中編。真実の暴露と吐露する魔王。
「冷静組みとも言うべき、君とヒヒロカは流石と言うところか」
「んうう! サイコウおじいちゃんの振りして、なにがしたいのよ魔王っ!」
先ほどよりも強く、地面を杖の石突で叩く少女。
「そうだな。いい加減答えを出すとしよう。
これを君達が信じるかはわからないがな」
「で、答えってなに?」
むくれた表情で、少女は睨み付けながら問いを投げつけた。
「勇者ヒロエ。戦士ブレディア。魔法使いシイガム。忍者ヒヒロカ。
たしかもう一人いたはずだが、聖魔法使いのセインタだったか。
彼女はどうした?」
「あいつは途中で、俺達のパーティに補助や回復魔法がいらないとわかって、
みんなで話し合って離れてもらったんだよ。くっ、
知ってる奴の見た目してるせいで、つい話しちまった」
悔しそうに掃き捨てるヒロエ。
「なるほど、賢明な判断だな。
最終的に四人になった君達は、勇者パーティとして、
魔族の起こす困難を解決し、ここ魔王城までやって来た。
魔族とは、魔王とは、人間にとって脅威であるがゆえ、
それを退治してほしい。それが君達がここにいる理由だったはずだな」
驚きに言葉が出ない勇者一行。しかし、魔王の言葉は止まらない。
「その脅威は、どうだろう。大した被害も出しておらず、まるでその場その場で、
君達のためだけに問題が発生しているかのような、
綺麗にして不自然な運びではなかったかな?」
「な……た、たしかに」
「ヒロエ! あなたまで魔王の言葉に惑わされて!」
「考えてみたまえシイガム。これまで自分たちの冒険が、
どれだけ楽であったのか」
「……言われてみれば。物足りないぐらい、あっさりここまで来た」
「……まさか。わたしたちは、導かれていた?」
驚きを含んだ静かなブレディアの声に、魔王は拍手する。
「魔法が苦手であるのがもったいない聡明さだな、ブレディア。その通り。
我々魔族は、ゆえあってこの茶番を演じる道化なのだ」
「茶番、ですって?」
竜牙の杖を強く握り、金色の瞳で睨み付けるシイガム。
「我々、魔族。やはり、大賢者殿は……」
「本来であるなら、君達人間やその他生き物にとって、我々の力は脅威だ。
だが、その本領を発揮することは許されていない。そして勇者一行。
例年通りならば、君達には我、この魔王ネマジアルを倒す
と言う栄誉を与えることになる」
「なめるんじゃねえ!」
一歩前に踏み込みながら、ヒロエが吼えた。
「本気を出せない? 俺達に殺されてやる? 出せばいいだろ本気を!
手加減されて勝っても、微塵も納得できねえんだよ!」
「ああ、そうだ。我はお前と同じ気持ちを、
もう数えるのもバカバカしいほどの時抱えて過ごしているのだ。
その程度の怒りで収まるお前が羨ましい。我はもう、
怒ることさえめんどうになった」
「クソジジイが!」
ついに我慢の限界を迎えたヒロエが、怒りに任せた踏み込みで
魔王に切りかかる。
「なに?! オリハルコンソードを素手で、しかも掴んで受け止めた!?」
驚愕するヒロエたち。しかし、魔王は平然としている。
「この踏み込みの騒がしさ。流石モンスターの間で突進屋と言われるだけはある」
「や、かま、しいい! くっそ、びくともしねえ!」
「このまま折ることも、やろうと思えばできるが、どうする?」
「なめんな! 情けを賭けられるぐらいなら、へし折りやがれ!」
「いいのだな?」
「ああ、やりたきゃやれよ」
「そうか。んっ!」
魔王が剣を掴んでいた左手に力をこめると、
オリハルコンでできたヒロエの剣が、ミシミシと軋み始める。
「えっ?」
本当にオリハルコンの剣を、手で握り潰そうとする
などとは思っていなかったらしく、ヒロエの表情から力が抜けてしまった。
「どうだ? まだ間に合うぞ?」
力を少しずつ入れながら、確認するように言葉をかける魔王。
「……頼む! やめてくれ! 俺は、俺は!
こいつしか。剣しかとりえがねえんだっ!」
魔法はシイガムに勝てねえし、体術はヒヒロカに負ける。
補助や回復はセインタに任せっきりで使えやしねえし、
頭もシイガム並みだ」
「ちょっとヒロエ、さりげなくあたしをバカって言うのやめてよね!」
「この剣も俺一人じゃ手に入れらんなかったっ」
「無視すんな!」
「そんな剣が使い物にならなくなったら俺はお荷物だ。
お荷物勇者なんだよっ!」
懇願。勇者からの全力の懇願。
「それでいい」
満足げに頷くと、魔王は力を緩め、ついでに左手で突きを放ち
「ぐあっっ!」
ヒロエを殴り飛ばした。
「体を一切動かさず、肘のバネだけの拳で
勇者殿を突き飛ばすとは……」
「どこかヒロエの突撃にはむりがあった。
常に前に出て、俺がやらねばならないとばかりに、
全ての戦いを自分一人で収めようとしていた。
土壇場で弱さをさらけ出す、それもまた強さと言うものだ」
「あなたは。本当に魔王なんですか?」
驚き、困惑しながら問いかけるブレディアに、あっさりと魔王は頷く。
「ああ、魔王だ。この城のこの間に一人だけいることが、なによりの証拠」
「それにしては、人間のことを考えすぎていませんか?」
「そうだな。人間に振れて来たことで、
肩入れするようになっているのかもしれん。
特にお前たちのような強者は、一時我の不満を忘れさせるからな」
「不満?」
「昔は、この世界を滅ぼそうと思ったことがあった。
人間など、我々にとっては驚異でもなんでもないからな。
だが、ふと思ったのだ。役割を無視して世界を滅ぼしたとして、
我々はどうなるのか。我々になにが残るのかとな」
「役割?」
「そうだ。我々は誤って強く作られすぎてしまったのだろうと、我々は考えている。
そして、そんな我々に課せられた役割とは、
我々に向かって来る者、人間たちへ、魔王を倒すと言う事実を与えることで
平和を実感させること。
魔物の強さは、どうやら人間の根源に刷り込まれているらしく、
絶対に勝利できない我々を、名前を聞いただけでも
脅威だと感じるようになっているようだ」
「なんだかまるで、全てが何者かに仕組まれているかのような物言いでござるな」
「なあもおお! なんであんたら頭つよつよは、そうやって魔王なんかと
真剣に話し合ってるのよっっ!」
「自分で頭が悪いって認めちゃうのは、お姉さん悲しいなぁって、
いつも思うんだけどなぁ」
「うるさいなぁ! あなたたち二人言ってること、けっこうわかんないんだもんっ!
こういうしかないじゃないっ!」
石突を地面に何度も叩きつけながら、シイガムは
癇癪を起こしたように騒ぎ出す。
「人間たちよ。我は常に、ここへ向かって来る勇者には選択を与えている」
騒ぐ少女にはあえて構わず、魔王ネマジアルは言葉を紡ぐ。
「選択肢だと?」
情けない姿をさらしてしまい、かっこうが付かなくなったものの、
強気な態度をなんとか持ち直したヒロエの問い。
「そうだ。我を倒して平和を齎す英雄となるか、
それとも我と戦い敗北を持って帰るか」
「殺す、と言う選択はないのでござるな」
「許されていないからな、それは。禁を破った際になにをしてくるのか、
役割を与えた存在は、我々に伝えてはいない。我々とて、
未知は恐ろしいものなのだ」
「俺は……」
ヒロエは、考えながら仲間たちをぐるりと見回す。
「覚悟を決めるから、少しだけ待って」
申し訳なさそうに首を振るブレディア。
「あたしは倒す方を選ぶわよ。たとえほんとに倒せないんだとしても、世界の人達が安心してほしいから」
「よほど勇者でござるな、魔法使い殿は」
「俺を見ながら言うなヒヒロカっ! で、お前はどうなんだ?」
「同じく、倒す方を選ぶでござる。それが主からの命でござるがゆえな。
ただし、大賢者殿にはなるべく力を発揮してもらった果ての勝利を、
某は望むでござる」
「そっか。そうだな。よし」
ヒヒロカの言葉で動かされる物があったのか、ヒロエの答えが決まったようである。
「俺もヒヒロカの方式での勝利を望むぜ。ブレディア、戦えるか?」
「ええ。覚悟、決まったわ。大丈夫。剣は、折れない」
言ってブレディアは、左腰の剣に手を添えた。
「そうか。だが、気を付けろ人間たちよ」
「なにをだ?」
「一度たりとも、我は力を引き出しながら戦ったことがない。
死ぬなよ」
「魔王に気遣われる勇者。これ以上の恥はさらしたくねえがな。
みんな、いくぞ!」
「うん!」「ええ!」「応!」
そうして魔王初めての、力を引き出しながらの戦いが始まった。
「だらーっ!」
再び突撃するヒロエ。再び魔王に左手で受け止められる。
続けてブレディアが剣をスラリと抜く。その色は鎧と同じ純白。
「剣に眠りし光よ。目覚めその力を我等に示せ」
言葉の直後、剣身に淡く青い光を纏った。
「たしかそれは、オブダマタイトの剣)つるぎ)、光の魔剣だったか」
「我が家の宝剣。あなたを倒すために使うことを許された物よ!」
よ、と同時にブレディアも踏み込む。素早く突風のような踏み込みから繰り出される一撃は、
魔王の虚を突いた。
「ーー受け止められた?!」
「予想以上に素早いな。あやうく一撃もらうところだった」
右手に持っているオリハルコン製の杖の宝玉部分で、
なんとか弾き上げることで、攻撃をいなした。
「二人ともどいて!」
シイガムが叫ぶ。それに弾かれたように、魔王前の二人は左右に飛んだ。
「竜牙の杖。詠唱不要、威力の上昇、
そして短剣としても使える武器だったな。
竜牙の杖で魔法を使う際に吸われる魔力量を、
自身の扱える魔力が超えていなければならない物だが、なるほど。
だてに勇者一行ではないと言うことか」
「喰らえ! ブレイジングアース・リューガ!」
竜牙の杖の先端、両刃剣のような部分が紅に染まったかと思うと、
灼熱を伴って、竜の形の巨大な紅の魔力が、魔王を喰らうが如く突撃した。
炎魔法最上級、ブレイジングアース、
それの竜牙の杖の力を利用した物である。
「どうよ、魔王!」
「流石の威力、と言っておこう」
炎が消えた後、魔王を玉座ごと包むように、透明な球場の幕が生まれていた。
そして三度の斬撃で微動だにしなかった魔王の体勢が、
縮こまるように変化していたのである。
「ダメージはなかったけど、慌てさせることはできたみたいね」
勝ち誇るシイガムだが、ノーダメージなことに変わりはない。
畳みかけるように、大きく、静かに息を吸ったヒヒロカが、
「龍」と言いながら、右手を、小指を相手に向けた状態で開き、
「虎」と言いつつ左手の指を、三本立てた状態で、同じように開き、
「合一」と言いながら両手を、音を立てずに打ち合わせ、
「両白」と言いつつ、右手を鎌首をもたげるように空へと延ばし、
足を肩幅まで開き、左手は獣の爪のようにして相手に向ける。
「転自」で左手を下腹部に、右手を額の前に持って行き、
「来降陣」の「陣」で、上下から両手を胸の前で打ち合わせ、
その手を更に組んで、意識を集中させた。
すると、ヒヒロカの全身を白い光が走る。
光が消えると、少女の瞳は赤黒く変化し、
手足を包んでいた靴と手甲も、同じ赤黒にかわった。
「てっきり装束が白くなると思ったが、外れたようだな」
「転自来降陣。我が家に伝わる身体強化の奥義。どこまで通用するか」
言うが早いか、少女は既に魔王の眼前に迫っていた。
そして、未だ展開中の幕、魔力障壁へと拳を打ち据える。
「なんとっ、この障壁を殴り割ろうと言うのかっ」
魔王は本当に驚いた。人間の拳一撃で、最上級炎魔法の、
更に威力を強化した物でさえなにも影響がなかった障壁に衝撃が走り、
僅かに身体が揺らいだのだ。
「こいつ。赤黒くなるといつもより更に最強になるからなぁ」
加勢する隙を見定めながら、ヒロエがぼやく。
その言葉選びに吹き出しそうになるのを、歯を食いしばって耐え、
その力を利用して剣を、届かない間合いで振るうブレディア。
すると剣身に宿った魔力が飛び、障壁に命中する。
「やっぱり、ダメージはないか」
困ったように呟くブレディアは、剣を構え直して気合を入れる。
「ふん! はっ! やーっ!」
重たい打撃を、一声に一撃、気迫を乗せて打ち据える。
そのたびに、ズンと言う激しい衝撃が障壁に伝わっている。
「まるでオーガだな。人間に、これほどの打撃を打てる者がいようとは」
かつてない人間からの衝撃に、魔王は驚愕している。
同時に、この者の強さは本物であると理解した。
「そうか。これほどの打撃を打てるならば、この程度の力ならば問題なかろう!」
魔王が動いた。
障壁を破るように両腕を斜め上へと勢いよく延ばしたのだ。
突然の動きに誰も対応できなかった。
魔王の動きによって障壁は弾け飛び、それは勇者たちに
攻撃となって襲い掛かった。
全員痛みに声を上げ吹き飛ばされる。
倒れた剣士たちの武器が床に転がり、高い乾いた音が魔王の間に響いた。
だが、誰一人として闘志は死んでいない。
魔王ネマジアルは、それをひしひしと肌で感じとっていた。