61 再会
ナガミに言われて、ユズフェルトとナガミの前から去った。
とにかく離れないとと思って、息が上がるまで走った。そろそろいいかと思い、顔を上げて見れば、そこは民家が並ぶ場所だった。
先ほどまでいた商店街は、どうやって行くのだろうか?こういう場所にいるのは、ナガミがよくないと言っていたので離れたいのだが、道が分からない。
道行く人に聞こうにも、人っ子一人通っていない。
「まいった・・・」
降参を口にしても誰かが現れることはなく、涼し気な風が音を立てて流れるだけだった。
こうなることは何となくわかっていたが・・・私は迷子になってしまった。こうなってしまっては、自力で思うような場所に行くことは不可能だろう。
できれば、宿に行きたい。できなければ、商店街・・・それかユズフェルトたちのもとに行きたい。
現実問題として選択できるのは、商店街か。
宿はどこの宿か知らないし、ユズフェルトたちの元へは、覚えていないので行けない。しかも、すでにユズフェルトたちが移動した可能性もある。
道行く人を発見したとしても、商店街が一番聞きやすい場所だし。
「・・・とはいっても、誰も通らないのがね。」
誰も人がいなければ道を聞くことはできない。今私にできることは、来た道を戻るか、進むかだけだ。
正面遠くを見れば、どこまでも続く道。後ろを振り返れば、どこまでも続く道。どちらも同じ風景にしか見えない。
商店街はどこか?
考え込む私の耳に届いたのは、楽しそうな子供の声。
人がいる!
私はその声を頼りに歩いて行く。もう疲れているので走るつもりはない。
見えてきたのは、普通の一軒家。その家の庭か、それともただの空き地なのかはわからないが、そこで女の子が男と共に遊んでいた。父親だろうか?
「お兄ちゃん、もっと遊ぼうよ!」
「駄目だ、もう日が暮れる。元気になったからって、はしゃぎすぎだぞ全く。」
足を止める。
平和を体現したかのような会話。どうやら2人の関係は兄弟のようで、妹は兄を信用しきった目で見て、兄は妹をかわいくて仕方がないという顔をしてみている。
はたから見れば、微笑ましと感じるだろう。自然とほほが緩んで、優し気に2人を見てしまうかもしれない・
ギリっ。
けれど、私はその2人・・・男の方を睨みつけた。苛立ちで歯がきしむほどにくいしばる。
こうなる運命なのか。この町に来た時に感じたことを、もう一度感じた。
男は、私を殺した兵士だった。
金が要りようだと言って、私を魔の大森林付近で殺した、護衛としてつけられた兵士。私を殺した男は、今幸せそうに妹と戯れている。
ふざけるな。
平和ボケしているのか、兵士は睨みつけ殺気を放っている私に気づかない。今なら簡単に殺せそうだ。
指輪に触れる。
私には、あの男を殺せるだけの力がある。
まるで、使えと言われているかのように、タイミングよくこの指輪が渡された後に、あの男を見つけることになった。
殺せと、本能が、天が言っているようだ。
今こそ、理不尽に殺されたあの恨みを、晴らすときだ。
死んでないからいいって?ふざけるな。あの時は、本当に死ぬと思った。自分が不死なのだということを知らず、どれほど怖い思いをしたか。
だいたい、あの男だって私が不死だとは知らなかった。つまり、あの男は私を殺した。そう、あの男が私を殺そうとした意思は変わらない。
許せない。
私は、左手を男の方へと向けた。
すると、妹の方がこちらを見て、きょとんとした顔をする。私が、妹や兄を害するものだとは思っていないのだろう。
あの男は、この妹を大切にしている。先ほどの顔を見ればそう思った。
指輪を使う前に思い出した2人の笑顔に、私は口元をゆがませた。
何もわからずに殺される・・・なんて、甘い。何もわからず大切な妹を殺される・・・そのほうがあの男にはふさわしい罰だ。
妹の方へ手を向けて、指輪の力を使うために言葉を発しようとしたとき、頭の中に声が響いた。
腕輪を使え
それは、迷子になる前にナガミに言われた言葉だ。指輪ではなく、腕輪を使うようにと彼は何度も強調していた。まるでこうなることが分かっていたかのように。
ごめんナガミ・・・従えないよ。
私は、この男を・・・殺したい。たとえ、どんな理由があったとしても。
目を瞑る。深呼吸をして、心を落ち着けてから目を開けた。
頑張って顔を笑みのかたちにして、私は男に声をかける。男はこちらを不審そうに見たが、私の正体には気づいていないらしい。
「何か?」
「すみません、商店街の方に出るには、どちらの方へ行ったらいいでしょうか?」
「商店街?・・・店なら、あっちの方に行けばあるが?」
「そうですか、ありがとうございます。あ、そうだ・・・お礼に。」
そう言って私は近くの花を摘んで、花の指輪を作った。そして、妹の方に笑いかけて、それを差し出す。
「はい、どうぞ。」
「くれるの?」
「うん。お礼、きれいでしょ?」
「ありがとー!」
花の指輪を取ろうと、女の子の手が私に触れた。
「パラライズ。」
男には聞こえないように、小さな声で呟く。
私の言葉に反応して、腕輪の魔道具が反応した。女の子はびくりと体を震わせた後、力なく地面に倒れる。
確かに、この子を殺せばこの男への最高の復讐になるだろう。しかし、そのためにこの子を巻き込めば、私だってこの男と変わらない気がしたのだ。
それは嫌だ。
だから、失うかもしれないという恐怖を味合わせることにした。
「!しっかりしろ!なんでだ、治ったはずなのに!」
倒れる妹を抱き起して、顔を青ざめさせる男。どうやら妹は体が弱いようで、そのせいか私が何かやったとは思っていないようだ。
なら、わからせるしかない。
いきなり殴られてはたまったものではないので、男から距離を取る。男は妹を見るばかりでこちらには注意を向けていなかったが、流石に数メートル離れたところで気づいたように顔を上げた。
さて、復讐の始まりだ・・・