調査
一度モフモフを呼んだことで能力が覚醒したのか、わたしはその後もモフモフを召喚することができるようになった。
最初は出たりでなかったりではあったのだけれど、何度も試しているうちにほぼ確実にモフモフを召喚することができるようになった。
それでもわたしには感慨みたいなものは、うまれなかった。あまりにもあっさりと召喚ができたし、モフモフ自体も特別なものには見えなかったから。ララのように魔法でも使えたのなら、話は別だったのかもしれない。
でも、周りの目人たちは違う。モフモフのビックウェーブが起きている。
覚醒から数日後、わたしは街のみんなにモフモフのお披露目をすることとなった。
教会前の広場に街のみんなが集まり、わたしはモフモフを召喚してみせた。
白くて丸いフワフワの生き物が地上に現れると、だれに命じられたわけでもないのにみんなが一斉に頭を下げて、とどろくような歓声が響き渡った。
「モフモフ様!」
「モフモフ様!」
「モフモフ様!」
「モフモフ様!」
みんな土下座みたいな格好で、涙を浮かべている人すらいた。アイドルのコンサートみたいに黄色い歓声も上がって、興奮しすぎて卒倒する人もいたようだった。
モフモフのそばにいるわたしは、巨大な宗教組織の教祖になったような気分になった。いや、実際にそんな感じなのかもしれないけれども。
ひとつ気になったことがある。
みんなの注目ってモフモフに集まるんだよね。モフモフを呼んだとき、誰もわたしのほうは見ていなかった。
わたしのことを「フィオナ様」とか「女神様」なんて興奮気味に声を上げる人は、ひとりもいなかった。
これは仕方のないことかもしれない。わたしはフィオナじゃないけれど、モフモフはモフモフだから。モフモフはまさに伝説の存在で、それが現実に目の前にいる。過去をいまに伝えてくれるような存在が、本当にいたんだと感激している。
わたしが残念に思うほうがおかしい。
あれから色々と試してはみたものの、モフモフには実際、特殊な能力がないことがわかった。
モフモフはそこにいるだけ、軽く跳び跳ねて「キュー」と鳴くくらいしかない。わたしが「前に進んで」とかお願いしても「キュー」と鳴いている。
わたしのレベルが低いだけかもしれないし、もっと繰り返し呼んで心を通わせる必要があるのかもしれない。いまのところはわたしをモフモフ召喚士として証明するためのマスコットみたいな感じ。
それでもモフモフのお陰でわたしはがこの街の住人として認められたような気がしたのは確かだった。
街を歩いていると見知らぬ人から気軽に声をかけられるようになった。
みんな気さくで、わたしのことに敬意を表しつつも、ひとりの人間として扱ってくれた。いまのわたしは教祖の娘ではなく、アリサ・サギノミヤとして認められている。
それはわたしのほうも同じだった。
それまではこの街で暮らしているのも、どこか映画やゲームの世界の人たち、という印象があったけれど、モフモフを通して本物の人として見られるようになった気がする。
危険と紙一重のモフモフ召喚士ではあるけれど、モフモフ召喚士になってよかったのかなと思うことも多くなった。
「なんかアリサのおかげで、一気にここが明るくなった気がするね」
一緒に街を散策していると、ララがそう言った。
「ここは別に治安が悪かったわけじゃないんだけど、ダーナ教団の暗躍とか国境付近での衝突とか、不穏な空気は流れてくるからね。気づかないうちにどんよりと淀んでいたいたんだなって気づいたよ」
ララの表情もどこか晴れやかだった。いまは季節が春なのか、気温もほどよくて足取りも自然と軽くなった。
「わたしが世界を救うなんて、ちょっと考えられない。モフモフを呼んだだけなんだよ」
わたしが街のみんなに受け入れられたのはとても嬉しいことだけれど、どこかまだしっくりきていない感じも残っていた。
「モフモフ教を信じているかどうかに関わらず、ここには伝説が根付いているからね。アリサにしろモフモフにしろ、憧れの存在であることはたしかなんだ。まあ、記憶のないアリサには実感しづらいことなんだろうけど」
「モフモフに特殊な能力がないとわかったら、みんながっかりするんじゃないかな」
街のみんなが期待しているのは、フィオナと同じようなことをわたしやモフモフがやってくれるということ。
それはつまり、悪と戦うことのはず。
この世界の治安がどんなものかはまだわからないけれど、わたしやモフモフがモンスターや悪人をどうにかするなんて不可能だと思う。戦闘能力そのものがないんだから。
「実際にやってみないとわからないよ。たしかにモフモフはピョンピョン跳び跳ねているだけだけれど、モンスターの前に置いたらなにかするかもしれないよ」
「なにかってなに?」
「さあ。伝説だと、そのかわいさだけで相手を改心させる、みたいなことが言われてるようだけど、あたしも学がないからよくわからないんだよね」
そう言ってララは立ち止まった。わたしたちはちょうど教会前の広場にいた。
「ちょっと中に入って、リディアなんかにもっと話を聞こうか。フィオナの伝説について調べれば、モフモフの扱い方もうまくなるかもしれないしさ」
「うん」
わたしたちは教会の中に入り、リディアさんを探したけれど、どこにもその姿を見つけることはできなかった。シスターの人に話を聞いてみると、いまは子供たちに勉強を教えるために留守にしているという。
「どうしよっか。他のシスターも忙しそうだし、図書館にでも行く?」
「そんなものがあるの?」
「教会に付属したものだけどね。本部は王都にあるんだけど、こっちにも小規模なものが併設されてるんだ」
本来は資料の保管を目的としたもので、一般には公開されていないものだという。ただ、モフモフ召喚士であるわたしなら、許可をされるだろうとララは言った。
わたしたちがシスターにお願いすると、すんなりとOKをもらえた。そのまま案内をしてくれて、わたしたちは図書館内部に入った。
そこまでの大きな部屋ではないけれど、室内は書架でびっしりと埋まっていた。
モフモフ関連の本は少なめだと言う。
そういうものは王都の王立図書館にあるかららしい。
ここにあるのは主にエルトリアの歴史について。フィオナやモフモフの部分については王都のほうにすでに移されているようだった。
ただ、それでも資料がゼロというわけではなく、正式な資料とはいえないもの、質の低い写本や庶民が記した日記のようなものは残っているらしい。
「うーん、ありきたりな内容と言うか、漠然とした表現が多いね」
わたしはこちらの文字を読むことができるけれど、書かれたものはどれも具体性に欠けるものだった。
モフモフがどのようなことをしたのか、ということは詳しくは記されていない。
フィオナがモフモフを呼ぶたびに悪魔は心を改めた、みたいな感じが延々と続いている。
ララは本を書架に戻した。
「これ以上調べても無意味かもね。全部同じだと思う。王立図書館に行けばもっと詳しく書かれたものがあるのかもしれないけど、あっちは簡単には入れないからね」
「やっぱり、地道にレベルを上げるしかないのかな」
「そうだね。もし本当にモフモフにモンスターを改心させる力があるのなら、難易度の高いクエストも簡単にクリアできるかもしれないし、そうすればマイナススキルもあまり関係なくなるのかもしれない」
経験値がマイナス9割にもなるのなら、相当強い敵と戦わないといけなくなる。いまのわたしにはその勇気はない。
「ところでアリサ、記憶はまだ戻らないの?」
「あ、うん、まだ」
「もしかしたらさ、アリサって異世界人なんじゃない?」
「え?」
わたしは一瞬呼吸も忘れてララを見た。異世界人?
「フィオナも神として別世界からやってきたわけだから、十分にありえそうな気がする。あの格好もこっちでは見たことのないものだし」
そ、そういうこと。すごく焦った。わたしの正体がばれたわけじゃなくてよかった。
「わたしはどう考えても神様って感じしないよ」
「フィオナも結果、そう呼ばれてるだけかもしれないよ。もともとは一般人で、悪魔を倒したから神様と呼ばれるようになっただけなのもしれない」
わたしは実際に、単なる異世界人でしかない。なら、フィオナもそうだった?
もしかして、フィオナも地球人だった、とか?
まさか、そんなことあり得ないよね。だってフィオナは実際に悪魔と戦ったわけだから。
「あ、でも」
「ん?」
地球でもむかし、魔法を使えるような人はいたって聞いたことはある。いまではもう廃れてしまったけれど、それを復活させるために動いている人もいるとか。
お母さんがのめり込んだ宗教もそういう感じだった。失われた不思議な力を使えるという触れ込みで、信者を勧誘していたとか。
まさか、あれって事実だったとか?一般的には信じられてはいなかったけれども、もし地球人のフィオナが魔法を使える人だったら……。
「どうかした、アリサ。なにか考え込んでいるみたいだけれど」
「ううん、なんでもないよ」
深く考えたって仕方のないのとだよね。確かなのは、わたしには魔法なんか使ったことはないということ。
「ここにいたって成果はなさそうだね。そろそろ出ようか」
「うん」