7話
13話執筆中!アレ?間に合わない?
揚陸部隊が上陸してから30分が過ぎた。もう近くにまで来ている。私はゆっくりと食事を楽しみ、最後の自由な時間を過ごしていた。スマート端末も今はない。ただ食べて、時を待つ。機材も今や不用品となった。武器もない。抵抗して怪我するよりはマシだろう。
ガレージの周辺が騒がしくなって来た。ガレージの隙間からも沢山の兵士が見える。隠れる気も無かったので近くにあった固形燃料で湯を沸かし、コーヒーを淹れた。
「いい香り…。我ながらさすが」
砂糖もミルクもないのでブラックで味わった。同時に、遂にこのガレージも開けられた。銃を持った上陸部隊の隊員4人がこちらに来る。射殺されたっておかしくない。ならばと、私は死ぬまで最後のコーヒーを味わうことにした。
「…こちらアルファ1。敵を発見」
《アルファ1。状況を知らせ》
「敵…敵隊員と思われる女性あり。コーヒーを飲んでます」
《コーヒーだと?…気を付けろ。罠の可能性がある》
「了解」
「…何もないですよ。罠も。銃もない。手榴弾もありゃしませんよ」
「動くな!」
「ならコーヒーでも飲んでます。勝手にしてください」
そのあとはわらわらと別の隊員達も来た。何故か私を見て話しているが、何かしらの対応でも検討しているのだろう。一方、先に来た隊員らの1人は疲れた顔をしていた。おそらく新兵なんだろう。全く余裕がない。ただ銃をずっと大事そうに握りしめたまま離す様子が見られなかった。コーヒーだけはまだ沢山あったので沸いた湯を使ってコーヒーカップに淹れ、新兵らしき人物に近づいてみる。
「丸腰の相手に何をガタガタしてるんですか。貴方は」
「く、来るな!動くな!」
彼は震えながら私にハンドガンを向けた。
「はぁ…。どうぞ。飲んでください。多少は落ち着きますよ」
「い、いらねぇ!」
「別に毒なんか入っちゃいませんよ」
「おいアルファ2。落ち着け。銃を下ろせ。お前も動くな」
「く…くそっ…なめやがって…!」
「アルファ2!銃を下ろせ!お前も離れろ!」
「俺は…俺は弱くなんかない!俺は変わったんだ!」
「アルファ2!聞いているのか⁈」
「おいあいつ大丈夫か?止めた方が…」
「俺は力を持ってるんだ!誰にも負けない!誰も俺を殺せはしない!」
至近弾。初めて銃声を聞き、初めて撃たれた。痛さはなく、熱い。力が入らない。コーヒーもこぼれた。少しずつ意識が薄れていく。でも痛さがないことだけは、きっといいことなんだろうな…。
「アルファ2!貴様!」
「はぁっ…はぁっ…て…敵を…は、排除…!」
「排除じゃねぇんだよ馬鹿野郎!」
「アルファ2の武器を没収!拘束しろ!こちらアルファ1!上陸部隊本部!アルファ2が錯乱!基地に残っていた非武装の女性隊員に発砲!腹部に直撃弾!繰り返す!アルファ2が発砲!女性隊員の腹部に直撃弾!」
「この野郎!よりによって女に撃ちやがった!」
「拘束して輸送艦に放り込んでおけ!」
「衛生兵はどうした⁈」
「止血急げ!ここじゃ手術は無理だ!揚陸輸送艦まで運ぶしかない!」
「意識混濁!脈も危ない!だめだ。ここでやる!医療ユニットを急がせろ!シハティーナ衛生長を呼べ!」
「ドックタグを確認!エリューシヴ・ウェールズ特技兵!年齢は…14歳⁈まだ未成年だぞ⁈」
「馬鹿野郎!患者はどうした⁈」
「衛生長!」
「クソ…腹部に直撃弾。直ぐに手術する!」
「医療ユニット到着しました!」
「急げ!」
エリューシヴは到着したエースタシアの医療ユニットの中へと搬送されていく。一方、こぼれたコーヒーと共にエースタシアの隊員が組み伏せられていた。
「…はぁ。名目では敵であるとはいえ無抵抗。銃を持ってない。ナイフも手榴弾も無し。火薬反応も無い。防弾ベストすら着ていない。お前を考えて飲み物を差し出した人間。それをお前の敵とするなら、この世の人間全てがお前の敵だ。少なくともお前よりは気概はあった」
「隊長。早くこいつを」
「せいぜい死なないことを祈るんだな。死ねば虐殺扱い。捕虜殺害罪が問われる。まあ、生き残ったとしても捕虜殺害未遂だろうな。連れて行け」
「このクソ野郎!歩け!」
隊長ことアルファ1は医療ユニットを見つめた。内部ではエリューシヴの緊急手術が始まっている。ただ、自分の部下が発砲してしまったことが彼にとっての一番の罪だった。
発砲事件から3日後の朝。ようやくエリューシヴは目を覚ました。
「撃たれて…どうなったんだっけ…。見た事がある部屋だけど…」
思い出した。ここは基地の比較的綺麗な方の営倉だ。元は囚人用。あまりいいとは言えないけれどまだマシな方だ。下に多少の敷物が敷かれた上で私は寝かされていた。
「それとも、ここはもう天国か。もしくは地獄なのか」
「残念ながら天国でもなければ地獄でもありません」
営倉に入って来たのは左腕に赤い十字架の腕章をつけたエースタシアの隊員。食事を持ってきてくれたらしい。床に置くと、近くに置かれていた椅子に座った。
「エリューシヴさん。あなたが生きているのは奇跡に近い。偶然にも銃弾は急所を避けていました。弾丸も体内に残らなかった。ですが無理はしないで下さい」
「敵なのに助けたんですね」
「そこを突かれると痛いところでして。そもそもあなたは非武装。撃った我々に非があります」
「私も軍属です。放っておけば死んでいたでしょう。そちらにとっては良いカウントになるのでは?」
「…殺人はカウントされるべきものではありません。いいですか。あなたは非武装。更には何一つとして装備をつけず、罠もない。抵抗もしなかった。そんな状況下で我々の隊員はあなたを殺す気で撃った。これは明らかな捕虜殺害未遂罪です」
「…まあ、そうですね」
「少しあなたも自暴自棄になっていたのでしょう。戦争の経験もない14歳の少女には応える状況ですから」
ドックタグを見られたらしい。年齢が既に割り出されていた。食事を運んできた衛生兵はお大事にと言うとそのままどこかへ行ってしまった。営倉は開けっ放しだった。私が逃げないと踏んでのことだろう。事実、私が逃げる体力などはない。
食事を終えて腹部を見てみる。綺麗に包帯がされていた。血が滲むようなこともない。どこを撃たれたのかは分からないけれど健康に問題は無さそうだった。意外と動ける。私の持ってきた機材は近くに置かれていた。と言っても中に入っているのはせいぜいペンチやモンキーレンチくらいのもの。一応はんだごてと使わなくなった端材も入れてはあるが、武器になるようなものはまずない。それにわざわざ抵抗するつもりもない。死に急ぐ必要もない。
時間も分からないが、夕方頃あたりに3人の隊員が来た。食事を持ってきたわけでもない。銃を持った隊員達だ。
「エリューシヴ・ウェールズだな。話がしたい」
「修復した機材の数なら管理小屋に書類があります。そちらを見た方が早いですよ」
「その件は既に分かっている…今の状態だ」
「ああ…」
「あれは私の部下だ。まだ新兵なのだが、上陸部隊には不適格だった。申し訳ない。大事なかったのが奇跡だ…」
「初めて撃たれましたよ」
「本当に申し訳ない。この件はしっかりと上に報告する。二度とこのような事態を起こさないよう、あなたに1人護衛をつける。ヴァント上等兵だ。何かあれば彼に言ってくれ」
「分かりました」
「ところで…なぜ君はこの基地に1人だったのか、聞かせてもらいたい」
「単純な話です。置き去りです」
「…置き去り?」
隊長だと言う人物は不思議な顔をして見つめてくる。そうは言っても実際問題として置き去りにされたわけなのだから、しょうがない。嘘をついてもなんの得もない。
「本来のフライトの時間を間違えたのか、ある程度前に行ったんですが迎えの輸送機は飛び立ったあと。先任の特技兵達も既にいませんでした」
「まさかそんなこと…」
「現に彼女はここにいる。輸送機の出立時刻までは何を?」
「地下のガス管、電気系統、水道管の定期点検をしていました。なにせここは捨てられた基地。役割は果たしたにしろ、いつ使うことになるか分かりませんから」
「…なるほど。話はよく分かった。ありがとう。ヴァント。あとは頼んだぞ」
「はっ」
隊長はそのままどこかへ行き、とりあえず私はその場にいることにした。勝手に動いて文句を言われても困る。捕虜として作業しようにも、何一つとして命令されているわけでもない。かと言って傷が痛むわけでもない。どうしても手が空いてしまう。病室にいる気分ってこんな感じなのかな。ここは営倉でおまけに床はコンクリート。下に薄っぺらい布を引いただけの小さな捕虜収容所だけど。
暇なので護衛としてつけられた隊員を見てみた。彼は営倉の外でじっと構えていたが、何かをガチャつかせている。やっては諦め、やっては諦めを繰り返している。見たところ無線機のようなものを使っているみたいだった。だけど仮に無線機であれば通信兵が背負う野戦通信システムを使ってないのが不思議だ。そもそも護衛…と言う名前の見張りをおいとくのに通信兵というのは少しおかしい。気になったので後ろから覗いてみると、ラジオらしきものが見えた。家電量販店やホームセンターならどこだって売ってそうな見た目をしている。明らかに軍用ではない。
おもしろそうなので後ろから話しかけてみることにした。
「これか?いやダメだ。んー…聞こえないな…」
「何をやってんですか。見張り中に」
「うぉっ⁈」
「ラジオですね。軍規違反では?」
「隊長には黙っておいてくれ…頼むよ。な?」
「…わかりました。で、何をガチャつかせてたんです?」
「下の娘が買ってくれたポータブルラジオなんだが…何せ10年も昔の安物だからな…。もう買い替えないと無理か…」
「何かくれたら直しますよ」
「本当か?」
「こんなんでも私特技兵ですよ。端材も道具もあります。ただし物々交換です」
「修理代金か?」
「何かを得るには何かを失う。等価交換の原則ですよ。資本主義の基本でもあります」
「…なるほど。ならこれでどうだ?」
ポケットの中を弄って渡してきたのは、チェーンがつけられた銀の弾丸。当たり前だけど銀の弾丸としての実弾は実際にはありはしない。ただ、銀の弾丸はこの世ならざる者達の手から遠ざけたり、邪悪な意思から所持者の心を守る力があると聞いたことがある。すなわちアミュレットの類だ。
「悪くないですね」
「妻と娘2人から貰ったんだが、3発も持つ必要はない。1発は君に渡す。今回の詫びも含めてな」
「かなり大きいですね。12.7×99mmに近い大きさがありますよ」
「どこで聞いたのかは知らないが、上の娘いわく銀の弾丸はデカイほどいいらしい。アクセサリーショップを8件も回ってようやく見つけだしたのだから必ず持っていって欲しい。なんて念も押されてしまった」
「…交渉成立ですね」
「頼んだよ」
ラジオの修理など、自作サーバーを作り出しACSの修復にまで携わってきた私の敵ではなかった。ラジオの故障などと言っても、大抵は配線が切れたかあるいは埃などで短絡してる場合がほとんど。今回もその例にもれずスピーカー部が断線していただけだった。基盤は全く異常がない。せいぜい埃が溜まっているだけに過ぎなかったので軽く掃除したあと、不安そうな箇所をはんだ付けしてケースをしっかり元に戻し、最後にアンテナが破損していたので別の似たものをつけ直した。ドライバーは基地に落ちていたものをかき集めたもの。はんだごてはアイザックさんから教えてもらった即席のものがある。どちらも使おうと思えばいくらだって使える。無ければ作る。壊れていれば直して使う。それこそが、物資が必要最低限しかないこの基地では鉄則だった。
全て直し終えた私はラジオを返し、電池を入れて電源をつけさせた。
《レグストル国営ラジオからお伝え致します…》
「おお聞こえる!ありがとよ!嬢ちゃん!」
「仕事をしたまでです」
彼は喜んで私と握手をした。敵国の軍人と握手したのは、人生で初めてだ。いや、敵国など本当はない。全ては国の枠組みが始めたことに過ぎない。相対的な敵でしかない。絶対的な敵なんてものは最初からいないんだ。
《レグストル首脳陣は現在もエースタシアと交渉すべく、国際的な枠組みにおいて停戦合意を…》
「…嬢ちゃん。面白いこと教えてやるよ」
「いくらでです?」
「無料だよ。交換するような価値もない噂話さ」
「噂話?」
「この戦争はな?両国の軍部の人間が起こしたものらしいんだ。それも官民を抱き込んでのな」
「そんなこと言って大丈夫なんですか?」
「ここには俺以外来ないよう命令されてる。大丈夫だ。で、レグストルもエースタシアもこのままいけば泥沼になるだろ?」
「このまま行けばそうなりますね」
「それを狙っている奴らがいるらしい」
「武器商人なんてベタな陰謀論は嫌いです」
「もちろんそいつらもいるんだが、実はその裏にはとんでもない奴らがいるらしい…」
「とんでもない奴ら?」
「諸説あるんだ。自分達の国を作るためにだとか、世界平和のためだとか…」
「なんですかそれ。SF小説じゃないんですから」
「まあまあ。噂話だからな。聞いといても損はなかったと思うがね」
ハハハッと彼が笑ってその話題は終わった。
噂話…私だって気にならなかったわけじゃない。ただ、情報もなければ何か予想できるようなものも無かった。政治家が言ってることが全て本当ならこの世はどれだけ簡単なことか。だけど面白い話が聞けた。陰謀論なんてこの世に腐るほどあるけれど、どれかを考えていてもおかしくはない。むしろ何かのヒントにだってなりうる。とりあえず心の片隅に置いておこう。私にもいつか真実に迫る日が来るかもしれない。
その夜は珍しく満月となった。エースタシアの戦闘糧食を食べながら、これからのことを考えてみる。戦争が終わったら最新作のCPUを買う。サーバーももっといい基盤を買って、大学に寄付して英雄になる。自分の中古PCを買い替えて新品のデスクトップにする。あとは…家族に恩返しをする。何より先にそれをしなきゃならなかったな。忘れてた。今までの分、しっかり返さないと。
「あとは…あと…は…」
結局、私はそのまま眠りについてしまった。この戦争の行方など、知ったことじゃない。いつか、誰かが終わらせてくれるんだろうと。そんな甘い夢を見た。
早く早く!終わらない夜はないけど終わらない仕事はある!