58 日常
平和な日常をお楽しみください
色々あったが、私達は聖剣都市を出ることになった。
聖剣を抜いて、聖女に渡したので、もうここですることはないらしい。
「シーナ、これを。」
アーマスが御者を務める馬車の中で、ユズフェルトは私に指輪を手渡した。
ユズフェルトから渡される装飾品は、だいたい魔道具だ。おそらくこれも何かしらの効力がある魔道具だろう。
初めにもらったネックレスは、ユズフェルトと場所を入れ替えるもの。ユズフェルトの身代わりになるために必要なものだ。
次にもらったのは、腕輪。自衛用にと渡されたもので、相手を行動不能にできるもの。
さらに、その腕輪を使うために必要な魔力を込めた耳飾りだ。
この指輪は・・・防御魔法でも入っているのかな?それとも、身体強化?
「自動追尾式のアイスランスの魔法が放てる。」
「・・・は?」
じどうついびしきのあいすらんす?
自動、追尾式、アイス、ランス・・・つまり、発動すれば勝手に敵に当たるアイスランスの魔法ということだろう。
え、それって、敵が死ぬよね?
「いざという時に、使って欲しい。いや、別にいざという時でなくてもかまわないけどな。」
「・・・いざという時に使うよ、ありがとう。」
震える手で、指輪をはめようとして、落としてしまった。ころころと転がる指輪は、ユズフェルトに拾われる。
「ごめん・・・」
「・・・手を。」
「あ・・・」
左手を取られて、ユズフェルトは私の薬指に指輪をはめる。驚きで口をパクパクとさせる。だって、薬指と言えば・・・結婚指輪をはめる場所だ!
「どうした?」
意味が分からないと首をかしげるユズフェルトを見て、納得する。
「そっか、こっちはないのか。」
「?」
「何でもない。」
おそらく、結婚指輪というものが、この世界にはないのだろう。ユズフェルトはただ単に、邪魔にならないような場所に指輪をはめただけだ、きっと。
特に意味はない。
「そういえば、次はどこに向かうの?あ、馬車を返すために、王都に戻るの?」
「いや、それは別の者に依頼する。俺たちは旅を再開しようと思っている。」
「そっか・・・」
「途中までは馬車で行くが、後は前の様に徒歩だ。そうだ、どこか行きたい場所はあるか?」
「行きたい場所・・・うーん・・・」
ちらりと浮かんだのは、何の変哲もない町。あの、憎い男を見かけた町だ。でも、そんなものは頭を振って追い出して、視界に入ったナガミを見た。
ナガミは、黙って本に目を落としている。何を読んでいるかは知らないが、以前ちらっと見た感じだとページ一面に字が書いてある本だった。小説かな?
「エルフの里・・・」
「・・・ナガミの故郷か。よし、次の目的地はそこにしよう。」
「おい、私達に相談はなしか?」
「あぁ。久しぶりの里帰り、楽しみだなナガミ?」
「全く。」
にこにこと笑うユズフェルトに、苦虫を噛み潰したような顔をするナガミ。故郷だというのに、ナガミは行きたくない様子だ。そういえば、ユズフェルトも故郷には行きたくないと言っていた。
冒険者とは、故郷に戻りたくないものがなる職業なのかもしれない。
「ごめん、嫌だったナガミ?」
「・・・別に。行きたいというなら付いて行ってやる。ただ、人間のお前が行っても楽しいところではないぞ。」
「そうなの?」
「エルフは、人族のなかでも優れた存在だ、自然人間は下に見られる。見下されて楽しいことなどないだろう。」
「ま―それはそうだね。でも、ナガミで慣れているし、大丈夫だよ。」
「どういう意味だ。」
「そのままの意味。エルフ楽しみだなー」
「里ではなく、エルフが楽しみなのか?」
「うん。」
エルフなんて、異世界に行ったら見てみたい種族の一つだ。ぜひ、ここは拝みたい。ナガミというエルフを見てはいるが・・・毎日見ているせいで新鮮味がない。私は、新しいエルフを求めている。
「お前、今失礼なことを考えていなかったか?」
「何も?」
「フン。」
ナガミは、再び本に目を落とした。
私は、ナガミが読んでいる本を、ちょうどいいから聞こうと思って立ち上がる。
「いつも気になっていたのだけど、何を読んでいるの?」
「アイテム袋の製作者手記だ。」
「へー・・・わっ!?」
「おい!」
「シーナ!」
ガタンと馬車が揺れて、私は危うく外にダイブするところだったのを、ナガミが腕をつかんで止めてくれた。
「弱いのだから、むやみに動くな。死ぬぞ。」
「ご、ごめん。」
「シーナ、こっちに。」
ユズフェルトが私を抱き上げると、ナガミは顔を引きつらせて手を離した。
「フン、過保護が。」
「シーナは弱いからな。」
「いや、ここまでしなくても。」
そっと、さっき座っていた位置に降ろされる。
聖剣のことがあってから、ユズフェルトは前以上に過保護になった。ナガミとは、少しだけ無駄口を叩けるようになって、そこはいい変化だと思うが。
ユズフェルトの過保護はどうにかしなければ。
しかし、過保護すぎると言えば、過保護な俺が気を失っている間に死んだのは誰か?などと意地悪なことを言い出す。
優しさが減ったような気がする。それは、私が最低だからか?
そんなこと聞けないけど。
「それにしても、あそこまで揺れるのは珍しいな?」
「あぁ、アーマスが御者をしていて初めてだ。何かあったのか?」
「ちょっと、石に車輪が乗っただけでしょ?ユズフェルトの御者に比べたら・・・あ、ごめん。」
「あれは、急いでいたからだ。」
むくれたように言うユズフェルトがおかしくて、私は笑った。
よかった、またこんな日常が迎えられて。
最低と言われた日、もうこんな日が来ないかもしれないと思ったことは、杞憂だったのだ。
休憩時間。
馬車を止めて、川の近くで休憩をとる。ユズフェルトが川からくんできた水を受け取って飲んでいると、ユズフェルトがアイテム袋から出したソファでくつろいでいるナガミに、アーマスがにやにやと笑って声をかけていた。
仲がいいのだな。
「ナガミ~さっきは見ちゃったよ。こう、シーナちゃんの手を握ちゃって、ユズフェルトの前なのに命知らずだね~」
「お前な、あれはわざとだったのか!?」
もみ手をするアーマスに向かって、ナガミは拳を振り上げていた。
本当に仲がいいな。