想いの深さは伝わらない。ゆえに疑心暗鬼。
「アンドリュー?…何してんだ…?」
通り掛かったオブザイアが廊下で突っ立ったまま放心状態になっているアンドリューの頭に手を置いて顔を覗き込む。
アンドリューは目を開いてはいるが、何も見てはいない様で焦点が合ってない。
「なにか信じたくない出来事があったみたいだねぇ。傷付いてるかも知れないからさ、オブザイア、あんた介抱してやんなよ。」
アンドリューの側に立っていたシルヴィアンはオブザイアにそう言うと、ロータスの腕に自身の腕を絡ませながらクスクスと笑う。
「え?あ?…??ああ…何か硬直しちまってんな…怖いモンでも見たのか?こいつ。」
オブザイアは良く分からないまま返事をし、大伯母のシルヴィアンに言われて放心状態のアンドリューを荷物のように肩に担ぎ上げるとアンドリューの部屋に足を向ける。
「オブザイア!…えーと、デルフィナ陛下、悪いけど暫く城で世話になるよ。」
シルヴィアンはロータスを連れて、かつては自身が住み慣れた城の中を歩いて行った。
オブザイアはアンドリューを肩に担ぎ上げたまま少し離れた位置から声を掛けて来たシルヴィアンに頷き、アンドリューを連れてアンドリューの私室である元貴賓室に向かう。
アンドリューの私室に着いたオブザイアは大きなベッドにアンドリューを下ろすとベッドの縁に座らせ、放心状態のアンドリューと目線を合わせるように大きな体躯を屈めて、心配そうに再び顔を覗き込んだ。
「おいおい、一体どうしちまったんだ?何を見た?さっきからブツブツ何を言ってやがる。心配しちまうだろうが。」
オブザイアの言葉に、焦点が合ってなかったアンドリューの瞳に意識が宿る。
心配だと言ってアンドリューの顔を覗き込むオブザイアの金色の瞳と目が合うと、アンドリューはオブザイアの首に腕を回し、オブザイアの唇に自分の唇を強引に押し付けた。
「!!!!っおまっ…!アンドリュー!!いきなり何しやがる!」
慌てたオブザイアがアンドリューの身体を離そうと、アンドリューの身体を押しやり引き剥がそうと試み、アンドリューは離されまいと強引に顔を、身体をオブザイアに押し付けてくる。
「な、な、何なんだ!いきなり!さっきまで呆けてたじゃねぇか!」
アンドリューがオブザイアに急に抱き付いたり唇を押し付けてくる事はある意味日常茶飯事で、慌てはするがそうそう驚く事ではない。
だが今日のアンドリューの態度はいつもの過剰なコミュニケーションといった雰囲気ではなく、訴え掛けるようにオブザイアに縋り付いた手を離そうとしない。
「…俺は!俺は、貴方が好きだ!デルフィナも愛している!俺は…!もう何度も、そう伝えているのに…!」
アンドリューは苛立ちを怒りに、怒りを悲しみに変え、いつまで経っても届いているのかが分からない想いをオブザイアに叩き付ける。
「いつまでも、いつまで経っても受け止めて貰えない!俺を受け入れたくないなら、ハッキリとそう言えばいい!!」
アンドリューは自身が愛されている事を頭では理解していたが、愛している者と結ばれない焦りが不安感となり、自分の想いの強さを軽く見られて拒絶されているかのような錯覚に陥っていた。
「お、落ち着け!アンドリュー!俺は、お前を嫌いなワケじゃねぇよ!デルフィナだってな、お前を好きだし、愛している!…らしい!」
迫るアンドリューの身体を押しやりながら、いつもと違うアンドリューの様子に戸惑うオブザイアは、アンドリューの身体を大きな身体で包み込むように抱き締めると、幼児に語るように話し出した。
「…あのな、アンドリュー…俺に抱かれたいと、妻になりたいと言ってくれるのは有り難いのだが…デルフィナに聞いているだろう?俺はお前を抱いてやる事は出来ん…。そういう身体の造りをしていないからな。それとデルフィナを妻にと言うならば、俺にではなくデルフィナ本人に言ってくれ。」
オブザイアはアンドリューを、興奮して暴れた猫みてぇだなと思いながら胸の内側に押さえ込むように抱き、フウと息を漏らす。
「…オブザイア殿は…俺を嫌いなわけではない…のですね…。好きでも無いし、愛してもいない。…そりゃ、最初は殺すつもりだった、よそ者の男ですしね…俺は…。」
…………何だって?
胸の内側からくぐもった声が漏れる。
「『デルフィナだって、愛してるらしい』…なんて、曖昧に言ってしまうんですね…貴方がデルフィナ本人でもあるのに…人格が別人のようでも、同じ人物なのだからデルフィナの本心も貴方と同じはずだ。そのオブザイア殿が、そんな言い方をするのじゃ…もう……」
抱き締めた胸の内側で、アンドリューの声が消え入りそうに小さくなってゆく。
アンドリューには似つかわしくない、弱気な態度と発言にオブザイアは焦った。
「ちょっと!ちょっと待て!いつものお前らしくないな!どうしちまったんだ!?また熱でもあるのか?……あ」
アンドリューの急な変化に、ひとつ思い当たったオブザイアは大きな大きなため息を吐く。
大伯母のシルヴィアンが去り際に言った台詞。
シルヴィアンと、お人形のような妖精のような儚い少年との関係。
それを目の当たりにしたのだと。
それがアンドリューに焦りと、自分は本当に愛されているのかと疑心暗鬼を生じさせた。
オブザイアは抱き締めたアンドリューの身体を少し離し、顔を合わせる。
アンドリューは、眉を八の字にして唇を噛んでいた。
「泣きそうなツラすんなよ、アンドリューよぉ。あのな…上手く言えんが…俺はお前が好きだぞ?……上手く言えねぇのは照れだってあるだろうがよ、その辺は汲み取れや。」
アンドリューの顔を直視出来なくなったオブザイアは顔はアンドリューと合わせたまま視線だけ外し、褐色の肌を赤く染める。
「照れ…って…何ですか?」
「照れは照れだろうが!好きだから好きだなんて、簡単には言えねぇんだよ!照れ臭くて、クソ恥ずかしいだろうが!」
「そんな感情、知りませんよ!貴方に会うまで人を好きになった事なんてなかったんだから!貴方が!初めて好きになった人なのだから!!それは今なら、デルフィナも含めてだと言える!!俺はオブザイア殿とデルフィナが好きだ!」
ど直球過ぎてますますアンドリューの顔を直視出来なくなったオブザイアは自身の顔を手の平で覆う。
「俺はもう…オブザイア殿に抱いて欲しいなんて言いません………デルフィナもオブザイア殿も、抱きます。」
「……………何だって?なに、ふざけた事を言って…」
ヒクッとオブザイアの唇の端が引き攣る。
「ふざけた事を言ってるのは、そっちだろう!!俺の気持ちを!どんだけ軽く見てるんだ!!」
アンドリューはオブザイアのうなじに手を回し乱暴に髪を掴むと、痛みに顔を歪めたオブザイアの唇に噛み付くような口付けをする。
拒絶されはしなかったが、オブザイアのアンドリューを憐れむような表情を見てしまったアンドリューは大きく項垂れ、オブザイアから離れた。
「……すみません…暫く一人にさせて下さい…。」
アンドリューはオブザイアに背を向け、それ以降一言も話さなくなった。
オブザイアは何と声を掛けて良いか分からなくなり、無言で部屋を出て行く。
部屋の外に出たオブザイアは頭をグシャグシャと掻き乱した。
「あー!!!クソ!どうしろっつーんだ!!」




