9話
休みだからまあ出していこうかな
9話
《アレスタ2、テイクオフ!》
《アレスタ4…テイクオフ》
飛行機に乗ったことはない。私にとって初めての飛行はACSとなった。
エンジンが唸る。ACSが前に進み、スピードを出す。フラップが揚力を生み出し、エレベーターがより私を空へと突き上げる。高度をある程度まで稼いだあと、アレスタ2の横につく。
初めて見た雲の上から空は綺麗だった。戦争が行われている場所とは思えないほどに。これが戦場になるとは到底…。
《アレスタ4。俺から離れるなよ。お前はひよっこだ。忘れるな》
《了解》
《アレスタ2。護衛機を先に片付けろ。アレスタ4。お前はアレスタ2から離れるな》
《アレスタ2。ウィルコ》
《アレスタ4。了解》
アレスタ2に従って飛行していると、数十秒もしないうちに敵が見えた。レーダーも敵を捉え、フルフェイスアーマーのHMDに表示してくる。
《アレスタ2。エンゲージ》
《アレスタ4。エンゲージ》
急激にアレスタ2の動きが変わった。速い。私はただついていくので必死だった。しかし不思議なことにミサイルをそうそう撃たない。決定的な瞬間を狙っているのだろうか。少なくとも、今の私にはできない。これがドッグファイト、というやつなんだろう。
しかし高機動を繰り返すアレスタ2にとにかくついていく中で、少しずつだけど慣れが出てきた。HMDの時刻を確認してみるが、作戦時間はたったの2分しかたっていない。あれだけ追いかけていたというのに、まだ2分しかたっていないことに、体が震えた。どこまで私は戦えるんだろう。どこまでやれるんだろう。それ以前に、私は生きて帰れるのかどうかすら分からない。
瞬間、警報が鳴った。レーダーを照射されている。更にその数秒後、ミサイル警報が鳴り出した。
《…補足した。FOX2!》
《アレスタ4!ミサイルだ!ブレイクしろ!》
《ブレイク…⁈》
《回避しろって意味だ!》
《回避…!》
ミサイルはレーダーで見えていた。とにかく逃げた。息が荒くなる。心に余裕がなくなってくる。あの時の訓練と同じクラスのGを負っているだけにも関わらず、身体に対する負担が大きい。
《はぁッ…はぁ…ッ》
《アレスタ4!フレア・チャフをまけ!》
《フレア…⁈チャフ…⁈》
《落ち着け!アレスタ4!》
頭が真っ白になった。レーダーはただ無慈悲にミサイルの接近を告げる。これがお前の死であると。私にはもう戦う意思がなくなりかけていた。もう無理だ。私にできることはない。静かに死を待つしかないんだと。
ああ…でも、嫌だ。死にたくない。戦わなきゃ。せめてミサイルを…ミサイルをなんとかしなきゃ。
《アレスタ4!もういい!脱出しろ!アラート⁈ああクソ!こんな時に限って…!》
どうしたらいい?フレアもチャフも使い方がわからない。いや、聞いていたけれど頭の中が真っ白になっちゃって忘れてしまった。それでも、アレスタ2のような高機動を繰り返しながらもなぜか考えることだけはできた。
あのミサイルは何を頼りに私を追いかけてきている?母機誘導型?いや違う。さっき私を狙ってきたやつはどこかへ行った。間違いない。FAFだ。つまり欺瞞するにはフレアかチャフを撒く必要がある。でも私には分からない。他にミサイルをなんとかする方法があるはずだ。
《クソ!ブレイク!ブレイク!ヘッドオンからガンを使ってくんのかよ!》
《機銃…?CIWS!》
機体に装着されていた機銃を構える。ミサイルが接近する直前、急上昇した。そしてあえてエンジンを切り、エアブレーキをかけストール状態を作り出す。自由落下を始めた私の機体は下へと向かい、ミサイルは太陽に向かってすれ違う。一瞬だった。機銃をミサイルに向けて放った。何発かは分からない。ただ、この目で見た。ミサイルを…私は迎撃した。間違いなく。ミサイルは暴発し、レーダーからミサイル警報がなくなった。
直ぐに元の高度まで戻りアレスタ2と合流するつもりだったけれど、アレスタ2は既に3機の敵機と戦闘していた。ひよっこの私にとって最大の敵は気づかれることだ。ミサイルを撃ってしまえば…いや、レーダー照射をしてしまった時点で私は自分の位置を知らせてしまうことになる。
ふとイースデルタのACS乗りの話を思い出した。彼の父親はかつてジェット戦闘機という前時代の機体に乗っていた。だけど更に前の時代にはプロペラで動くレシプロ戦闘機なるものに祖父が乗っていたという。いわゆる代々続く空を飛んだ一族の話。レシプロ戦闘機が無くなり、お役御免になった祖父はジェット戦闘機、そしてACSへと世代が変わりゆく中、ACS乗りの孫にこんなことを言っていたらしい。ジェット戦闘機時代から続くミサイル万能論はいつか必ず無くなる。ミサイルすら古臭いと呼ばれ、戦闘機も機械が操る時代が来る。だがこれだけは覚えておくんだ。人が操る以上、機械が進歩していくのは止められない。だからこそ、機械に頼りすぎるな。いつだって自分の目だけが頼りなんだ…と。
レーダー照射は…切っておこう。相手にはヒットアンドアウェイを心がける。私が追いかけられたら勝ち目はない。敵のエンジンに数発入れば何とかなるかもしれない。
《アレスタ4。エンゲージ》
上空からターゲットを探す。私が狙うのはアレスタ2の背後を追いかけ回しているACS。一気に急降下で狙いをつける。レーダーは使えず、信頼できるのは自分の目と、腕に取り付けられているガトリングガン、そしてレティクルのみ。背中の翼に装着されたミサイルは発射できるこけおどし。大した戦い方もできない素人。そんな人間でも、狙えば当たる。いや、当てなければならない。
《当てる…!》
アレスタ2の背後をピッタリとついていた敵に向かって発砲した。レーダー照射が無かったからか、私の放った弾は主翼を穴だらけにし、出火あと直ぐに爆発した。おそらくハードポイントに追加されていた増槽に着弾したんだろう。私はすぐさま急上昇して雲の中へ入った。昔の話だけど、ジェット戦闘機のパイロットはかつて雲の中に入りレーダー照射から逃れたらしい。今の技術にも効くかどうかは分からないけど、しないよりはマシだと思う。
雲から抜けたあと、一機のACSがアレスタ2を追いかけているのが見えた。今度はアレスタ2が高機動をとっているせいでなかなか狙いが定まらない。そこで、あえてミサイルレーダーを再起動しレーダーを敵に向けて照射した。おそらく相手は驚いたはず。見えないところからのレーダー照射なのだから。更に当たることは期待せず、アレスタ2から離す目的でミサイルを発射する。
《FOX2…!》
一発のミサイルが敵に向かっていく。これで相手は回避を強いられる。残るはもう一機。どこに行った…?
《…レーダー照射!》
残る一機は私より高いところを飛び、更に背後へと回り込んできた。このままではまずい。追いかけられたら私に勝ち目はない。
《かくなる上は…!》
即座にエアブレーキをかけてコブラを発動した。初めてでコントロールを一瞬失いかけながらもなんとかコブラを維持する。そしてエルロンとエレベーターを使い相手の方向に向き直った私は、そのまま接近する。相対速度故に接近する速度は異常だったが、なんとか組み付いて機銃を胴体に向かって連射。蹴り飛ばした。敵は空中で暴発。パイロットは…無事ではないだろう。私は、この戦いで初めて人を殺した。しかし相手が殺しに来る以上、相手しなければならないのが現実だった。
作戦時間から15分が経過した頃、周囲にいた敵は撤退した。自分が生きていることに私自身驚いた。あんな戦い方をしてよく死なないなと思う。何よりあの瞬間は未だによく覚えている。今思えば…迎撃手段を思いつくまでのあれだけの思考を…私はやっていた。瞬発的なものであったとはいえ、なぜあそこまで短時間で結果を導き出し、そして実行に移せたのかは分からない。ただ運が良かっただけに過ぎないのかもしれない。しかし私が生きて帰ってこれたことに違いはない。これは揺るぎない事実だ。私がここに存在している証明でもある。
《アレスタ4。生きているな。アレスタ2。よくやった》
《何とかって感じでしたがね…》
《自分を信じろ。アレスタ4。君は着陸後、出頭し指揮官に報告しろ。私が先に向かう》
《アレスタ4、了解》
《こちら航空管制塔。着陸指示を行う。付近の機は指示に従って着陸せよ》
アレスタ2にならってなんとか無事着陸した私はACSから出た後、隊長の指示に従ってすぐに指揮官のいる司令室へと再び向かった。
私がもう一度入った司令室には先程の司令以外に何人かの士官と思しき人物らがおり、こちらを見つめている。やけに冷たい目だ。士官というのはどいつもこいつもこんな目をしているのだろうか。一方で指揮官は私を最初に見たときと同じ目でデブリーフィングを始めた。
「デュアル少尉。報告を」
「はっ。敵来襲により355飛行隊の全員が負傷。その後は直ちに発進し、敵機の撃退に成功しました」
「…よろしい。では、エリューシヴ特技兵が戦闘に参加した理由を述べよ」
「612飛行隊は欠員で元より3機。全員無事であった493飛行隊を含め9機のみでした。来襲したバンディットは16機。明らかに戦力不足です。エリューシヴ特技兵は、元々レディーナ教官より空軍訓練を予備役課程とはいえ受けていた事を考慮した上で、部下をつけました」
「その話はどこで?」
「教官本人より聞きました。正式にバイタルデータも見させていただいています」
「…エリューシヴ特技兵。君に1週間の謹慎を命ずる。連行したまえ。デュアル少尉。君にはまだ聞きたいことがある」
「はっ」
私は付近の兵士に従うほかなかった。せっかく営倉から出て来れたというのに、再び営倉送りとなった。私は指揮官に敬礼だけ返した後、素直に連行された。
「…君はどう思うかね?彼女について」
「アレスタ2…カクテルの話を聞く限り、かなり異質です。しかしパイロットに必要な素質は十分あるかと」
「異質とは?」
「教本にあるようなACSの戦い方とはかけ離れています。時にレシプロ時代の飛行機のような戦い方をしたと思えば、ジェット戦闘機に似た戦い方もする。不思議な少女です」
「ほう…」
指揮官は少し笑って窓から軍曹の方へ振り返る。
「ACS…エアー・コンバット・スーツはそもそもかつてのジェット戦闘機の戦闘能力をそのまま人型にまで小型化・高性能化したもの。確かに空戦機動…マニューバは不可能ではありません。しかしミサイルが主流の現在において、ドッグファイトを仕掛け、機銃を主に扱い接近戦を試みる。そんなパイロットは私でさえ見ることは少ない。残っているとすれば、ジェット機時代から乗ってきた古参兵くらいのものです」
「君から見れば、彼女はどうなると考えた?」
「…このままでは危なっかしいひよっこのままです。しかし訓練と実戦を繰り返せばレグストル空軍の歴史に残るパイロットになるかと」
「特技兵としての技能も顕著であったが、まさかあんな少女が素質を持ったとはな…。神は悪戯に人に力を与えているとしか思えん」
指揮官にとっても、エリューシヴの技能については驚くべきことしかなかった。たった数ヶ月でACSを修復する腕前を見せながらこの基地に残存しているレーダーを一人で修復し、更にライフラインの定期点検もこなす。確かに一人ではきつい仕事量ではあるものの、それらを捕虜として活動している間に普通にやっていたというのだから。おまけにACSパイロットとしての技量を併せ持つと来ている。
エリューシヴが一人いればほとんどの仕事を終わらせてしまうだろう。しかし、人間一人には限界がある。それが分からない指揮官ではなかった。
「処遇はどうするのですか?」
「決まっている。彼女には申し訳ないが…一時的に君達の部隊に預ける」
「一時的に、ですか?」
「少尉。君がそこまで評価するということは、彼女に期待しろと我々に言っているようなものだ。最終的な判断は上がする。だが彼女が1週間謹慎している間に、我々の手で防空編成をやり直さなければならん」
「1週間の謹慎は…つまりエリューシヴ特技兵を空軍へ編入し、我が基地の防空体制を整える期間、というわけですか」
「そうだ。この基地を戦力とする為には、まだ足りないものが多すぎる」
こうしてエリューシヴは空軍へと編入される並びとなった。1週間の間に防空体制が見直され、同時に基地レーダーの修復も続けられた。
そして4日後、輸送機から補給品と1機のACSが投下された。エリューシヴの空軍編入が認められた結果、上層部より手配された、ACSだ。
ここから本番だァ…。感想・お気に入りよろしくお願いします。気力回復に役立ちます。