3話
2日後の朝。私は身支度を整えて大学へ向かう準備をしていた。本当は祭日で何の講義もないけれど教授にアシストスーツの件で呼び出され、今日は普通に登校する必要があった。
いつもどおりバスに乗り、座席に座る。ふと朝刊を読んでいる会社員を見つけた私は、裏面の記事に目を引かれた。軍の制式採用アシストスーツについて製造企業による様々な話が載った欄だった。わかりきっていた話だったけど私のスーツが採用されることは無かった。軍事産業としては有名な会社のスーツが採用されていた。ごちゃごちゃ御託を言っている欄に嫌気が差した私は、朝刊から目を離す。
20分経った頃、大学に着いた私は必要な人以外誰もいない校舎を1人歩いて教授の研究室へと向かった。ちょっと歩いた先にある研究室には、人の気配がしなかった。ただ、鍵は開いていた。
「…失礼します」
「ああ!ごめんごめん!ちょっと申し訳ないけど奥まで来てくれるかな⁈」
「はい」
奥まで行くと、そこには私が作り出したアシストスーツがあった。それだけじゃない。なぜかはわからないけどいくつかのコードと思われる類のものが床に散乱していた。おそらくこちらに持ち帰ってから開封したばかりなのだろう。他にも色々なものが床に散らばっている。普段から研究室を綺麗にしている教授にしては珍しい。
「休日に申し訳ないね。まず結論から言おうか」
「知ってますよ。不採用です」
「まあそうなんだけどね?エリューシヴ君の言い方では多少語弊があるかな?」
「…どういうことですか?」
「正しくは不採用に『させてもらった』んだ」
「理由をお聞かせ願えますでしょうか?」
「君のアシストスーツはどうしても耐久性に問題が露呈した。元は大学生が考えた実験仕様。当たり前さ。だけど目をつけた3人の将校が急に話を変えてきた。指定の企業に投資して作り出したアシストスーツを不採用にして君のを採用すべきだと言い出した」
「まさか…」
「将校の言い分としてはこうだ」
毎度毎度高い投資金額を出してまで研究開発を支援しているのに量産機にも関わらずコストは高くなるばかりで金食い虫。おまけに拡張性もそこまで高くない。いっそのことマルクス国立大学の大学生が作り出したアシストスーツの材質グレードを上げて各所改良した方がよっぽど安く済む。整備も容易く拡張性も高い。今後30年間は使えるだろう。
「対して省庁の人間の言い分は…」
我々は適切な金額で企業に依頼し、適切な投資運用によって各企業を競争させることにより契約している。そのようなことで制式採用を簡単に変えてもらっては困る。これは国民の税金が使われている。無駄にすることはできない。
「…その割に毎度毎度のごとく調達価格が上がってることは棚に上げてますね」
「コンペが完全に八百長レースであることを体現したかのような言葉だねぇ。まあ省庁の人間が言うことも分からなくはないけど、現場主義の将校達からしてみればあまり好ましくはないだろうね」
研究が長引くことが段々と当たり前になってきている現実。その度に浪費されていく税金。そして出来上がるのはかかった金額に見合うか分からない作品。かつてあった大戦ならどうだろうか。敵を倒すために、ひたすらに研究しただろう。時間が勝負だった故に工夫も効いていた。だが今は…全く違う。取り巻く環境も、時代も違う。だからこそ少しでもコストを低くしたい。その思いが将校達にはあったのだろう。
だけど世の中というのはそう簡単には出来ていない。戦っている敵がいないのに作ってどうするのか。時間がある以上、どうしても制約をかけられたとしても予算内に収めるのは難しい。他にも様々な要因はあるのだろうが、これが今の状況だ。変えることはできない。
「とはいえ将校達もこれじゃあ収まらない。ということで、私が辞退することにより何とかなったのさ。将校達はかなり苦い顔をしていたけどね」
「分からなくはありませんがね」
「まあね。しかし…なぁんか妙なんだよねぇ…」
「何がです?」
「エリューシヴ君のアシストスーツが優秀なのはよく分かる。そして陸軍のスーツが第3世代故にいくら基礎設計が優秀でも機能的にも陳腐化してきたのもよぉく分かる。でも…なぜあんなに新型採用を急いでいた?」
「さぁ?仮想敵国が新型導入したとか…そんなところじゃないですか?」
「…それだけならいいんだけどねぇ」
今のところそんな話は聞いたことがない。ただ軍事情報というのは大抵遅れて民間に届くもの。当たり前と言ってしまえば当たり前。私が気にしたところで何の意味もない。私は教授の指示に従って自分の不採用の烙印を押されたアシストスーツを片付け始めた。
不採用…その言葉が私の頭から離れることは無かった。例え政治的な理由であれど、私の技術が買われなかったことに変わりない。こうなれば当面の目標は決まったも同然だ。どんな理由が重なったとしても、凡ゆるデメリットを押し除けてでも買われるレベルにまで精進する。どこまでも突き詰めて見せる。予算がなくても私は出来るんだと、誰かに見せつけなければならない。誰よりも使いやすく、どんな製品より整備でき、あらゆる状況下に対応できるような作品を創り出してこそ、私が居る意味を見いだせる。
それから2時間かかって全ての機材が片付け終わった。あまりに散乱している量が多かったせいで酷い目にあった。2人でやる量じゃない。ただ、帰り際に駄賃代わりと言わんばかりに私のアシストスーツから取れた実戦データが入ったUSBメモリを渡された。それで休日に呼び出した分は帳消しにしてくれと。仕方なく私はそれで了承すると申し訳なさそうな顔をしながら教授は仕事へ戻り、私は家路に着いた。
バスに揺られて再び家に帰り、直ぐに自室へ戻ると何一つ考えずノートPCを開く。中古で買った奴だけど2TBのSSD、クアッドコアCPU、IPS液晶に換装してある。どうしても物理計算で容量が足りない時は先輩達と作っている製作途中の自作サーバーがある。今は電源繋ぎっぱなしで電力量の試験中。とはいえ特定のルートとキーを使えば直接入ることはできる。性能としては似非スパコンと言ったレベルか。
その実態は使わなくなった大学の中型サーバーを処分される前に別の教授達から回してもらったものを清掃し、新しいマザーボードやCPU、追加でSSD、緊急用HDDなどを搭載した、いわばレストア型。卒業間近の先輩はやけに水冷を推していたけど、電源を入れっぱなしにすることに加えて仮に漏水した場合、流用できた電源部分すら壊れてしまう可能性があることから却下された。当たり前だ。何せほとんどの部品が劣化してたせいで私達のポケットマネーから部品費用は出ている。そう簡単に破壊されてはたまったものじゃない。
「それにしても凄いデータ量…」
見るだけでも目が回りそうな量。ただ、私が危惧していた部分が問題無かったり逆に問題無いと判断していた場所に何かしらの反応があったことは非常にありがたい。これで私のアシストスーツに必要な改良ができる。
ここから仮に派生版として戦闘用モデルを作り出すとしたら、別の単位を取っている友人らに実地試験を頼むことになるだろう。登山やサバイバルゲーム大会を主催するほどの巨大グループの幹部も何人かいる。とはいえ実地試験は何人か補助も必要になるだろうから…いや、今は考えないでおこう。今はデータと睨めっこしながらCADで改修案を出すこと。それが今の私がやるべきことだ。
「さて…各所の強度はよしとして…そうなると…材質のグレードを上げざるを得ない?いや、他にも軽合金としては…アルミニウム合金製?いやマグネシウム合金製も…腐食を考えるとFRPか…?」
そうこうしている内に時間は過ぎていき、第一の修正案ができる頃には夕食の時間になっていた。今日は変わって焼き魚だった。嫌いじゃない。米を食べるような国で良かったと思う。パンも好きだけど腹持ちは断然米の方が上。しかしここから更に東の島国、イースデルタには更に良い米が生産されているという。かつての大戦で大陸国エースタシアに敗戦したが、自らの技術力と持ち前の国民性で戦後10年で復興し、経済列強に名を連ねたバケモノ揃いの国。いつかあんな国にも行ってみたい。出来ることなら…シグと…。
いや、余計なことを考える暇はない。今は自分のやるべきことをやらなければならない。下手なことを考えればいつ失敗の元になるか分からない。一つのことに集中すれば大丈夫…。
「旦那様。配達が届きました」
「こんな夜遅くにか?」
「はい」
家政婦さんが持ってきた配達物は宛名しか書かれていない茶封筒。中の内容物は分からないよう加工されたもの。ただ、かなり薄いから爆弾の類ではないことだけは分かる。私に対する脅迫状か何かか。
「送り主は無し。おまけに茶封筒と来たか」
「めちゃくちゃ怪しいのね」
「送り主がないなんて…あまり開けたくないわね…。エルはどう思う?」
「あんな薄さじゃ爆弾ですらないと思うけど…用心するに越したことはないかな?」
「…開けるしかないってこと?」
「重要な書類だったら困るからしょうがないでしょ。私が開けてみる」
シェリル姉さんが父さんから茶封筒を取り上げてペーパーナイフを使って開く。するとそこから出てきたのは…なんてことはない。ただ数枚の書類だけ。おそらく父さん関係の書類なんだろう…。
などということを思っていたのだが、話は違うらしい。
シェリル姉さんはなぜか険しい顔になって歯を軋ませる。更には食事を終えた後とはいえ、珍しく何も言わずに自室へ帰っていった。書類は父さんに渡されたが、父さんもあまり良い顔はしなかった。挙句には書類をぐしゃぐしゃに丸め込んで自分のポケットに突っ込んだ。
「お父さん。今の…」
「大したことはない。ただシェリル宛てに大学が色々と言って来ただけだ。気にしなくていい」
「…分かった」
私は食事を終えて歯を磨き、いつも通りお風呂に入った。だけど今日はシグの部屋へ行かず、自室へ戻った。CADを起動し、自作サーバーに接続してシミュレートに必要なデータを送信。あとは様々な高負荷を掛ける状況下での物理計算を任せるだけ。結果が出るまでは多少時間がかかるのでその間、あの書類について考えることにしてみた。
表面上は笑っていたが、父さんの笑顔に本当の笑いは一切ない。その場を取り繕う笑顔だ。明らかに分かる。自分達にとって都合が悪いものであれば、もっと慌てふためく。もしくは怒りを露わにする。もちろん怒りにも種類がある。誰かを叱責する怒り。貶める行為に対する怒り。数えたらキリがない。人によっても違う。ただ、今回見る限りでは都合が悪い…というよりは、書類に書かれていたことに対しての怒りと見える。
ここで疑問になるのが本当にシェリル姉さん宛ての手紙であったか、という点。シェリル姉さんは少なくとも私以上に美人だ。付き合おうとして突っぱねられた人は数知れず。だけどどんな時でもあんな憤りを見せることは無かった。いざという時は父さんの友人である弁護士や検察官で社会的に抹殺すると気概を見せていた。あの頼もしさがないとなると…弱味でも握られた?どうだろう。仮にそうだとしたら私なら写真とかにする。それに光の加減で見えた限りでは活字しかなかった。弱味説は薄い。父さんが何かしらの問題を起こした?それもない。最初に読んだのはシェリル姉さんであって父さんじゃない。反応はもっと違ったはず。そうなると一体何が…?
「エル!」
ノックもせず急に入ってきたのはシグだった。なぜか青ざめた顔をして私に近寄ってくる。
「シグ?どうしたの急に…」
「動画サイト開いて!早く!」
「何かあったの?」
「いいから!」
分からないまま、私がよく使っている動画サイトを開く。そこにはいくつかのネット放送枠があったが、何より目を引いたのは国営放送の中継。そこでは、信じられないことが書かれていた。
『繰り返しお伝えします。エースタシアがレグストルに対して宣戦布告をしたとの情報が入りました。エースタシア大統領は現在療養中のため、エースタシア副大統領が大統領に就任。この戦争はレグストルに対する不当な経済措置に対する報復であるとしており…』
「こんなことって…こんな時代に何をしようって言うんだ!」
「シグ。落ち着いて」
『この件についてセイラム首相の緊急会見が行われております』
『レグストルはエースタシアに対する不当な経済措置は一切行なっておりません。我々はエースタシア並びに国際社会の平和への実現を支援してきた一員であり、これからもそうである認識を崩すつもりはありません。この宣戦布告について早急に撤回するよう、様々な国を仲介国として現在協議を…』
「めちゃくちゃだ…!」
エースタシア。確かに大陸国であり、強大な軍事力を持った大国だ。でもかつての自然災害の折にはレグストルが経済的支援を行い、平和条約へ近づいたはず。なぜこうなってるの?
レグストルが孤立して戦うような真似はできない。だからこの戦争は負けるかドローに持ち込むことが最善。いくら周辺各国が支援してくれたとしてもどこまでやってくれるかなんて淡い期待を抱いてはいけない。
ネット中継を見ていたところに携帯に電話がかかってきた。知らない番号だ。でも一部の番号に見覚えがある。まさか…。
《エリューシヴ君!聞こえる⁈》
「教授?どうやってこの番号を?」
《君の先輩達から方々回って聞き出したのさ。あまり大きな声では言えないし、君の家に直接かけるわけにもいかない内容だからね。メールもダメだ。活字ではバレる可能性がある》
「まさか…この戦争のことですか?」
《私の予想が現実のものになるなんてね…!民間の衛星写真からまさかとは思ったけど…》
「軍備増強を知っていた、と」
《信じたくはなかったさ!私だって…!ふぅ…ちょっと待ってくれ…。よし…よし。落ち着いた。手短に話す。会話から聞き取られたくないから私が一方的に話す!分かったならイヤホンか何かつけたあとにyesと言ってくれ!》
私は無線式のイヤホンをつけて中継を見ているシグに注意しながら音楽を聴いている振りをする。
「yes」
《…君の家に書類が行っているはずだ。だが決して見ないで欲しい。君は見てはならない。私の友人からの手紙だが、まともじゃない。いいか?絶対に見るな!それともう一つ!いつだって君は私のかわいい生徒だ。それを忘れないで欲しい。それじゃあ…絶対に見るなよ!》
「…切れた」
教授の言うことを聞かなければならないのか。それとも私は、沈黙を破って見に行かなればならないのだろうか。分からない。見てはならない?クトゥルフではあるまいし。何かを心配していたことに変わりはない。ただ気になった私は、珍しく好奇心で例の手紙を探しに行くことにした。お父さんが丸めているのを見たからポケットの中だろうか?内にシュレッダーが無かったのは幸いだったとおもう。おかげでバラバラにされても復元が楽になる。
「ちょっとトイレ…」
私はそう言って自室を出た。ふらふらと屋敷を歩き回り、怪しそうな場所を全て調べてみた。とはいえそう簡単に見つかることはない。まあそんなもんだと思っていた。だったらやることは一つしかない…。
「お父さんの書斎に侵入してみるか…」
お父さんは大学教授を勤めている。なので貴重な資料などが大量にある。故に電子ロックを採用している。鍵があれば盗まれる可能性が高くなる。とはいえ銀行ほど厳重なロックじゃない。サーバーシステムに繋がってるわけでもない。閉鎖型回路になっている。おかげで何一つ苦労することはない。電子端末を出して近づけて、パターン解析をするとあっさりパスワードが分かった。一ヶ月に何回か変えてるみたいだけど私にかかれば大したことはない。
周囲を確認し、ゆっくりと入る。運がいいことに近くに丸められた例の手紙が転がっていた。ゴム手袋をしてゆっくり開く。持っていくわけにはいかないのでスキャンと写真だけ実行。あとは元の位置に戻しつつ、自分のいた形跡を消して静かに書斎を後にした。
自室に戻ると、まだシグがじっと画面を見て国営放送を視聴している。時計の針は10時を示している。
「戦争なんて…なんでみんなやりたがるんだろう…」
「さあね…。シグ。もう遅いから寝よう」
「あ、もうこんな時間か…。おやすみエル。早く寝てね」
「うん」
シグが出て行った時点で、私はスキャンしたデータと写真を元に復元を始めた。活字が分からないところは解析ソフトに任せて、分かる部分のみを構成していった。30分も経つ頃には完全に解析を完了することができた。
さて。その悪魔の手紙とやらを見せてもらおうかな。
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