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2話


時は過ぎて14年後。ここはレグストルと呼ばれる国。科学技術が発達し軍事技術もまた、経済列強各国に追随するレベルの高い技術力を保持した立憲君主制国家。かなり大きい島を国土とした国家であり島国と揶揄されているものの、更に東にある島国、イースデルタよりは明らかに大きい島であることに変わりない。そのレグストルにあるマルクス国立大学の機械工学科。女性生徒も面白がって来はするものの、正式に単位として機械工学科に入ろうとする女性は少ない。そこに神出鬼没。掴み所のない少女はいた。

エリューシヴ・ウェールズ。14歳にして天才エンジニアと呼ばれ、高校を飛び級。マルクス国立大学の機械工学科に在籍する少女。名前とは裏腹に決して学業を疎かにはせず、学ぶべきものを学び、自らの糧にして行き、時には独自で理論を創り出そうとする知識欲に溢れた性格である。だが誰かに懐くことはあまりなく、基本的に冷静な性格でもある。

彼女は今、教授に呼び出され2人きりで研究室で押し問答をしている最中だった。


「エリューシヴ君。ちょっと頼むよー?な?ちょっとでいいから!」

「教授。私はあなたの趣味に付き合ってる暇はありません」

「頼むよ!単位あげるから!」

「いりません」

「…ちぇっ。せっかくのチャンスなのに勿体ないねぇ?」

「私のに興味ある人間なんていませんよ」

「いやいやみんな興味あると思うけどねぇ?」

「…じゃあ一つ聞きますけど。どうやったら軍の正式採用コンペの出場枠なんて入手できるんですか?」

「そこは企業秘密だヨ。きみぃー」


私はエリューシヴ。エリューシヴ・ウェールズ。中学校、高等学校がばかばかしくなって今は数多くの技術開発者を輩出しているマルクス国立大学校に在籍しているエンジニア。先輩達と私の独自理論について学食で議論していたところ、ここにいるアホ面していながら妙に変な人脈を持つ女性教授、シュルティ教授に呼び出された。用件は簡単。私が今独自に開発しているアシストスーツを軍の正式採用を決定するコンペに出さないかという話だった。

別に嫌なわけじゃない。でも今私は先輩達と独自理論についてあと少しで結論がでそうなところで教授に呼び出され、先輩達はバイトで居なくなってしまったので不機嫌なだけ。


「エリューシヴ君。君のスーツは凄くいい出来だと私は思うわけだ!アシストスーツにしては珍しく拡張性を持たせた設計!今までになかった小型モーター配置!部品調達に至っては電気街のパーツショップ!一体いくらで製作したんだい⁈」

「少なくともポケットマネーで間に合う程度にはですが」

「そんな低予算でよく作れたものだねぇ!」

「貶してるんですか?」

「そんなまさか!称賛しているとも!」

「はぁ…もう分かりました。勝手に出してください。いっておきますけど、私は装甲の類は作ってませんから」

「よぉし!なら善は急げってねぇ!」


教授はスキップしながら先輩達含め私の作品が大量に仕舞われている廃材室へと向かっていった。なんだか疲れてしまった。話し相手もいなくなったことなのでひとり静かに鞄を持ち、学校をあとにした。

近くのバスターミナルに行ってバスに乗り、私の家へ帰る。バスに揺られて20分。最寄りのバス停に着いた頃には夕日が強くなる時間帯になっていた。目の前には豪華な屋敷が待ち構えている。ここが私の家。私が帰るべき場所。玄関を開けた先には家政婦さんが既に待っていた。


「エリューシヴお嬢様。おかえりなさいませ」

「シェリル姉さん達は?」

「お部屋に…」

「そう。ありがとう。あ、今日の夕飯は何?」

「エリューシヴお嬢様ならお好きなものかもしれませんね?」

「なるほどねぇ…」


自分の部屋に鞄と上着を片付けると私は姉達がいる部屋へと向かう。そこには既に姉達の手によってもみくちゃにされたシグルートの姿もあった。


「あら。エリューシヴ。帰ってくるの遅かったじゃない」

「教授が私の作品を軍のコンペに出すとかなんとかで少し揉めたから」

「やっぱりエリューシヴは天才なのね」

「天才…天才なんかじゃないよ。イネス姉さん」

「っていうか軍のコンペに出すって…それどんな教授なんだ…」

「アホ面してムカつく癖に頭とコネだけはいい人だよ。シグ。それよりその格好、直さないの?」

「姉さん達に言ってよ…」


今は高校に行っているシグルートも、子供の頃から姉様達に着せ替え人形がごとく取っ替え引っ替え服を着せられている。近頃は更に成長したこともあってかカジュアルスーツまで似合い始めてきていた。心無しか手放したくなくなってしまうほどかっこよかった。

シェリル姉さんはファッションについてはセンスがあった。だからファッション系の大学にいる。私とシグルートをくっつけるだとか何だとか昔は言っていたけど、今はない。当たり前よ。義理とはいえ兄妹だもの。

イネス姉さんは天然だけど癒されるタイプ。考古学を専攻する大学にいる。なぜかはわからないけど、シェリル姉様と私が喧嘩していた時にイネス姉さんがいただけでなぜか自然に終わってしまった。それほどイネス姉さんには場を和ませる力があるのだろう。

シグについてもみくちゃにしていたところ、いきなり何かを思い出したかのような顔をしたシェリル姉様。10秒するとだんだんと顔が青くなって血の気が完全に引いていた。


「…アァァァ!課題!大学の課題!明日までのやつぅ!」

「シグ君いじって満足したから私は自分の部屋に帰るのねぇ」

「私もやること思い出した。資料整理しなきゃ」

「あっ…俺もちょっと用事があるから」

「ちょっ…!3人とも!卑怯者ぉ!」


そう。あんな性格をしておいてファッション以外に関しては詰めが甘いのがシェリル姉様の悪いところだった。一度崖っぷちにまで追い込まれた際はとんでもない処理速度を発揮していたけど、どうやら本当に崖へ蹴り飛ばされないと本気は出せないらしい。逆に天然なイネス姉さんは全くそんなことはなく、課題だろうとなんだろうとさっさと終わらせてしまう。

シグに関しては…至って普通だった。だけど料理に関してはとても上手だった。いつかパン屋さんをやるのが夢だと、いつも語っていた。こんな日は大抵シグがシェリル姉様に夜食を作ってあげている。でも翌日には皿も気力も真っ白になった状態で発見される。そしてお父さんに呆れられる…というのがパターン化していた。


「今日はどうなるか楽しみなのね!」

「はぁ…。明らかに残ってるのに課題をやらないとはこれいかに…」

「エル。現実逃避って人間の自己防御能力らしいよ?」

「違うよシグ。あれはただの怠け者」


そんな会話をして笑っていた。父さんも母さんとのショッピングから帰ってくるとシェリル姉様の状況を見て苦笑いした。夕食は確かに私の好物のビーフシチューだった。とても温かい。こんなに美味しい食事を食べられるのだから、私は感謝しなくちゃいけない。

私はこの家の子じゃない。私はその昔、ふりしきる雨の中、屋敷近くで捨てられていたという。大学に入る前に両親に真実を教えられた。幼稚園、小学校、中学校と私はシグルートとの容姿の違いを馬鹿にされてきた。何となくは分かっていた。自分が家系の子ではないということくらいは。

私は黒い髪に蒼い瞳だけど、シェリル姉様もイネス姉さんも、シグルートももちろん家族は皆んな茶髪に深い緑色の瞳をしている。だけど誰も私を除け者にはしなかった。

だからこそ拾ってもらった以上、私は恩を返さなければならない。返す義務がある。少しでも独り立ちできるように努力し、自分のことは自分で出来る様にならなければならない。その点では自分の才能と知識欲に感謝している。愛は十二分に貰えた。大学校飛び級も法律上不可能ではなかったものの、無理を言って許可をもらったものだ。これ以上、甘えてはいられない。

気を引き締め直した私は夕食のあとは自室に籠もった。独自理論を体系化し、ノートパソコンへ打ち込む。推測・議論・結果。今まで得られたものは消して無駄ではないから。


「…軍の…コンペ…」


そうだ…。就活が近くなったら教授にお願いしてみよう。いつもは面倒臭いから適当にあしらっていたけど、今回はしっかり頭を下げよう。それだけしか私にはできない。

お風呂に入ったあとはいつもどおり…私はシグルートの部屋へ向かっていた。


「はぁ…なんで私って…」

「エル?湯冷めするよ。入って」

「え?あ、えっ…うん…」


シグの部屋は私の部屋よりも整理整頓されていて、とても清潔だった。私の部屋は資料とメモ書きで床が埋まりかけている。今度整理しなくちゃいけないな…。

シグがコーヒーを淹れてくれている間、私の目の前に止まったのはいくつかの料理雑誌だった。開いてみると、載っているのはとても有名なお店ばかり。いくつか付箋が貼ってあったので見てみると、それらは全てパンの有名店の記事が掲載されていた。


「シグ…パン職人になりたいの?」

「僕が一番得意なことだからね。エルは?」

「私?私は…どこかの会社に就職して…エンジニアとして働ければそれでいいかな…」

「エルは天才だからね。羨ましいよ」


シグルート・ウェールズ。彼はエリューシヴにとって双子の兄のような存在であった。現在もその事実は変わることはない。しかし、シグルート・ウェールズは…。


「シグだって…!私には…誰かを笑顔になんかできないから…」

「できるよ。ほら!エルがいるだけで僕は笑える」

「…それ、他の女子に言ってる?」

「まさか」

「…何笑ってるの?」

「ん?いや、うん。別に?」

「ふぅん…」


それからは他愛もない話が続き、二人が気づいた頃には夜も更けていた。エリューシヴがシグの部屋から離れて自分の部屋に戻ろうとした時、電話がエリューシヴ宛に掛かってきたことを家政婦が知らせに来た。こんな時間に誰だろうと思いながらも受話器を受け取って声を聞いた彼女が聞いた声の人物はなんのこともない。あの教授からだった。


《こんな時間に申し訳ないね。エリューシヴ君》

「そう思うならかけてこないでください」

《申し訳ない。この件は早めに知らせたくてね》


いつになくふざけた態度を取ってこない教授。こんな態度を取るときは大抵ロクでもない事件を生徒が起こしたときか、もしくは本当に私達に真剣に論議すべき時しかない。それほどまでにこの話題は重要だということだろう。


「何か私の素行に問題が?」

《いいや。君の素行は普通だ。例の軍のコンペだよ》

「ああ…。何か問題がありましたか?」

《君の残していってくれた途中まで書かれたスペックデータのメモと私が独自に調べたスペックデータを私の知人に渡したんだが…少し雲行きが怪しくなってきてるんだ》

「と…言いますと?」

《うん…説明すると長くなるけど、これは単なる大学の学生研究枠だったわけ》

「当て馬ですか」

《有り体に言えばね。軍のコンペっつったって八百長レースもいいところさ。ただ、大学生の研究ですらここまで進んでる。軍の研究開発省庁や企業の皆さんも頑張りなさいよってケツ引っ叩くためにある。あと性能評価を機密技術がバレない程度の範囲で一般人のネット中継を含めた客の目前ですることで技術力のアピールなんて目的もあるかな?》

「総合火力演習の技術バージョンみたいなものですか」

《まさにその通り。だけど状況が変わってきている。エリューシヴ君の作り出したスペックはどうやら向こうさんにとっては魅力的な提案だったらしい。八百長レースが崩れ始めてるって話だよ》

「ですが所詮はカタログスペックです。あまり信用ならないのでは?」

《君の懸念は最もだ。しかし最近のアシストスーツはどうしても高コスト化していく傾向がある。毎年毎年。陸軍に負けず劣らず、空軍のACSだって馬鹿にならない維持費と調達費がかかっている》

「…COTS狙いですかね」

《多分ねー。空軍のハイ・ロー・ミックス・プロジェクトを陸軍でも採用するとかいう話も出てるくらいだからね》

「…お言葉ですが、私のスーツは確かにコスト面では優れているかもしれません。しかし実用性の面は未知数です」

《まあね。とはいえ、明らかな低コストに加えて高い拡張性を持つ…。これが軍にとっては美味しいはずなのさ》

「…つまり採用される可能性があると?」

《それは分からない。だけど可能性は多いにある。仮に外れても必ず努力賞で2000ドルくれるから、君にとっては美味しいことに変わりない。明日、コンペに私も参加する。講義は元々無いし、君と明日は会えないから一応と思ってね》

「お気遣い、感謝します」

《夜分遅くにすまなかったね。では》

「失礼します」


受話器を近くにある充電器に戻して自室へ戻る。部屋を閉じて暗くすると、私は暗闇の中でガッツポーズを上げた。

私の試作品アシストスーツが軍のコンペに出される。どうせまたあの教授の変な考えからだろう…なんて思っていたら、これは大きなチャンスになる。十中八九採用されないとしても、賞金は両親へ今までの恩返しを含めて学費を少しだけ返すことができる。何よりエンジニアとしての足掛かりを得ることに繋がる。それが私にとっては大きな一歩であることに違いない。

ベッドに入り、眠りを待つ。この先の未来に私の、エンジニアとして独り立ちする目標。その達成の一歩を踏み出せた悦びに浸かりながら。


暇なら感想を書いてやってください。執筆スピードが1%だけあがります。

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