エルフの里 4
翌日、わたしはヴァネッサとともに、エルフの里を出た。クライヴさんを探すために、森を捜索するからだった。
すでにハンターとしてのニーナさんは出発していた。それでも、ヴァネッサには焦った様子がなかった。むしろ、ニーナさんが出るのを待っていたらしい。
「わたしのいまの実力では、兄さんの気配を感じ取ることは出来ない。その点、姉さんなら問題はない。わたしはその後を追えばいいだけだ」
どうやらヴァネッサは、あえて先にニーナさんを行かせたらしい。
遠くにいるだろうクライヴさんの気配はわからなくても、里を出たばかりのニーナさんの位置なら把握ができる。
それを追跡していけば、いずれクライヴさんのところにたどりつける、というわけだった。
「確実に遅れは取ってしまうが、いまはこれしか方法がない。兄さんの腕も姉さんには劣らないから、簡単には決着はつかないだろう。すぐに追い付けばなんとかなるはずだ」
そうしてわたしたちは森を馬で駆けていた。わたしはヴァネッサの後ろに乗っている。
急いで追いかけるため、ララたちは里に残してきた。
実際にそのスピードはわたしたちの知っている馬とは桁違いに早く、風を切りながら木々の間を縫うようにして進んでいた。
エルフの森は広大で、ヴァネッサ自身にもそれがどこまで続いているのかはわからないらしい。
森の内部には目印と呼べるようなものはなく、延々と同じところを巡っているような気もしたけれど、ヴァネッサは確信を持って馬を走らせている。
エルフには人間には気づかないような細かい変化もわかるらしく、迷子になる心配はなさそうだった。
「ここか」
ヴァネッサがふいに馬を止めて、そう言った。
「もうついたの?」
わたしは周囲を見回した。人影らしきものはない。
「あそこのようだな」
ヴァネッサが目線で示したのは、1本の木だった。他のものと比べて幹が太くて大きいからか、その木だけが独立したかのように周りから離れて立っていた。
ヴァネッサはその木に近づくと、その根本を見ながらしゃがみこんだ。
「ここにサチという女性は眠っているらしい」
「ここが、サチのお墓?」
そこは単なる地面で、石碑などは置かれていなかった。
「エルフにはお墓、という概念は存在しない。なくなれば森に放置し、あとは自然の流れに任せるだけだ。ただサチは人間ということで、そのまま土の中に埋められたと聞いた」
「サチはここで亡くなったの?」
「そのようだな」
わたしもしゃがみこみ、地面に手で触れてみた。不思議な感じがする。異世界に来たのに、こうして日本人のお墓参りをしている。
「ちょうど進行方向にあったから、無視するのもおかしいと思ったんだ。人間は死者を弔うことを儀式化しているのだろう。姉さんの反応はまだまだ追えるから、好きにすると良い」
「ありがとう。でも。よくわかったね。同じような景色がつづいているのに」
「難しいことではない。アリサたちが似たような街並みでもそれぞれの家を判別できるように、わたしたちは樹木や草の個性を把握している。それだけの話だ」
どうしてなの、とわたしは地面に手で触れながら心で問いかけた。サチ、あなたはどうして自殺をしたの?何か特別な理由があったんだよね。
もちろん、答えはない。これはわたし自身が見つけないといけないことなのかもしれない。なんとなくだけれど、サチはわたしに隠されたメッセージを送ってくれたような気がする。
わたしは立ち上がった。
「もう大丈夫、そろそろ行こう」
けれども、ヴァネッサはどこか遠くを見ている。しかも険しい感じの表情で。
「どうかした、ヴァネッサ?」
まさか、クライヴさんが見つかったとか?
ヴァネッサはひとり駆け出した。わたしが慌ててその後を追った。ヴァネッサはふいに立ち止まり、地面を見下ろした。そこに何かがあった。
「兄さん、どうして」
それは動物の死体だった。鹿が地面に横たわっている。
首辺りに矢が刺さっていて、そこから血が流れ落ちていた。だいぶ前に殺されたようで、血はすでに固まっている状態だった。
「これはまさか、クライヴさんがやったの?」
「ああ、間違いがない。この矢は兄さんのものだ」
エルフは自然と共生していて、お肉なんかも食べることはない。おそらく動物を殺すというのは大きな罪で、エルフの行動原理としては考えられないことのはず。
「もしかして、呪いを受けたら、こんな風になるの?誰彼構わずに殺意を向けるとか?」
「いや、呪いはあくまでも本人と周囲を劣化させるものだと聞いている。動物を殺す理由にはならないはずだ」
「でも、その苦しさで頭が混乱したとか、ある得るんじゃないの?」
「可能性はゼロではないが、兄さんもまだ深刻な状態ではないはずだ。もし呪いが浸透していれば、森の異変はみなが感じ取れるほどになっている。そこまで放置するほど、わたしたちも愚かではない」
まだ意識はハッキリしているってこと?なら動物を殺した動機はなんなの?
「本人に聞くしかなさそうだな。行くぞ!」
「うん」
わたしたちは再び馬に乗り、森を失踪した。