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女狂戦士カラナィア

「彼の国」の女王デルフィナが私室にて寛いでいると、扉が激しくノックされた。



「デルフィナ頼む!かくまってくれ!」


「父上、いかがなされました?」



銀の長い髪に痩身の美しい壮年の男。

先代国王ダイオスが珍しく焦ったように助けを求めて来た。



狂戦士の国の元王としては物静かで、常に微笑みを絶やさないホワホワとした雰囲気を持つ彼の珍しい緊迫した表情。



「父上…まさか…伯父上が…」


「そうだ、サーリオンが帰ってきた!」



サーリオンは女王の母の兄にあたる。


女王はアンドリューが重篤者なので忘れていたが、伯父もかなりアレな病気だ。



遠くから声がする。



「カラナィア~!ダイオス~!我が妻よ~!」



「父上…フッ…

触れて貰えるだけ、幸せなんじゃないですかねぇ?」



女王は父の肩をポンと叩き意地の悪い笑みを浮かべ、部屋の扉を開いた。



「サーリオン伯父上、父はここだ」



「デルフィナ!父を見殺しにするのか!」



胸に獅子の彫刻の施されたド派手な金色の鎧を身に付けた、体格の良い金髪の男が走って来る。



「おお、デルフィナ相変わらず美しい!

で、我が妻は?」



「今、ここに…あ」



女王と伯父、二人の目に、窓の枠に両手をかけ今にも窓から飛び出しそうな褐色の肌に深紅の髪を束ねた大柄の女の姿が飛び込んだ。

サーリオンが窓に向け手を伸ばす。



「カラナィア!愛しい君のために南方の国を落として来た!

戦利品として、君に似合うドレスや宝石も土産に持って来たんだよ!」



「冗談じゃないよ!アタイに構うな!」



女狂戦士カラナィアは城の窓の外、深い崖下に身を翻す様に投じた。


崖下に一度姿を消したカラナィアは、崖を跳ぶようにして現れ、そのまま姿を消した。



「父上、逃げたな。

…伯父上も…我が馬鹿夫に負けず劣らずですな…」



おいおいと半泣きになりながら、窓の外を恨めしげに見つめる伯父サーリオンに侮蔑の眼差しを向け、女王が呟いた。




20年前の事。



「彼の国」を治める若く美しい青年王ダイオスは、戦いを好まない心優しい王であった。



だが、侵略されるならば話は別。


「彼の国」の国王ダイオスもまた、狂戦士に変化出来る者であるのだから。



どの時代にも貪欲な輩は居るもので、「彼の国」の広い領土だけでは飽き足らず、戦場を駆ける美しい女狂戦士を手に入れたいと思う男どもが彼の国に幾度となく攻め入って来た。 


この日「彼の国」に攻め入って来たのは西方の大国

「獅子の国」


国王自らが軍を率いて、この地に来た。



「アタイに触れるんじゃぁないよ!」



女狂戦士カラナィアは大剣を扱う。


2メートルを越える身長の彼女は、背丈と同じ程の大剣を軽々と片手で振り回す。



風車のように大剣を回し、自身に近付く者を全て切り刻む。

降り注ぐ血に染まりながらカラナィアは恍惚とした表情を浮かべ、唇に血の紅を引いて妖艶に笑った。



カラナィアのまわりには刻まれた屍と肉片が散らばり、彼女の前に両の脚で立っているのは金色の髪に金色の鎧を着けた大柄な男一人となった。



「あとはお前だけだよ、獅子の王〜!」



ニタリと笑んでカラナィアが大剣を振り下ろす。



「お前も細切れになっちまいなぁ!」



「ふん!!」



「獅子の国」の王サーリオンは、カラナィアと同じ位大柄である。


金色の長い髪に、胸に獅子の彫刻の施された金色の鎧を身に付け、赤いマントを纏った一見馬鹿っぽい見た目をしているが、その力は本物で。

カラナィアと同じく大剣を扱う彼は、カラナィアの振り下ろした大剣を、自分の剣で受けて弾き飛ばした。


剣を弾き飛ばされ武器を無くしても、血を浴び興奮状態のカラナィアは止まらない。



「上等だよ!殴り殺させなぁ!」



カラナィアはサーリオンの胸に施された獅子の彫刻に蹴りを入れた。


その衝撃に僅かに後ずさったサーリオンは、兵士の屍に踵を取られて地に尻をついた。

すかさずカラナィアはサーリオンの胸に跨がり馬乗りになる。



「尻の下の獅子の鎧が心地いいよ!

ザマぁないね!」



サーリオンの胸に馬乗りになったカラナィアは、重い拳をサーリオンの顔面に何度も叩き込んだ。


サーリオンの顔面から飛ぶ血飛沫を浴び、更に興奮したカラナィアは顔を上気させ、その表情は艶を増し美しい。



「……惚れた」



血だらけの、ぼこぼこになった顔でサーリオンが呟いた。



「ははっ!抵抗出来なくなって命乞いかい?

ふざけんのも大概にしな!

アタイの国に足を踏み入れた時点で、お前の死は決定なんだよ!」



「俺は勝負に敗けてはおらん。

だがお前の美しさには屈伏せざるを得ん。」



「ハンッ!きたねぇツラで、何言ってんだか。

死ねばいいよ、お前!」



サーリオンの顔面に向けたカラナィアの拳がサーリオンの手の平で柔らかく受け止められ、拳を包む様に握られた。



「もはや国はいらん。俺の国もお前にやる。

お前一人が欲しい、俺の命以外の全てをやるから、お前を俺にくれ。」



サーリオンはカラナィアの拳ごと身体を引き寄せ、半回転するようにしてカラナィアを草の上に組み敷いた。



「本気だぞ?」



「…………あー…」



興奮が冷め冷静になったカラナィアは、ダイオスとしての感情を思い出した。


サーリオンに戦意が無い事、自分たちの周りに人の気配が全く無い事を確認した上で、カラナィアは変化を解いた。


サーリオンの胸の下から体躯の大きな女狂戦士が消え、代わりに銀髪の細身の青年が横たわっていた。



「なんと!」



目を丸くするサーリオンの下で、ダイオスが申し訳無さげに呟く。



「申し訳ありません…。

私は「彼の国」の王ダイオスと申します。

先ほどの赤髪の女狂戦士は私です。

…その…私は妻を娶る身ですので…

獅子の王のものにはなれないのです…。」



恥じらう乙女の様にもじもじと、馬鹿正直に国の秘密を話したダイオスに、顔面ぼこぼこのサーリオンが心を許してくれたのだとフルフルと震えた。



「ダイオス殿!そなたも美しい!

妻を娶る?そうか!

ならば、我が妹をそなたの妻としよう!

我が国もそなたに渡そう!」



「……………え?」



思考がついていかないダイオスはサーリオンを見上げたまま困惑している。



「俺はダイオス殿、あるいは赤い髪の女狂戦士、そなたの隣に居られるだけで良い!

そなたらの為に国を落として来よう、愛を捧げよう!」



「は……はは……」



ダイオスは渇いた笑いしか出なくなった。




後に、サーリオンは金髪の美しい女性を連れて翼竜で「彼の国」の城にやってきた。



サーリオンの妹「獅子の国」の王女マリアンナは、自分が狂戦士の国の王に貢ぎ物として差し出されたのだと嘆いていたが、物静かで柔らかなダイオスの人柄と、その優しく美しい外見にも惹かれて恋に落ちた。



二人は夫婦となり、翌年にはデルフィナが生れた訳だが…。





「兄上、わたくしのダイオス様に何をする気でしたの?」



窓の枠に突っ伏しておいおいと泣いているサーリオンの肩に手が置かれ、慌ててサーリオンが振り返る。



「ま、マリアンナ…お、俺はカラナィアに土産を…」



青ざめた顔でしどろもどろに言い訳をするサーリオン。



「先日も、そのように言ってダイオス様の唇を奪おうとしましたわね?

アンドリューと違って、見境無い兄上はカラナィアでもダイオス様でも構いませんものねぇ?」



サーリオンの肩に手を置いた金髪の美女は、サーリオンの長い髪を掴むと無理矢理窓の枠から引き剥がし、ズルズル引き摺るようにドアに向かう。



「ごめんなさいね、デルフィナ…兄が馬鹿で。」



「いえ、母上……我が夫と良い勝負かと……」



女王は母と、母に引き摺られる伯父が部屋から出て行くのを見ながらため息をついた。




後日、母の命令により伯父は「西の大国」を落としに向かわされた。

いくら、かつて獅子の王と呼ばれた男でも、それは危険では?と母に尋ねれば



「死んだらそれまでの男だったって事でしょうよ」



と、随分とあっさりした返事が来た。


さすが、元「獅子の国」の王女である。



父は伯父から解放され、母の隣で安堵のため息をついていた。


なんだかんだと、毎回伯父は国を落として帰還する。


そして父を追いかけ回す。



我が、「彼の国」には強い男も強い女も揃っているが、



それでも色んな意味で一番恐ろしいのは、我が夫アンドリューだと


女王は思う。




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