前編。悲しき強者たち。
「我々は、なぜこうも強者に生まれてしまったのだろうな」
ドクロのあしらわれた玉座に座り、宙に浮く無数の巨大な玉をぼんやりと見つめて、
一人の老人が、頬杖のように宝玉の付いた杖に顎を乗せて呟いた。
空中の玉の中では、赤い体に二本角を生やした配下が、荒々しく指示を出している。
『リレイヨルムンアイAから連絡! ゴブリンダンジョンA! 冒険者接近中!
アイテム配置、モンスター配置、後処理配置、間に合ってるな!
斬られ役、心の準備しろ! たとえ人間どもの武具とはいえ、斬られりゃ痛い!
後処理役! タイミングを間違えるなよ! 倒れてから数秒はなにもするな!
たとえどんな追い打ちを見ても慌てて転移させるなよ、
殺されたことで自然に消えたように見せるんだ!』
『新人地域へ連絡! ドラゴン先輩がそっちに向かってるぞ!
やられ役としての心意気と覚悟を見て学べ!
人間どもは、その地域にドラゴンが出たことで動揺するだろうが、
それに乗じて飛び出したりするなよ。お前らの不満はよくわかってるが、
不満解消しに行って死ぬのはバカらしい。
そっちへの強者の来訪は、冒険者の中でも
突出した実力の奴が現れたって連絡だ。
お前らスライムやゴブリン程度が出て行ったら、演技じゃなく
本当に殺される可能性が高い。
だがドラゴン先輩一人が芝居を打てば、
そいつはその地域を離れるってのが通例だ。
各種ヨルムンアイたちとの密な連絡で、命を守る行動を取れ!』
『ギーガヨルムンアイCから連絡! 勇者一行が魔王城から一理!
魔王城内! 久しぶりの勇者の来襲だ、抜かるなよ!
くれぐれもやられ役を演じてることを悟らせるな!
直属の皆さまもおねがいします!
アイテム配置班! 間違っても、分かりやすいところに、
人間どもにとっての最強武具を置くなよ。
あれは、かなり奥まった分かりにくい場所に置くもんだからな!
分かりやすいところには、デスウソトレジャーを配置しとけ!』
ギイイイイ。
魔王の間の入口の扉が、重そうな音と共に、ゆっくりと開く。
「魔王様。我々は人間や他の種族よりも、
全てにおいて強靭に作られております」
魔王の間に、そう言いながら入って来たのは、
長い耳を持つ、黒い衣に身を包んだ、緋色の瞳の美しい女性。
ゆっくりと閉まる扉は、部屋中に響くほどの大きな音を立てた。
「人ならざる姿をしたモンスター、人に近い姿をしたわたしたちのような
亜人や魔貴族、獣人たち。勿論魔王様も。
神はこの世界の生命のバランス調整に失敗してしまった、と言うのが
我々エルフ族に置いての見解です」
エルフの女性の言葉に対し魔王は、
「この分厚い扉越しの上に、この喧噪の中の我の独り言を、良く聞き取ったな。
と感心してから、一つ頷き言葉を続ける。
「我々が本来の力を発揮すれば、人間は愚か、世界すら滅ぼすことさえ容易い。
だが、神から言い使っていることは、我々と敵対している存在を
滅ぼしてはならないと言うことだ。世界の生命のバランスを保つことだ。
ゆえに、我々はずっと
人間たちをぬか喜びさせ続ける、道化でなければならないのだ。
神は、どうして我々魔族を、こんな強くしてしまったのだっ。
くっ。もうこの愚痴を、何度吐き出したかわからん」
老人、エルフの女性から魔王と呼ばれたその男は、悔しさに杖を握りしめる。
すると鈍い灰色の、金属でできていると思われる杖は、
グググと軋んだような音を立てた。
「流石魔王様。わたしたちエルフと違って膂力も強い。
オリハルコンの杖を、素手で軋ませることができるのは、
世界広しと言えどもあなただけです。
だからこそ、その力を満足に振るわせてもらえない歯がゆさは、
わたしたちとは比べ物にならない。
何度も強すぎる自分たちへの愚痴をおっしゃられてるところからも、
よくわかります」
「フィーラ。お前がこの城にいてくれなければ、
我はとっくに発狂している」
「聞き上手、と言ってくださってるんですよね」
微笑交じりに答えるエルフ、フィーラ。
魔王はその言葉に、ふっと軽く口角を上げた。
『ギーガヨルムンアイDより連絡! 勇者一行、間もなく城へ突入とのことです!
フィーラ様、配置に!』
「わかりました。いつも世界の状況監視と適格な采配、
感謝しています、オーガの皆さん。
では、魔王様」
そう言うと、エルフの女性フィーラは会釈する。
「フィーラよ。お前は魔王直属の近衛師団だ。
力をもう少しぐらいは出してもよいのだぞ。
常に一割程度しか力を使えていない、お前の魔力の気配を感じとっていると、
気の毒でな」
「お気遣い、ありがとうございます。
彼等は魔王様の見立てでは、これまでに比べても強者とのことでしたね。
それなら、もう少しは魔力を開放しても大丈夫でしょうか」
「おそらく、二割程度までは出しても問題ないだろう。
我が出会って以後、彼等は成長している可能性が大きいからな」
「覚えておきます。調整は実際に彼等の力を見ながらですね」
「ああ」
もう一度会釈してから、フィーラは背を向け魔王の間を出て行った。
再び、魔王の間に扉の閉まる音が重々しく響いた。
***
『魔王様! 勇者一行、そちらに向かっております!』
「わかっている。通信を一時止める」
『わかりました。ご注意を、強いですぜ 奴等は』
「ああ、気配でわかる。あの時よりも成長していることはな」
『武運を祈ります』、オーガがそう言ったのを合図にするように、
全ての玉の音と映像が消えた。
耳鳴りが起きるほどの静けさが訪れた魔王の間。
それを確認すると、魔王は横一閃杖を振るう。
すると、無数にあった中空の玉が、全て忽然と姿を消した。
玉を転移させたのである。これもまた、彼等のお膳立ての一つだ。
聞こえるのは、数個の靴音。血気盛んにこの部屋に乗り込んで来る、
勇者たちの足音だけだ。
「きたか」
杖を握ったままで玉座からも立ち上がらないが、
魔王は、その短い一言で戦いへと心を切り替えた。
「覚悟しろ魔王!」
激しい音と共に勇ましい声が部屋に響き渡った。
青年が纏うのは白銀の鎧。胸に黄金の太陽をあしらい
肩に黄金の盾の紋章が描かれている。
背中の赤いマントには、緑の大地と青い空、押し寄せる白い波しぶき。
世界を背負って戦う者、勇者のみが装備できるとされる
伝説の鎧である。
「待って!」
我先にと部屋に飛び込んで来た青年、
それを薄手の純白鎧を着た女性が呼び止めた。
「魔力は強大になっても、騒がしいのはかわらないな」
知人に対する態度そのもので、魔王は
次々と入って来る人間たちに声を書けた。
「どうして。どうしてあなたがこんなところにいるんですか。
大賢者サイコウ・ノウレッジ」
驚愕したのは、青年を止めた女性。
「騙されないで。魔王が姿を変えているに決まってるわ」
もう一人、黒いローブを着て三角帽子をかぶった、
両刃剣のような先端をした杖を、魔王に突き付けた少女が、
敵意向き出しで叫ぶように言った。
「纏う気は、大賢者殿と瓜二つ。簡単にここまで変化できるものだろうか」
勇者一行最後の一人、目以外を赤い衣で覆い、
拳には黒い鉄製の手甲を、足には黒い靴を履いた少女が、
魔王をしっかりと見つめて考えるように呟いた。
「鋭い者もいるな。さて、君達に問題だ」
魔王は城を出て、人間として世界を暇潰しに放浪する際の姿、
大賢者サイコウ・ノウレッジとして、勇者たちに接している。
これで彼等がどんな反応をするのか、それを眺めることを、今回決めていたのだ。
「君達はどうしてここまで、一度も行き詰ることなく、
なおかつ無敵無敗で来られたと思う」
「なんだと?」
「どうして、って。あたしたちが強かったからでしょ?」
「ふむ。では次の問題だ。なぜ普段地域に現れないモンスターが、
まるで君達の実力を周囲に見せつけさせるが如く、一匹だけ現れたと思う?」
「流石大賢者。わたしたちの冒険を、全て知ってるのね」
「偵察、にしてはその後がお粗末……。
某は、途中で勇者殿らに加わったゆえ、
その話しは顛末を知らぬが、地域外に一匹だけ出て
その後なにもないのはおかしい」
「違和感を覚える者がいるのはいいことだ」
「じいさん。いったい、俺達になにを言いてえ」
睨み付ける青年を、鎧の女性が腕で制する。
「では次だ。魔王と呼ばれる存在の直属魔族が、なぜこれほどに脆弱だと思う?
他の下級のモンスターと殆どかわらぬ強さで存在していると思う?」
「だから、それはあたしたちが強いからでしょって」
少女が杖を床に何度も打ち付けながら、、いらだっていると
表情にも声色にも出して言う。
「強い装備品が、簡単に手に入ったのも……考えてみれば
なんだか面妖でござるな」
「お前ヒヒロカ! じいさんの言葉に流されんのか?」
「ヒロエ、落ち着きなさいよ。サイコウさん。
それほどわたしたちに違和感を感じさせて、なにを導かせるつもりなんですか」
「ブレディアお前までっ! なんでこんなとこで質問大会なんてやってんだっ!」
いきり立つ青年ヒロエを、なおも腕で制する鎧の女性ブレディア。
そんなブレディアの様子と問いかけを、魔王は頷いて聞き、
話を続けた。