63 魔力
男を殺そうとした私を止めたのは、ユズフェルトだった。なんでという思いの次に、納得してしまった。
はたから見えれば、男は妹のために頑張った、いい兄だ。それに加えて私は・・・妹思いの兄を妹から奪おうとしている悪者。
どちらの味方になるかなんて、明白だ。
あと一歩で殺せたというのに、自分が時間をかけ過ぎたばかりにあっさりとその機会を失ったばかりか、ユズフェルトの心証まで悪くしてしまっただろう。
私は顔を俯ける。もう、何も見たくない。
「ぐあっ!」
「え?」
何も見たくないとは言ったが、カエルがつぶれたような声を出した男が気になって、私は顔を上げる。すると、そこには腕を抑えて痛みに耐える男がいた。抑えられた腕を見れば、あり得ない方向に曲がっていて気持ちが悪かった。
思わず目をそらす。
「お前は、自分が犯した罪をわかっていないらしい。さっきから聞いていれば、妹が妹がと、馬鹿の一つ覚えのように・・・いいか、よく聞け。お前の妹の事情など、お前の事情など知ったことじゃない。」
「よくもそんなことを!お前らだって、俺の立場だったら同じことをしたはずだ!金が、金が必要だったんだ。俺だって、それさえなければ・・・」
「お前、俺の話を聞いていたか?お前の事情など知ったことではない、と言ったのだ。それに、もし俺に妹がいたとして、その妹が病気で金が必要だったとしよう。だが、俺はそんな理由でシーナを殺したりなどしない。シーナは全く関係ないからな。」
「そんなことを言えるのは、俺の立場になっていないからだ!」
「話にならない。」
ユズフェルトは、素早い動きで男の体を蹴り飛ばし、倒れこんだ男の足を踏み砕いた。
痛い、痛―い!踏まれていないのに、自分が痛い気がしてきた。私は男の方に視線を向けないようにして、ユズフェルトの顔を見ることにする。
ここからでは横顔しかわからないが、ユズフェルトの顔は無表情だ。
「ひぃ、ひぃいいい!」
「お前は今、何を感じている?」
「あ、足が・・・ひぃ。」
ユズフェルトは、のたうち回る男の無事な方の足を踏み砕いた。男の泣き叫ぶ声が辺りに響くが、ユズフェルトの表情は変わらない。
「圧倒的力の差がある相手に、いいように扱われる。それがどれだけ怖いか・・・俺ですら想像できるというのに、なぜおまえは理解できない?」
「痛い・・・痛い・・・」
無表情のまま、ユズフェルトは残った最後の一本・・・腕を踏み砕いた。
「あーーーーー!!!」
「もう、抵抗もできないだろう。お前の命など、そこの妹でも奪うことができる。」
ただ痛みつけているだけに見えていたが、話を聞けばどうやら男に殺される側の恐怖を教えるつもりのようだ。しかし、今の男はただ痛みに耐えるだけで、そのような考えもできないだろう。
もぞもぞと、死にかけの虫のように身じろぎする男は、顔を赤くして涙を流し、痛みに耐えている。
「アーマス、この男を、妹と一緒に家に放り込んでおけ。シーナ、行こう。」
「・・・うん。」
しばらく男を見ていたが、殺す気は失せていた。憎しみが消えたわけではないが、ここでこの男を殺しても、何にも意味がない。
返事を返した私を見て、ほっとした表情を浮かべたユズフェルトと共に、宿屋へと向かった。
そういえば、なんでアーマスがいたのだろう?
「それにしても、どういう風の吹き回しだ、ユズフェルト?シーナにあの男を殺させたかったのではないか?」
ナガミの言葉に驚いた私は、どういうことかとユズフェルトに顔を向ける。
ここは、宿屋のユズフェルトの部屋。3人掛けのソファにユズフェルトと並んで座り、向かいのソファにナガミが腰を掛けている。
アーマスはあの男の家にいて、アムはまだ戻っていないのでこの3人だけだ。
「シーナが、真っ先にあの男を殺すつもりなら、そうするつもりだった。だが、シーナはあの男と話すことを最初に望んだ・・・だから、殺すのはやめておいた。それだけだ。」
「なるほどな。確かに、思い残したことがないのなら、その腕輪でさっさと殺せばいい話だ。まさか、私の忠告を真摯に受け止めたわけではないだろうしな。」
「ちょっと待って!どういうことなの?話を聞いていると仕組まれたとしか思えない感じなのだけど?」
「仕組んだのはそいつだ。俺は、それを止めようとした・・・まぁ、人族の義務だしな。」
「人族の義務?」
「・・・お前、やはり知らないのか?」
「何を?」
ナガミを問いただそうとすると、ユズフェルトが手を上げて制止した。
「ナガミ、最初にお前の勘違いを訂正しておこう。シーナは、半魔族でも魔族でもない。だから、お前のそれは杞憂だ。」
「は・・・?だったら、なぜ聖剣の時、あれだけぴんぴんしていたのだ?」
半魔族や魔族ということはわからないが、聖剣の時ぴんぴんしていたのは生き返ったからだ。
「世の中、人知に及ばないことはある。だいたい、シーナは魔力がないようだ。そんな魔族がいると思うか?」
「魔力が・・・ないだと?」
この世界の人は魔力を持っているのは普通だが、異世界から来た私には該当しない。魔力がないせいで魔道具を使えず、魔力を保存しておく魔道具である耳飾りをつけているのだ。
「それは、魔力が扱えないだけではないのか?魔力がない人間など、いるはずがない。」
「いや、魔道具が使えなかったのだ。魔力がないのだろう。」
「・・・お前、魔物に襲われたことはあるよな?」
「うん。」
魔の大森林で何度襲われ殺されたことか。旅をしている時だって、襲われそうになったことはある。ユズフェルトがすぐに倒してくれたが。
「魔物はな、魔力がある物しか襲わない。魔物に襲われているということは、魔力があるということだ。」
「聞いたことがない、そんな話。」
「エルフの研究者が書いた本に、そのような記述があった。どうやら、聖女を研究していた男で、聖女が魔物に襲われないという体質の解明をしていたらしい。」
「聖女・・・って、魔物に襲われないの?」
「そのようだ。そして、その研究者によると、聖女は魔力を全く持っておらず、その力は聖力のみだったそうだ。さすが、聖女と呼ばれるだけのことはあるな。」
聖女は魔物に襲われないって・・・チートだな。それに聖力って、いかにも聖女らしい。
「ただ、聖女は聖力を使えないらしくてな・・・あぁ、話がそれたな。まぁ、魔力がないのは聖女くらいだ。それに、魔物に襲われている時点で、こいつには魔力があるということだ。」
「・・・それなら、魔法も使えるってこと!?」
「いや、無理だろう。魔道具を使えないという時点で、そっちの才能は皆無・・・魔道具は子供だって扱えるものなのに、それが使えないということは・・・壊滅的だ。諦めたほうがいい。」
魔法が使えるかもしれないと思ったのに残念だ。
どうやら、ファンタジー世界を満喫はさせてくれないらしい。
生死の境を楽しむ権利しか、私にはないのか。