62 言い訳
青白い顔をした男が、こちらを見上げる。これが、私を殺した後時の男か。無様だと思って、自然と笑うことができた。
「私を覚えているかな、護衛の兵士さん・・・」
「・・・護衛・・・お前、まさか!いや・・・そんなはずは・・・」
護衛という言葉で私の正体に気づいたようだが、認めたくないのか自分の考えを否定するように頭を振る。
死んだ人間は生き返らないという常識を覆す気はないようだ。だから、理解できるように私ははっきりと言った。
「私は、聖女と一緒に召喚された一般人・・・あなたに金のために殺された、ね。」
「・・・なぜ、生きている!?た、確かに息の根を止めたはずだ、確認もした。」
「そんなこと、どうでもいいよ。それより状況はわかっているの?私はあなたに殺された恨みを晴らしに来た。そして、今あなたは唐突に倒れた妹を抱えている。私は、これから何をすると思う?」
「まさか、妹が倒れたのは、お前がやったのか!」
私に向かって怒鳴るが、それよりも妹の安全を確保すべきだと思ったのだろう、少しずつ私から距離を取る。
「・・・妹は、どうして倒れた?」
「毒かもね。」
「!?」
嘘だ。妹は魔道具によって気を失っているだけで、じきに目覚めるだろう。だけどそんなことは言ってはやらない。だって、私はこの男に苦しんで欲しいから。
さて、男はどうするだろうか?気性が荒そうだし、そろそろ力づくでどうにかしようと動くだろう。
私がそっと身構えた時、男は動いた。
ものすごい勢いで、頭を下げるという動きだったが。
「悪かった!どうしても、どうしても金が必要だったんだ・・・こいつのために。」
「は?」
この男は、馬鹿なのだろうか?人を殺しておいて、謝って済む問題だと思っているらしい。何の冗談だ?
もしこれが意表を突く、つまり私の思考が停止している隙に私を倒す、というために起こした行動なら大成功だが、男はいつまでたっても頭を下ろしたままで、私の動揺も収まった。
「昔から、身体が弱くて、10年生きられないって、言われていた。いつも咳をしていて、ときには血を吐くこともあった。」
一体何の話?というか誰の話?
思考停止している間に、男は聞いてもいないのに話をしていたようで、全く意味の分からないことを言っていた。
なぜ、身体が弱くて10年生きられない、咳ばかりしている人の話が出てきたのか?その答えはすぐに出る。
「あるとき、そんな妹の病気を治せるという、治癒士が現れた。だが、そんな治癒士に治癒をしてもらうならそれなりの金が必要で・・・とても、俺の給金だけでは出せなかった。」
あぁ、妹の話か。
その妹を治すために必要な金だった。そう言いたいのだろう。
それがなんだという話だ。
「妹を、助けたかっただけなんだ・・・」
「それで?」
「だから・・・別に、私利私欲のために、お前を殺したわけではない。」
「は?それのどこが、私利私欲のためじゃないって言えるの?妹を助けたいていう、あなたの欲・・・面倒を引きずらなくてもいいようにって利で、私を殺した。それが事実でしょ?」
妹を助けたいという願いは男のものだし、お金を手に入れるすべは、私を殺すこと以外でもあった。だが、この男は私を殺すことを選んだのだ。
「順番、間違えているよね。まず、最初に私にこの話をするべきだったよ。」
この世界に来た日、それか数日後。私を殺さなければ時間はあった。
私に、自分の家族に治療が必要な人間がいること、お金がいることなどを話せば、私はきっと生活費を貸すことを渋ったりはしない。
その日暮らしになったとしても、私に文句はなかった。
もしかしたら、この男といい関係を築いて、妹と笑い合っていた未来があったかもしれないのに、この男はすべてを壊した。
「あなたが私を殺した時、わかり合う未来は消えた。全部あなたが選んだことだもの、責任を取ってよ。」
殺される瞬間、私は怖かった。
金のために殺されるのだと知って、だったらお金だけ奪って欲しいと思った。
「・・・あなた、なんで私を殺したの?金のためだって言ったけど・・・なぜ、私を殺したの?奪うだけでよかったじゃない。」
「それは・・・城に戻られると面倒だった・・・それに、女が一人でいるのは危険だ。ひどい目に合うくらいなら、一思いに」
「なら、妹ちゃんも一思いの殺してあげればよかったじゃない。短い命、死の恐怖におびえて、咳で苦しんでいたんだよね?なんで、殺してあげなかったの、一思いに。」
この男が言うことは、すべて言い訳だ。
妹を、最小限の被害で助けたかった。そのために、私を殺して、大金を手に入れるのが手っ取り早かった。理由はそれだけだ。
妹を助ける。それが何の免罪符になるのか?
妹を助けるためには仕方がなかった?
こうするしか方法はなかった?
鼻で笑ってしまう。
「もう、いいよ。」
「・・・!」
冷たく男を見下ろせば、男はそっと妹を草むらに降ろして、こちらを睨みつけた。これで、妹を巻き込まずに男を殺せる。
「俺は、どうなってもいい・・・だから、妹だけは・・・」
「嘘、つかないでよ。妹を助けるためなら何でもする、そういう姿勢を見せているけど・・・結局姿勢だけでしょ?でなければ、私を殺すことなんてしなかった。」
「それは、仕方がなかったと、そう言っただろう!」
これ以上話しても無駄だ。
私は、ナガミの言葉を忘れて、腕輪の魔道具を使うため、左手を男へ向ける。
「シーナ、駄目だ。」
そっと、背後から手を握られた。
振り返らなくてもわかる、この声は・・・
「ユズフェルト?」
私を止めたのは、ユズフェルトだった。