60 聖女
シーナがユズフェルトとナガミのところから走り去っていくのを見て、アーマスは苦笑してユズフェルトに目配せする。
ユズフェルトが合図するのを確認し、シーナを追いかけた。
すべてが計画通り。
聖剣都市で大出血したシーナがその後何の問題もなかったのを見て、シーナを半魔族ではないかとナガミが疑うのは予想できた。
人間なら回復魔法を使ったとしても、あれだけの出血をすれば数日は寝込むことになる。
それが何事もなく旅を再開したのだ、半魔族と疑われても仕方がない。
その予想が正解だというように、ナガミはユズフェルトやアーマスを監視するようになった。シーナではなく、2人を監視したのは、前から裏で動いているのを知っていたからだろう。
いつもなら見過ごしたはずだ。だが、シーナが半魔族だと知って、見過ごせないと思ったのだろう。
そんな邪魔をしそうなナガミをユズフェルトが足止めし、アーマスがシーナをあの場所へと連れて行く。その計画通り、今は進んでいた。
「それにしても、聖女として召喚された人間が半魔族だなんて・・・魔族に対抗するために召喚したというのに、おかしな話だね。」
アーマスはシーナを追いかけながら、聖女に聖剣を渡した時のことを思い出した。
ユズフェルトから聖剣を受け取ったアーマスは、あらかじめ調べておいた聖女が泊まっている宿屋に来た。
仲間と共にいると思っていた聖女だが、一人宿の一室にこもっていた。
「こんにちは、聖女ちゃん。これなーんだ?」
「え・・・折れた剣でしょうか?」
「おしい!正解は、折れた聖剣です!」
「あぁ・・・えーーーーー!?」
内心うるさいと思いながらも、にこやかな笑みを浮かべたアーマスは、自然に聖女の部屋へと侵入し、椅子に腰を掛けた。
「約束は果たしたことになるよね?ユズフェルトとコリンナの婚約は解消してもらうってことでいいかな?」
「いや、折れている聖剣を差し出して、何を言っているの!?よくも堂々とそんなことが言えるものですね、全く。」
「いやいや、勝手にコリンナと婚約させて、全く関係のないユズフェルトに聖剣を抜けなんて言う、聖女ちゃんほどではないよ。」
「全く関係がないですか・・・それは、私た・・・私ですよ。あなたたちの世界のことでしょうに、なぜ私が。私が動いているのですから、協力してくれても罰は当たらないと思いますが?」
「そんなこと、知らないし。国に言ってよ、国に。あぁ、ちょうど王子がいるんだから、王子に言えばいい。」
聖女は苦々しい顔をして、反論できないようで謝った。聖女もユズフェルトに無理を言ったことは理解しているし、彼を敵に回すことが悪手だとはわかっている。それでも聖剣を手に入れなければならなかったので、無理にユズフェルトを動かした。
「今回のことは、少し情報をもらえれば忘れてくれるってさ。でも、こんなことはこれっきりにするようにとも言っていたから、今後彼に関わるのはやめた方がいい。」
そう言って、アーマスは袖の中から隠しナイフを取り出して、聖女にそれを見せつけるように動かした。
「俺ね、暗殺者なんだー・・・次にユズフェルトの気分を害したら、俺が聖女ちゃんを始末することになるんだけど、そんなつまんないことしたくないからさ、ね?」
「脅されなくても、これ以上無茶な要求をするつもりはありません。聖剣が手に入れば、とりあえずの牽制にはなります。」
今、時代は荒れようとしていた。
それは、魔族の王が代替わりをするためだ。今までの王は魔族は魔族、人間は人間と分けて暮らせばいいと思っており、領土を広めるというような考えもなかった。
しかし、次の魔族の王は、どうやら魔族至上主義らしいという情報が、王国にも入っている。簡単に言えば、魔族のために世界はあるというもので、人間は魔族が発展していくための道具でしかないという考えだ。
そんな魔族に対抗する手段をと、聖女召喚が行われ、聖女主導の人類強化作戦が今行われているところだ。
聖女とは何か?それは、人間にも魔族にも不可能とされる、聖力を持ち魔力を持たないものだ。
人間と魔族は、聖力と魔力の両方を持って生まれる。ちょうど、内包される力の半々で聖力と魔力を持ってすべての生き物は生まれてくる。
人間は、生まれてから聖力と魔力の量は変わらないが、魔族は、人を殺すことによって魔力の値が高くなり、内包する力も多くなる。
聖女がいかに特殊な存在か、それだけでもわかるのだが、それに加えて聖女はこの世界にない知識をもって、人間を繁栄させる存在とされている。
全く哀れなことではあるが、アーマスには関係のないことなので、ご愁傷さまと心の中で口にする程度だ。
人間の繁栄のため・・・というよりは、魔族への対抗のため、聖剣がどうしても必要なのはユズフェルトも承知していたので、今回の聖女の行動を許したのだろう。
「それで、あなた方が欲している情報とは何でしょうか?折れてはいますが、聖剣を手に入れてくれたのは事実ですから、答えられる範囲で答えましょう。」
「聞くのは、知っていて当然のことだよ。聖女ちゃんが召喚された時、同じように召喚された子がいなかったかなーて?」
「・・・!」
驚いた顔をした聖女は、すぐに表情を引き締めてアーマスのことを探るように見た。それを聞いたらどうする気なのか・・・
警戒する聖女を見て、アーマスは余裕の笑みを浮かべた。
「聖女ちゃんが召喚されたその日、一人の兵士が城を出た。その兵士の任務は護衛・・・そして、その兵士は今も城にはいない。かつ、その兵士が誰の護衛をしているのか、同僚すら知らないとなれば・・・もう一人いたのかなって、想像もできると思わない?」
「答え合わせ・・・ということですか。」
「うん。まー答えなくても、さっきの君の反応を見れば・・・」
「・・・そうですね。隠すなら、いぶかしげな顔をして、そんな人はいないと答えるべきでした。それで、そのようなことを聞いてどうするのでしょうか?」
「さて・・・ところで聖女ちゃんは、その子をどうしたいと思っているの?」
「償いたい・・・謝りたい・・・会ったらの話です。それまでは、どうかつつがなく過ごしてもらいたいと思っています。」
その顔に後悔の色はなかったが、一緒に召喚された者に対して、引け目があり、哀れみを感じているようだった。