5話
今日も今日とて。13話執筆中。
軍事訓練を受け始めてから5ヶ月が過ぎた。レグストルは未だにエースタシアとの交渉を続けている。成果がないのは国営放送を見なくともよく分かる。もし終わっていれば今頃宣戦布告の撤回、もしくは停戦にまで持ち込んでいてもおかしくない。それどころかスクランブルが増え続け、既にいくつかの前線基地では戦闘が始まっていた。戦争は既に互いに武器を振り下ろす段階まで進んでいた。
この5ヶ月、私に必要とされたのは体力と基礎的な軍事知識、精神力の3つ。体力以外はどうとでもなった。体力増強が一番難しかった。おかげで無駄に筋肉もついた。今となっては華奢なあの頃が懐かしい。簡素な行軍訓練も行った。
ただ、初期の基礎体力訓練でなぜか高い耐G体質があるとされたおかげで私は耐G訓練を主にやらされた。特技兵なのに基礎訓練だけじゃなくて空軍訓練を受けた理由は私にも分からない。最初は嘔吐したり色が分からなくなった挙句視界が真っ暗になったりと訓練中は最悪だった。ただ、そのおかげか4ヶ月という短期間にも関わらず10G程度なら何も考えずに対応可能になっていた。一度教官の指示で3時間連続でやらされた時は何一つとして苦痛を感じなかった。教官からは人間をやめてるとしか思えないとまで評された。生憎、私は悪魔と契約した覚えはない。
そんな私も明日には特技兵として配属される運びとなった。何人かの同じ特技兵数人と共に、友軍の基地に送られる。しかしそこは東の果てだという。なぜそこに基地があるのか理由すらも分からないような場所にあるらしい。私達を放り込んで何をする気なのかは知らない。ただ特技兵だけを送り込むあたり、整備や保守点検あたりなんだろう。
今日も朝から抜け目ない監視の中訓練をしていたところに教官に話しかけられた。
「エリューシヴ。明日の件ついて話がある。訓練後、出頭せよ」
「yes ma'am」
今日は午前の訓練のみで終わる。残りの時間は自身が世話になった部屋に別れをする為の時間に当てられる。それから任命式やら何やら、とにかくやる事だけは無駄にある。その前に支度しなければならない。とはいえ、私物をほとんど持ち込んでいなかったおかげか私がまとめるべき荷物はほとんどない。やることといえばベッドメイキングくらいか。
そんなことを考えている内に訓練が終わり、教官室へ出頭。座ることもなくそのまま説明を受けることになった。ただ、教官室にいる教官達はともかくとして最初に私に目をつけて空軍訓練を受けさせてきた教官はあまり良い顔をしていなかった。
「明日お前が派遣されるのはレグストルの東の端にある僻地。軍罪に問われた者を集めた吹き溜まりだ。此度の戦争において、エースタシアが宣戦布告を撤回しないことを再確認した上層部は懲罰部隊を編成する運びとなった。お前はその基地に他の特技兵達と共に配属となる。既に何人かの特技兵が在籍しているが、全員罪人。あまり関係を持つな。以上だ」
「yes ma'am!」
「お前を空軍に配属できなくて残念だ。だが向こうでも精進するように」
「ありがたきお言葉であります。教官殿」
最後に敬礼をして教官室を出て行く。空軍なんかに配属されなくとも、私にはそれだけの力が備わっている。その事実が私を支える原動力になり得る。
戻って色々と準備をしている中、何人かのメンバーが私に缶ジュースを手渡してきた。彼女達は私と同じ相部屋にいた志願兵だ。同じ特技兵だが、衛生や需品系であって少しばかり対応が違う部署への配属となっている。かつてはいがみ合った仲とはいえ、いざ別れの時が近くなると少し寂しくなる。
「へぇ…アンタが基地配属ねぇ」
「場所は?」
「どっかの僻地」
「うわぁ。私なら行きたくない」
「最近戦争が収まらなくなってるらしいし…あまり無茶すんなよ。エリューシヴ」
「あなたに言われたくない」
「訓練後に泣きじゃくってたの私ら知ってんのよ」
「おまえらっ…!ま、まあいいさ。とはいえ、本当になんでなんだろうな…」
「エースタシア?」
「私、エースタシアにおばあちゃん住んでる」
「あー…」
「なんで始まったんだろうな…」
「向こうの言い分は経済措置がなんたらって」
「んなわけないだろ」
結局、小さな世間話だけで相部屋仲間の会話は終わった。戦争の真実を知る余裕など、私には無い。今はレグストルがエースタシアに制圧されないようにすることだけを考えた方がいい。
時間は過ぎて任命式も無事終わった。相部屋はもう誰もいない。彼女達は既に自らの任務がある場所へ向かっていった。私も明日には特技兵として配属される。どうなるかなんて分からない。暗闇に立ち向かうのに必要なのは暗闇へ飛び込む勇気と知識だけだ。
夜中の8時。呼び出された先にはトラックが待っていた。外は雨が降っていた。少し寒かったので厚手のジャケットを羽織り荷物を持ってトラックの荷台部分に乗る。そこには4人の特技兵のタグをつけた兵士がいた。どうやら例の私と同じ特技兵みたいだった。トラックも私が乗って数分しないうちに走り出した。どこへ向かっているのかは分からない。僻地とは聞いたが、東の果てにあると言うだけで細かくどこにあるのかなんて知らない。
「…アンタか。志願兵の特技兵ってのは…」
「はい。エリューシヴ・ウェールズ特技兵です」
「名前なんかどうでもいいさ…。俺達が行くのは地獄だからな」
「はい…?」
「懲罰部隊なんてロクな場所じゃない。おまけに10年来使われていなかった基地を元通りにしろだなんて、無茶にもほどがある…」
「囚人にはACSを配備しないからモスボールされたものをもう一度直せ、なんて言いやがる…」
「まあ、こうでもしなければレグストルは守れないってことなんだろ…」
「俺も焼きが回ったな…何も悪いことをしたつもりは一切ないけどな…」
暗闇と暗い空気、ため息に包まれながらもトラックは前進していく。しかし20分ほど経った頃だった。トラックがガタンと音を立ててあと、しばらくゆっくり進んで停車した。流石についたのかと思いきや、幌をめくって外を見るとそこは何かの建物の中だった。いや、建物という割にはやけに広いし明るすぎる。更にはトラックだけじゃなく色々なものが詰め込まれている。しかもそのあと、ゆっくりとだけど身体が揺れた。
「ここは…輸送艦の中…?」
「輸送艦ねぇ」
「こりゃ本格的に島流だなぁ…」
「悲観するにはまだ早いぜ。これから先、もっと悲観することになるだろうからな…」
案内されるわけでもなく、気温も低いにも関わらず私達はトラックの中で一夜を明かす羽目になった。輸送艦の中とはいえ、暖房器具があるわけでもない。救いと言えば雨風を凌げる隔壁があることと、寒冷地仕様なのかジャケットを着ていた私にとっては非常に暖かい環境であったことぐらいか。11時を超えたあたりで輸送艦内が薄暗くなっていった。トラックの運転手は寝ているのか寝息だけが聞こえた。一方で私達はある程度の隙間があるとはいえ詰め込まれた状態化での寝泊りだった。おかげで腰は痛いしお尻の感覚が無くなるで散々だった。
気力を擦り減らしながら寝ていた夜。金属音と弱い火のような明かり、いい香りに誘われて起きた私は口元まで覆っていたジャケットのファスナーを開ける。更に良い香りが漂ってきた。
「起きたか。配給された糧食だ。食っとけ。水も忘れるなよ。昨日はトラックの中に押し込まれたせいで俺らも何も食わずに寝ちまったからな」
「戦闘糧食…ですか」
「今さっき配給された。エースタシアのやつよか美味いって話だ」
「実際、美味いからな」
「お前食ったことあるのかよ」
「一度な。友人が災害用糧食の開発会社にいる。試供品でくれた民間人向けのやつ食ったが、お国柄って感じだった。食えないわけじゃねぇぜ」
渡された大きめの缶詰を開けて付属のスプーンで食べてみる。意外と美味しい。訓練で慣れるように食べさせられたビーフシチューはもう少し薄めに作って欲しいくらい濃かったけど、1cm角切りサイズにされたベーコンや野菜が入っているこのクリームシチューは絶品。暖かくてパンか米があればもっと美味しくなる。
「缶詰パンだ。味無しだが」
「甘ったるいのは苦手だから好都合だ」
「暖かいスープが飲みたくなるな」
「残念だが加熱剤はなしだ」
「水があるなら湯くらい用意させてくれたっていいだろうによ」
「誰かアルコールストーブか固形燃料持ってないか」
「持ってたら今頃出してる」
「それもそうだ」
カチャカチャと食事する音が響くトラック内。ふと、食事をすることが、どれだけ精神に影響があるかどうかを調べていた先輩がいたことを思い出した。今はただ缶詰のクリームシチューをとにかく食べる。味がついてない缶詰パンも見ようによっては主食になる。クリームシチューにつけながら食べる缶詰パンは特に美味しい。
「米無いのか。米」
「α米か?米…米…」
「配給には無さそうだな」
「俺はパンだと腹持ち悪くて仕方ねぇんだよな。まあ無いもんはしょうがねぇ。食うだけ食って寝るか」
「余計な体力は使わないに限る、か…」
一通り食事を終えた私達は配給された箱の中に缶詰やパックを入れると再び眠りについた。デンタルガムがあったのが幸いだった。おかげで歯磨きせずとも多少は問題ない。やろうと思えば艦橋でやらせてもらえるんだろうけど、輸送艦の内部構造なんて知らない。逆に迷って体力を無駄に消費するのが落ち。ここは黙って寝るのが正解だった。
無理しながらも寝ていたおかげか体力を多少消費しつつも、何とか私は朝を迎えることができた。腕時計で見る限りは朝6時22分に相当しているはず。代わりに私達を照らすのは人工的な光と隔壁だけ。SF小説とかでよく見る核戦争で地下に避難した人々が、作り出されたシェルターの中で生活している感覚はこんな感じなんだろうか?そんなことを考えていたら、船が再び揺れた。どうやら接岸準備に入ったらしい。格納庫の中も慌ただしくなってきた。
「接岸準備だ。ようやくお天道様を見れるぞ」
「そうか?やけに寒い。おまけに空気も湿ってるってのに」
「また雨か?最近は雨季だからな。もう少し降る」
「雨の中の整備は厳しい。前の担当基地なんか古い配電盤に雨水が入ってショートしやがった。地下に全部移したって話だったんだが、一部の配電盤だけ外に残ってたせいで全電力が完全にシャットアウトしやがった」
「あぁ。そういや俺もその時いたな。工期が遅れたせいで旧式の配電盤からの回路整備が間に合わなかった…やつだっけか?」
「そうそれだそれ。お前もいたのか」
「あんときゃひどかったなぁ」
そうこう話している内に輸送艦の隔壁が開いた。外は確かに雨が降っていたが、天気雨と言った感じだった。太陽が眩しい。輸送艦の中とは大違いだ。自然の光は身体を叩き起こす。そしていくつかの機材が出たところでトラックは再び動き出し、輸送艦を離れてまた別の場所へと移動を始めた。舗装されてるのやらされてないのやら分からない道を走る。幌の中から覗いてみると、砂漠に近い土地を走っていた。植物も多少は植生しているようだけど、それにしたって少ない。ただ、機械にとってはまだマシな環境だろう。熱帯雨林に送り込まれなかっただけいい方だ。
1時間ほど過ぎたところで再び幌の外を覗くと人工物が増えていた。植物も先程の港よりはよほど生えている。あの港はまだ拡張途中といったところなんだろう。だから周囲の整地も追いついていない。砂漠というよりは建設途中といったわけだ。なるほど。
更に10分後、トラックが止まり運転席から声が聞こえて来る。
「荷台の特技兵共。聞こえるか。到着だ。荷物をまとめて出ろ」
幌を完全に開けて荷物をまとめた私達は遂に職場へと降り立った。基地だ。しかし基地という割にはあまり大きさは無い。滑走路も大きいとはいえ、1本は砂に被って見えなくなっている。明らかにおかしい。ここはどこなんだろうか…?いや、教官は言っていた。軍罪を問われた者達が来る場所だと。そして同じ特技兵の1人は、懲罰部隊だとも話していた。…ここは懲罰部隊の基地ってわけか。向こうが宣戦布告を撤回しない以上、使えるものは使っていく。大方そんなところなんだろう。要するに刑務作業を行わせる監獄基地だ。
「東の果ての基地…モスボール…。よしよし…わかった。分かったぞ」
「何が分かったんだ?」
「モスボールされた資材。東の果て。この2条件が重なる基地と言えば一つしかない」
「スクラップヤードで有名なガレンドック基地か!」
「正解」
「貴様ら!いつまで話しているつもりだ!」
謎の叱責に私達はすぐさま姿勢を正す。叱責してきたのは50代後半らしき厳つい顔をした男性職員だった。
「派遣された特技兵は4人。1人は女。しかも子供か…。ふん。中に入れ。さっそく仕事をしてもらう。準備しろ」
男性職員に案内されるままついていくと、そこはスクラップレベルにまで放置されきっていた機材の数々が雨晒しから退避させた物置だった。しかも雨漏りもしているに関わらず配電盤がまともに動いてること自体が奇跡に近い。
「貴様らの最初の仕事はここの機材を保守・点検することだ。分かったらとっとと仕事に入れ!」
強い言葉で命令された挙句、出て行かれてしまった。私達はただ呆然とするしかなかった。とはいえ仕事道具は揃っていた。こうなれば、命令された仕事を終わらせることくらいしかできない。
「はぁ…しかたねぇ。やるぞお前ら…と。そういやお前らの名前知らないな。俺はジェフリー。前の部隊じゃ特技兵長をやっていた」
「アイザックだ。電気系統の仕事は任せてくれ」
「ケネディ。アイザックと同じ仕事をしていた。一応元アシストスーツ技術者だ」
「ニコラスです。情報特技兵です。電子システムの対応は任せて下さい」
「エリューシヴ・ウェールズです。志願特技兵です。まだ新人ですので至らぬところがありますが、よろしくお願いします」
「みんな。よろしくな!まずは電気系統を把握するぞ。気をつけろよ。基地システムが止まったらアウトだ。くれぐれも停電させるなよ」
「イエッサ」
「了解です」
「サー」
「エリューシヴ。お前は俺についてこい。机の上と技術試験だけじゃ分からないことを教えてやる。しっかり覚えろよ!」
「わかりました」
こうしてガレンドック基地での仕事が始まった。私はジェフリー特技兵長の指示・教練に従って仕事をこなす毎日を送ることになるのだった。
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