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エルフの里 3

「サチ?」

「先代のモフモフ召喚士の名前だ。アリサ殿と同じように黒髪黒目をした少女だった」


そう言えば、先代のモフモフ召喚士の名前は聞いたことがなかった。

サチ、というらしい。明らかに日本人っぽい感じがする。わたしと見た目も似ているなら、実際にそうなんだろうけど。

モフモフ召喚士は日本人限定のものなのかな?


「……」


いや待って。それよりも気になることがある。そう、長老さんがサチと会ったというところ。よくよく考えると、それって不思議な気がする。だってわたしは教皇から以前にこう聞いたから。


ーー前のモフモフ召喚士はすぐに自殺をしたと。


なら、長老さんはいつサチと接触したの?そんなタイミングはなかったはず。


仮にサチが日本から何かしらの理由でこちらに転移したとしたとして、その場合はまずこちらの世界に馴染もうとするはず。エルフの里をすぐに目指すことなんてありえない。


なら、答えは一つしかない。


「長老さんはもしかして、その当時はエルトリアに住んでいたんですか?」

「いや、わしはここから出たことは一度ない」

「一度も?では、サチがこのエルフの里を訪問した、ということなんですか?」


長老さんはしっかりとうなずいた。


「そうだ。彼女が女神として現れ、まもない頃だったと聞いている。」


……とうして?どうしてサチはすぐにエルフの里を目指したの?


何か、明確な目的がないとおかしい。慌てたようにエルフの里を訪れた理由があるはず。


「サチは、どんな目的でここを訪れたんですか?」

「……わからない」

「わからない?長老さんはサチと直接話したんですよね」

「ああ。エルフの中で、彼女と初めて会ったのもわしだった。森の見回りをしていたとき、妙な異変を察してそちらへと向かうと、そこにサチがいた。当初からエルフの里へ向かうつもりだったらしく、わしの姿を見ると、気さくに話しかけてきた」


ーーねぇ、あなたエルフでしょ。里の方まで連れていってくれない?わたし、モフモフ召喚士なんだけど。


「エルフは人間との接触は禁止されていた。仮に森で迷子になったとしても、なんら手助けはしてはいけないと言われていた。それでもわしがそこに向かったのは、彼女がモフモフ召喚士だったからなのかもしれない。モフモフは人とは違う。むしろエルフに近い存在と言われている。その気配に反応するのは、むしろ当然のことだったのかもしれない」

「サチはそのとき、何も言わなかったんですか?」

「言わなかった。ただ、エルフに興味があるからここに来た、とだけ言っていた」


単に遊びに来たってこと?そんなはずない。


「モフモフ召喚士については、もちろんわしらも知っていた。だからわしらは今のアリサ殿のように、仲間になって欲しいと頭を下げに来たのかとおもった。」


エルフは人間の争いには関与しない方針であることを長老さんたちは伝えた。


それで構わない、とサチは言った。そもそも、自分には誰かと戦う意志はなく、女神としての使命にも全く興味はないと。強いて言うのなら周囲の期待に疲れてしまったから、こっちまで来たのだと答えた。


つまり、サチは逃げてきたってこと?モフモフ召喚士の使命を放棄して?


それだけの何かがあった、ということ?


「サチはしばらくこちらで暮らしたいと言った。一度受け入れた以上、わしらは無理に追い出すこともできなかった。」


サチはとても気さくで、エルフの里にもすぐに溶け込んだという。子どもたちと仲良く遊び、こちらの生活にも馴染んでいった。


「わしらは正直、不安でもあった。モフモフ召喚士がここにいることを知れば、人間が大挙としてエルフの里に訪れるのではないかと思ったからだ。人間が容易にはここまてたどり着けないとはいえ、森で暴れられれば、わしらとしても対応をせざるを得なくなる」


しかし、その心配はある意味で杞憂だった。

ある日、サチが里からふいに姿を消したから。

エルフのみんなはなんの断りもなく里を出ていったのかと思ったけれど、そうではなかった。


森の奥の方で動物たちが騒いでいた。そちらへと向かうと、とある木の根もとにサチはいた。幹に体を預けるようにして、座っていた。声をかけても反応がなく近づいてみると、サチは死んでいたという。


「え?」

「自殺だった。隠し持っていたナイフで手首を切っていたようだった」


サチはここで自殺をしたと言うの?どうして?

サチはモフモフ召喚士の使命から逃れてここにやってきたという。

ということは、こちらに来てから何か辛いことがあったということ?そして最終的には自殺を選んだ。

何か、しっくり来ない気はするんだけど。


「それ、本当なんですか?事件や事故では本当になかったんですか?」

「エルフの森には人を襲うようなモンスターはおらず、エルフがサチを自殺に見せかける必要もない。何よりも傍らに置かれた遺書が自殺であることの証拠でもあった」

「遺書?なんて書いてあったんですか?」

「自分をこの地に埋めて欲しいと書かれてあった。そして、埋葬が終わったら、このことを王都に伝えてほしいとも。書かれてあったのはそのくらいで、自殺の動機となるものは一切なかった」


ますますわたしの頭は混乱してしまう。サチが何かから逃げてきたのなら、わざわざそのことを人間側に伝えようとはしないはずだけれども。


「わしらはその指示に従うほかなかった。一般人ならまだしも、サチはモフモフ召喚士だ。人間にとっては替えの利かない存在であることは重々承知しておる」


エルフの使いが王都へと向かい、事のあらましを国王へと伝えた。驚いた様子ではあったものの、そこまでの混乱は起きなかったようだった。

エルフを責めることもなく、サチのお墓についてもこちらに作ることを認めた。


モフモフ召喚士が亡くなったにしては、結構あっさりとした対応にも感じられる。エルフと戦争とまではいかなくても、もっと衝撃を受けるものだと思うのだけれど。


「サチのお墓を見たいということで、国と教会の関係者を一度だけ受け入れたことがある。そのときも彼らは淡々としたものだった」

「別人のお墓だと、疑ったりもしなかったんですね」

「ああ。ただひとつ、妙なことは言っておったな」

「妙なこと?」

「教会の教皇らしき人物がこう呟くように言っておった。これが『道』なのか、と」

「道?どういう意味ですか?」

「いや、わしも詳しく聞くことはなかった。人間とのやりとりはなるべく避ける習性があったからの。気にはなったが、その日のうちに帰ってもらうことを優先した」


いまの話を聞くと、国や教会の中には、サチの自殺を不思議に思わない人も多いことがわかった。

つまり、自殺の動機に、思い当たるところがあったということ。


それにしても、『道』とはなんだろつ。そこにどんな意味があるのだろう?

いまの教皇に聞けば、わかることなのかな。


「アリサ殿は違うわけだな」

「え?」

「ここに自殺に来たわけではないのだな」

「も、もちろんですよ。そんなことするわけないじゃないですか。こうして仲間もいますし」


わたしは手で他の三人を示した。


「サチはたしかにひとりだった。しかし、自殺をするような悩みを抱えているようにも見えなかった。わしは彼女と二人だけで何度か話したことがある。そのときも、異変のようなものは一切感じられなかった」

「サチは、どんな人だったんですか?」

「顔にはあどけなさが残っていたが、どことなく大人びているようにも感じられた。話しているとき、わしのほうが当然彼女よりも数倍長く生きていたが、それでもサチのほうが年上のように感じられることがあった。今思えば、だからこそおかしいと、わしが感じ取ってあげるべきだったのかもしれんな」


全く想定していなかった先代のモフモフ召喚士の情報がここで得られた。


サチの行動には何か、特別な訳があったはず。わたしはそれを知りたい。知らなければいないと思う。

こうしてこのエルフの里にたどり着いて、この情報を得たこと自体が、運命のようなものだとわたしには感じられた。

どうにか百話まで到達しました。

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