6話
13話執筆中だヨ!まだまだかかるよ!
ガレンドック基地に着任して2週間が過ぎた。ボロボロだった配電盤は言わずもがな、あらゆる資材の修理が終わり、中古レベルにまでレストアが成功したものすらある。格納庫という名前のガレージは継ぎ接ぎとはいえ、雨漏りすることだけは勘弁だったので私とアイザックさんの2人で修理を行った。プラズマ溶接機が無かったら終わらなかった。更に普段使っているであろうガス管のガス圧を点検した結果、通常より多少低いことが発覚したため私含めた3人で地下のガス管を修理しようとした。そしたらバルブ自体がそもそも外れかけていて微量のガスが漏れていた。あの時は本当に生きた心地がしなかった。罪人の中にも一応特技兵はいるらしいが、そこまで技術者というわけでもないらしく、おまけに人員自体が少ない。つまり私達という人間が来る前のこの基地は、さながら壊れながらも修理しつつ飛ぶ飛行機と言っても差し支えないだろう。
食事は相変わらず缶詰と真空パックされた戦闘糧食だった。その代わり水を沸かすだけのガスは通っていたので火が使えた。温かい食事にすることができたのは大きい。スープもできた。真水はライフラインとして生きていたらしくまともに使える。医療品は…それなりにあるらしい。とはいえあまり頼りにはしない方がいいと言われた。寝場所はない。ベンチや端材を使ったイスを並べて寝ている。あまり寝られないけれど、5日目あたりには慣れてしまった。仮設シャワーがあるだけ、まだいい方だろう。
そして、ここに来てまた一つ。慣れてしまったことがある。
「爆発音だ」
「エンジン音も聞こえる」
「ここに当たらなきゃいいんだが」
「ここはただのガレージだ。いざという時はガス管の近くに避難用の扉がある。そこから逃げればいい」
「知らない内に落とされたら終わりですがね」
「まあな」
それは空爆がある、ということだ。最初の頃は空爆の度に騒いだものだけど、今となっては気にすることすら無くなった。そもそもこの基地はスクラップヤードとして作られた。私達の仕事の一つとして、罪人達と協力してガワだけ綺麗にしてモスボールされた機材は中に引き込んでおけ、というものがある。これは分かっての通り爆撃機や戦車などを囮にする目的がある。なお、モスボールされた機材は全てある程度の修復が行われた後に正規部隊に渡される予定になっている。私達は所詮囮程度にしか考えられていない。
1時間後、爆撃機はどこかへと消えて行った。ガレージから外を見渡すと火の海が広がっていた。とは言っても燃えたところで何の被害もない。どうせまたガワだけ直すだけ。いつも通り、機材を持って私達は燃えている機材を消火したあとガワだけ直し始めた。どれもこれも今は見慣れた光景だ。装甲が足りないなら同じ色の布で欺瞞する。塗料が無いのなら別の色で誤魔化す。そんな毎日だった。
ただ、正規部隊宛てに直す機材にはACSが含まれていた。ACS…航空戦闘用の強化型アシストスーツ。陸軍や海兵隊のものと違って背中や腰にジェットエンジンやミサイルなどがついた、アシストスーツというよりも耐Gに特化した強化外骨格と言うべきもの。これを触れるのはジェフリー特技兵長やアシストスーツ技術者のケネディさんくらいだった。しかし私の情報をどこかで入手したのか、ジェフリー特技兵長は私にACSを触らせてくれた。本来なら国家機密の部分まで事細かに。
「このACSのエンジンはC107-MOD5だ。MOD4との違いはわかるか?」
「MOD5は部品を共通化することで各ACSへの互換性を図ったものです。MOD4は互換性はありませんが、出力は極めて高く、燃焼効率も高効率を誇ります」
「よく勉強している。その調子だ。ウチの部下もこれだけ勉強熱心なら苦労しなかったんだがな…」
「特技兵長。機銃はガトリング式がほとんどですがガスト式があるのは何故ですか?」
「ああそれは…」
ACSを触らせてもらい、一つ一つの部品を学習しては直していく。修理を続けて自分が得られるだけの技術を確実に積み重ねる。培った力は必ずいつか役に立つ日が来るのだから。とはいえ、今はとにかく必要な技術を手に入れるべき。私に必要なものは、現状それだけだ。
4日後、私が修復に携わったACSは正規部隊へと送られていった。配線に誤接続が無いかを確認するためにも実際に装着して動作確認を行った。きっと大丈夫。そしてこの時、私には高揚感が生まれていた。初めて私が修復し、初めて正規部隊へと渡ったACS。モスボールされていたものとはいえ十分にその役目を果たすのだろうと考えると、自分の役割に誇りを感じることができた。
そんな生活も更に1週間が過ぎた頃、遂にモスボールされたACSの修復は終わりを迎えた。罪人達も刑務としてやっているため、人海戦術による質より数戦法が効いていた。修復を始めてから2週間が過ぎた頃にはほとんどのACSがガレンドック基地から消え去っていった。爆撃機などはまた後で別の修復人員が投入されるらしい。私達は再び基地の修復作業へと戻ることになった。と、言ってもほとんどの修復は終わっていた。ACSの修復は罪人達も含めた刑務時間のみであり、他の時間は全て保守作業に回っていた。おかげで1ヶ月ちょっとでほとんどの基地修復作業が終わっていた。
しかしどれだけ時が経っても爆撃機だけは毎回来た。よほど暇なのかわからないけど、爆弾を無駄に消費するだけだろうに。爆撃機が来るということは交渉は全く進んでない。戦争が終わる算段など無いのだろう。ただ、毎回爆撃機が来ては帰り、その度に壊された囮を直すというのも限界が来ていた。
「アイザック!残りの機材はどうなった?」
「これで終わりです。明日の爆撃が終わったらもう修理できる端材はありません」
「ケネディ!壊れてない囮用戦車の数の報告を」
「残58両。最初に比べて8分の1にまで減りました」
「ニコラス!アンテナ類の破損状況!」
「地下光ファイバは生きてますが、軍用衛星通信のパラボラが完全に直ってません。前の爆撃の破片がこっちに来た余波で調整が狂いました。またやり直しです…。エリューシヴ。悪いんだけどまた頼むよ」
「了解しました」
「エリューシヴ!ライフラインの破損率は?」
「前の爆撃で水道管の一部が緊急停止しました。現在は開通済。副電力の外部電線の一部に破損あり。正規電力の地下ケーブル、予備電力の発電機共に異常なし。それ以外も全て生きています」
「よし…と、言いたいが状況は最悪だな…」
「囮にする機材はともかくとして、せめてある程度直しておかなければ囮にすらならない。どうするんだ特技兵長」
「未だ基地司令からは基地とモスボール機材の修復、囮の製作しか命令されていないからな。司令本人に会ったことは一度もないし、兵站もあるとはいえ少ない。無駄遣いはできんな…」
「しかし…なぜこの基地を修復して運用しようとしていたのでしょうか…。軍用衛星アンテナもレーダーも、自分から言わせてもらうなら旧式。修復する価値があるかどうか…」
「まあ、ここはモスボール基地『だった』からな。使えるACSや爆撃機をあえて隠すにはうってつけだったんだろう。それに作業をしてるのは罪に問われた軍人達。死んだところで最初から数には入ってない。俺達4人は敵の目を逸らすための基地を運用するための…」
「コラテラル・ダメージ…」
「そう。エリューシヴの言う通り俺達は所詮、コラテラル・ダメージとしか思われていない可能性がある」
「特技兵5人程度なら死んだって構いっこない…というわけか」
今思えば、特技兵が不足しているなんて聞いたことがない。完全に口車に乗せられた。とはいえ問い合わせなどできるわけもない。何せここは東の果て。軍備開発省との連絡はおろか、首都との通話などできるわけがない。地下光ファイバーが生きているけど、あれは軍用回線。民間にかけられなくはないけれど履歴が残る。
「…あれはただの口実…か…」
「仕方ない。使えなくなったやつを引っ張りだしながら修復を行う。刑務官にも伝えておく」
「了解です」
「ジェフリー特技兵長。ACSの修復も、明日送り出せば最後になります」
「よし!各位!これより最後の修復を行う!気合い入れていけよ!」
「了解」
「イエッサ」
「了解です」
「サー」
私達は最後に残されたACSを囚人達と修復し、翌日の搬送に間に合わせた。全ての作業が終わったのは夜9時過ぎ。刑務作業も本来なら長くなっても夜8時までだけど、今回がACSの修復最後ということで長めの仕事となった。その日はシャワーも浴びずに食事だけとって寝てしまった。全員、疲れきっていた。
翌日、ACSの搬出が行われた。次々と輸送機に乗せられていくACS。入れ替わりで来たのは爆撃機の整備要員であった。爆撃機はモスボールとはいえ、すぐに使えるようにされていたのか燃料と多少の修復作業のみで事は済んだ。この日は珍しく敵の爆撃機が来なかった。おかげでこちらの爆撃機の作業は順調に終わり、あとは数日後に来る操縦士達の手により別の基地へ向かうだけとなった。これでこの基地は役割を果たしたと言ってもいい。ここを本格的に稼働させるなら私達はまだいなきゃならないけれど、現実的に考えればこの基地に修復して稼働させるだけの価値があるとは思えない。おそらく、この基地は破棄される予定のはず。
爆撃機の修復と各部の点検が終わった2日後、私達が寝泊りしているガレージにあの不機嫌そうな顔が見えた。彼は何かの書類を持っていた。
「今まで5人でよくやってきた。貴様らに上層部からの通達を読み上げる。ガレンドック基地の役割は果たしたものとする。派遣した特技兵及び囚人らを移送せよ。以上だ。5日後に輸送機が来る。それまでに荷物をまとめておけ」
「イエッサ」
「了解」
「了解です」
不機嫌そうな顔が消えてから、私達はようやく終わったのだと。そんな溜息だけが聞こえた。やはり基地は破棄するらしい。今までアンテナの修復も進めて来たけれど、結局ACSのプログラム更新やIFFの新規登録ぐらいにしか使われなかった。とはいえ修復して使われたのだから無意味ではない。私も貴重な技術を得ることができた。先任特技兵の皆さんには感謝しかない。
きっちり5日後、連絡輸送機が到着した。爆撃機は先に出立し、ACSに護衛されながら別の基地へ向かっていった。輸送機に色々と詰め込まれていくのが見えた。しかし私達は囚人達と最後にフライトする予定だったため、私だけはもしかしたらと思ってライフラインの定期点検を行なっていた。
「電気回路A1からE5までの点検は完了…と。漏電も無し。ガス管は停止済み。あとは…」
一方、司令室には予期せぬ緊急通信が来ていた。
「…敵揚陸部隊が接近中、ですか。了解。直ちに輸送機を離陸させます」
通信兵の男は上官の男に緊急事態の旨を伝える。上官はすぐさま行動に移し、輸送機の離陸を急がせた。特技兵らもその話を聞いて直ぐに輸送機へ荷物と共に駆け込んだ。囚人達も一緒くたに機材ごと強制的に押し込まれ、輸送機は直ちに離陸。敵の揚陸部隊や攻撃ヘリが来る前に基地を離脱した。ただ1人を除いて。
エリューシヴは気付いていなかった。地下での作業で音さえも聞こえなかった。他の特技兵らは緊急事態であるが為に急いでいた。確認を怠ってしまっていたのだ。彼女が気付いたのは本来のフライト時間の30分前。荷物を持って滑走路へ向かうが、そこには何もかもなくなっていた。
「…これは私が間違えたのかな?」
フライトの時間は確かに12時45分のはず。今は30分前なのに誰もいない。私はとりあえず荷物をガレージにおいて誰もいない基地をなんとか走り回って管制塔へ向かった。誰もおらず、通っているのは電気だけ。残念ながら私には軍用周波数が分からない。管制塔の機材の使い方も分からない。ただ、置いていかれてしまったことだけは確かだった。
管制塔から何かが見えた。この基地はある程度先に海がある。高いところからならば海に展開してるものだって直ぐにわかる。攻撃ヘリ。輸送艇。エアクッション揚陸艇。強襲揚陸艦。どれも上陸用装備だ。当たり前だけど味方が揚陸するわけがない。あれはどう考えても敵だ。エースタシアの上陸部隊。
敵が来た。ならば戦おう…なんてことができれば苦労はしない。この基地に残された戦力なんてものはなかった。ACSも、爆撃機も、戦車も、なんなら弾の一発、銃の一挺もない。まあ残った端材で罠を仕掛けようと思えば仕掛けられるけれど余計なことをすれば敵を逆上させかねない。それに端材自体も一度外まで取りに行かなければならない。どう考えても逃げたところで行き倒れは決まっている。
「しょうがない…。最後の食事でも楽しむかな」
ガレージに戻り、余っていた缶詰を開けた。最後の最後であの濃すぎるビーフシチューがでてきた。でもそんなビーフシチューもまた、思い出の味になるのだろう。
先が気になる方、見てやってもいいと言う方はとりあえずブックマークでもしといてください。