってこと?」
「いや、馬を殺すような真似はしないだろう。かといっていまの兄さんに向けて矢を放つのも危険だ。馬を盾にする可能性もあるからな」
「じゃあ、どうやって足止めするの?」
「馬に振り落とさせるつもりだろう」
その直後、わたしの耳に鳥の鳴き声のような甲高い音が聞こえた。それに続くようにして、馬のいななきも。
「いまのは?」
「鏑矢だな。先を走る馬目掛けて、姉さんが放ったんだ。鏑矢は甲高い音を発する。馬はそういう物音には敏感で、間近を通りすぎた矢と物音に驚いたようだ」
「倒れたの?」
「まだだ。棹立ちになった程度だな」
「馬の脚を止めて、体当たりでもするのかな」
「いや、棹立ちにするのが姉さんの狙いのようだ」
再び鋭い音がした。今度は甲高い物音は聞こえなかった。
「今度放ったのは普通の矢だな。それを複数一気に馬の足元に打ち込んだんだ」
「どうして?」
「エルフの矢は強靭でしなりがある。それを馬が踏みつければ、跳ねかえりの作用で、今度こそ本格的にバランスを崩してしまう。上に乗っているものも、さすがに振り落とされてしまうだろう」
ヴァネッサは馬の速度を落とした。慌てて追いかける必要がなくなった、ということはニーナさんの目的が達せられたということかもしれない。
「馬は勝手に逃げたようだな。この先はあの断崖に続いている。エルフとはいえ、その身だけではとびこえることは難しい。勝負はあったということだろう」
馬がなければエルフでもあの崖を越えることは出来ない。ついにクライヴさんは逃げ場がない状況に追い込まれた。
でもそれは、クライヴさんの死を意味することでもある。ヴァネッサは平気なのかな。
「いいの、ヴァネッサ」
「いまさら引き返すわけにもいかない。この目に兄さんの最後を焼き付けるのが、せめてもの温情というものだろう」
わたしたちはゆっくりと前に進んだ。段々と道が開けてきて、断崖地帯へとたどり着いた。
すでにニーナさんは馬を降りていて、崖側へと向かっていた。
その先にいた。クライヴさんと思われる男性が。崖を背に立っている。
けれど、わたしにはすぐにクライヴさんを特定することはできなかった。なぜなら、そこには二人いたから。
「え、どういうこと?」
崖を背に立っていたのは二人の男性。エルフというのは見た目にはあまり変化はなくて、どちらも色白で細身の男性という感じ。
どちらかがクライヴさんだろうけど、会ったことのないないわたしにはわからない。
「兄さん!」
ヴァネッサのその声に反応したのは、こちらから向かって右手に立つ人物だった。
「ヴァネッサ、お前も来たのか」
「どうして、とは今さら聞かない。ここまで来たらもう、わたしには何もできない。でもひとつだけ聞かせてくれ、兄さんは姉さんを、ニーナのことをどう思っていたんだ?」
「……」
「せめて、最後に本人の前で答えてやってくれ。わたしにとってもそれが一番の心残りなんだ」
クライヴさんが何かを言おうとしたけれど、それを遮るようにニーナさんが口を開いた。
「ヴァネッサ、気遣いは結構よ。感傷に浸る暇なんてない。わたしはこの使命をはたすだけ。あなたは邪魔をしなければそれで良い」
「でも!」
「すでにわたしとクライヴの間にあった縁は切れている。いまさら言い訳など聞いて何になるというの?それはヴァネッサ、あなたが兄をまともだと理解したいだけではないの?」
「……」
ヴァネッサは唇を噛みしめるようにしている。
「ねぇ、ヴァネッサ、これどういうことなの?あの人は誰なの?」
わたしがそう尋ねると、ヴァネッサは言った。
「兄さんの隣にいるのは、ニーナの弟のアーロンだ」
「ニーナさんの弟?ということは、ヴァネッサにとってもそうなの?」
「いや、違う。結局兄さんは結婚しなかったからな」
「結婚?」
「……ニーナは兄さんと結婚を約束した恋人だったんだ」
え、つまり、ヴァネッサにとってのニーナさんは血の繋がりはないということ?姉さんという呼び方は、クライヴさんの恋人だったから?
「でも、兄さんはそれを破棄した。本当に好きだったのは、弟のアーロンだったからだ」
「え?」
「最初から兄さんはその自覚があったんだ。いや、里の者に隠れて、森の奥で逢瀬を繰り返していた。結婚直前になってそれがばれたんだ」
「じゃあ、クライヴさんは」
「同性愛者だ。そしてそれこそがエルフの掟に違反することなんだ」
エルフの掟って、同性愛の禁止ってこと?それを破ったものがダークエルフになる?
どうして?
「クライヴ、アーロン、あなたたちも覚悟があってのことでしょう。ここまで来たのなら、もはや言い訳は許されない。おとなしく死になさい」
ニーナさんは弓を構え、崖の前に立つ二人へと狙いを定めた。弟とかつての恋人をニーナさんは殺そうとしている。
「ちょっと待ってください!」