後編。変化を始めた魔王の心と、可能性示す人の子と。
「た……ただ障壁を攻撃に転用しただけだってのに、
なんて痛みなんだ」
小刻みに震えながら、勇者ヒロエは自らの剣を拾おうとするが、
思うように体が動いてくれない。
「ぐ、うう。これが、ただの魔力障壁……?」
信じられないと言う表情のブレディアは、光る剣を
体を引きずりながら手に取る。
「う……動けない」
とっさに杖を全力で握り込んだシイガムは、得物を取り落とすことはなかったが、
そのダメージで体が動かなくなってしまっている。
「ぐ、ぬぅ。言葉に偽りなし、と言ったところでござろうか」
痛みにしゃがみこみながらも、ヒヒロカは一番障壁に近い位置でありながら、
最も反応が、ダメージ軽微に見え、魔王はまた驚かされた。
「ヒヒロカ。お前の術は凄まじいな」
「反応に困る言葉でござるな」
「ただの一撃。それが、今までの冒険で、一番ショックがでかかった。
一撃でここまで痛かったことなんて、なかったぜ」
なんとか剣を手に取って立ち上がったヒロエは、素直な感想を口にした。
「こんな戦いになるなら、セインタに残ってもらえばよかったなぁ」
シイガムは天井を見つめたままぼやく。
「今更遅いわよ、シイガム。で、魔王さん。
ここから先、どう戦うつもりかしら?」
「今のお前たちの様子を見て、だいたいの力加減はわかったつもりだ。
続けよう。途中で敗北の道を選び直してもかまわん、と伝えておくぞ」
「なめんなって、言ってんだろう、魔王ジジイ!」
ヒロエは、自らを奮い立たせるように気合をこめて魔王を睨む。
「折れておらんか。その心意気やよし。いくぞ、勇者ども」
かくて、魔王の一声で、戦いは再開された。
******
「そろそろ、終わりにしようぜ、魔王っ!」
ヒロエが吼える。勇者一行、全員疲労の色が濃い。
鎧やローブも傷だらけであり、戦いの長さと激しさを物語っている。
対する魔王は、未だに余裕の態度で立っている。
そう。魔王は玉座から立ち上がっているのである。
「たとえ茶番であろうとも、簡単に膝を折るのはプライドが許さない?」
シイガムが挑発的に言う。
「力を少し引き出してしまって、どこでやられたらいいのか、
わからなくなってしまったのだ」
「くそ、馬鹿正直にいいやがって……!」
歯噛みする勇者ヒロエ。
「ふうむ。お互い消化不良で終わる戦いであるのなら」
ヒヒロカが思考を巡らせている。
現状押されているのは自分たち、しかし魔王はわざとやられる路しかない、
それに納得できていないのは、ヒロエだけではないと、戦ううちに理解した。
「どうしたの?」
ブレディアの問いに頷き言葉を返すヒヒロカ。
「どうせどちらも消化不良で終わるしかないなら、
どういう形でこの茶番を終わらせたらよいものか、
と考えていたのでござる」
「それで? なにか案は浮かんだの?」
「たった今、閃いたでござる」
力強く頷いて答えたヒヒロカは、
「聞かせて見せろ」
そう魔王に促され、誰も予想しなかった答えを返した。
「『某たちが魔王を追い詰め、大賢者殿が魔王を封印した』
と言う物語を、持って帰ると言うのはどうでござろう」
「なに?」
一番に目を見開いたのは、魔王だった。
「魔王を封印する?」
「どういうことだ、それ?」
「大賢者殿は神出鬼没で知られるお人。
ならば、この場に突然現れたとしても、誰も驚くまい」
「それで、この魔王を封印して、またどっか行っちゃったーって言うの?」
きょとんとシイガムが尋ねる。さよう、と頷くヒヒロカ。
「たしかに。お互い消化不良で終わるのなら、
どちらも被害なく終わる、と言うのも一つの道か。
封印。考えたこともない決着の手段だ。
ヒヒロカ。お前には、ここで向き合ってから驚かされてばかりだな」
誰もこの決着の物語に異を唱えないことで、
魔王は大賢者によって封印されたと言う、勇者の物語が成立した。
「魔王が牙をむかなくなると言う事実だけがあればいい。
倒したかそうでないかは問題ではない、か。
面白いな、人間と言うものは。これまで無数の勇者と戦って来たが、
こんな決着の付け方は初めてだった。誰も死なずに終わったのも、な」
魔王は、小さく口角を上げる。それに勇者一行も、微小を返した。
「じゃあな魔王。後ろから打つなよ」
「大賢者として、人間を見たせいかしらね、そんな風になったのは」
二人がそう言って魔王に背中を向けると、残る二人もそれに倣った。
「はぁ。生きた心地がしなかったぁ」
「魔族とは、こんなにも忍耐と慈悲の深い生き物だったんでござるな。
主や皆の衆に伝えることも、また一興か」
まるで、なんてことのないトラブル解決の帰りかのように、
勇者一行は魔王の間から去って行く。
魔王の間の扉が、再び重たい音を立てる。
そして、魔王は杖を横に振る。
すると、今度は無数の玉が出現した。
「勇者たちが城から出る。ギーガヨルムンアイCが奴等の姿を捉えたところで、こちらに戻って来い」
『倒されて、ないんですか?』
フィーラが玉に移り、第一声は驚きの表情のこの言葉だった。
「ああ。人間の一人が思いもよらない提案をしてきたのでな」
『それは、いったいどんな?』
「戻って来たら話す。フィーラ、お前も驚くだろう答えだ」
『かわりましたね、魔王様。そんな、もったいつけるなんてこと、
しなかったじゃないですか』
「そうか。そうだったな」
フィーラの言葉で己の変化を自覚し、魔王は知らず微笑する。
『これは早く戻らないといけませんね。
わたしはそこまで転移魔法で移動すれば済むことですから、
勇者一行に気配をさとられることはないでしょう」
「余韻と言う物を味わわせてはもらえないものだろうか」
『あら、そんなことまで言うなんて。徐々にですが、
感性が人間に近づいてませんか、魔王様?』
微小交じりに帰されたフィーラの言葉を、「そうかもしれん」と
神妙に考え込んでしまう魔王であった。
『それでは、これから戻りますね』
そう言うと、玉の映像からフィーラの姿が消えた。
「人間……か」
相変わらず騒がしい、魔王の間の宙に浮かぶ無数の玉の音を聞きながら、
魔王は街宣への道を行っている、おかしな勇者たちのことを考え始めるのだった。
とある世界に、神によって強く作られ過ぎてしまった種族がいた。
彼等は神から、その力を制限するように言いつけられている。
そして、自分たちからすれば遥かに性能の劣る生き物、
とりわけ人間と言う種族に対して、彼等の都合のいいように
立ち回ることを強いられている。
しかし、それでも。
その王は、人間として世界を見て回り、予想もつかない思考に出会い、
人間と言う物の見方が、自分の中で変化していることを知り、
また人間の方にも、僅かではあるが既成概念にとらわれない、
そんな存在がいることも知った。
もしかしたら、いずれ。
いつになるかはさだかでなく、そうなるのかもわからないが。
人間と魔族が、戦う以外の向き合い方を始める日が来るかもしれない。
そんなことを考えて、そんなことを考えた自分に、
王は、呆れた自嘲の笑みを浮かべた。
どうしてこうなった。